「アートの街」としても注目される金沢、100点以上ものアートワークを有するホテルで愉しむ日本の伝統と新しい感動
2025年4月18日(金)8時0分 JBpress
400年以上の歴史を持つ金沢の伝統工芸は、加賀藩前田家の藩主が、京都や江戸から名工を呼び寄せ、代々の文化政策によって守られてきた。それに加え今や「金沢21世紀美術館」など、現代アートも充実した金沢はアートの街としてその注目度をますます高くしている。
取材・文=岡本ジュン
アートの街・金沢
古都金沢は雅やかな伝統工芸とアートにあふれている。金沢市はユネスコ創造都市において、クラフト&フォークアート分野で認定されており、世界的にも工芸の街として有名だ。さらに国立近代美術館工芸館が2020年に東京から移転したことで、ますます工芸の旅の目的地となった。
アメリカの大手旅行雑誌『Travel+Leisure』が、“世界で最も美しい駅”のひとつに選んだ金沢駅からしてアートなオーラを放っている。網目状のアルミとガラスでできた、高さ最大29.5mの「もてなしドーム」が天空を覆う駅は、その先に伝統芸能・加賀宝生の鼓をモチーフにした、巨大な鼓門がこちらを見下ろすのだ。
この日、向かったのは鼓門とは反対の西口にある『ハイアット セントリック 金沢』。立地はまさに駅からすぐ、金沢駅金沢港口(西口)から徒歩2分で到着できる。隣にはキッチン付きゲストルームの『ハイアットハウス 金沢』が中庭を介して繋がっている。暮らすように泊まりたい中長期滞在のビジネストラベラーやファミリーにも好評だという。
このところアートを取り入れるホテルは増えているが、『ハイアット セントリック 金沢』は、金沢の伝統工芸に親しみ、感動や発見に出合うことを目的としている。作品そのものはもちろんのこと、その制作の過程をイメージしたインテリアデザインや100点以上のアートワークが館内に散りばめられているのだ。土地に根差したクラフトワークに触れることで、旅の印象もまた変わってくるのかもしれない。
メインエントランスでまず出迎えくれたのは、金箔をまとった大きな松。その圧倒的な存在感に、早くも『ハイアット セントリック 金沢』の世界へと引き込まれていく。じっと眺めていると松は工具の集合体であることがわかる。説明によれば、金沢の街で使われてきた古い鉄の工具をたたいて形作っているという。松のバックに描かれているのは、水の流れを思わせる筆書き。勢いのある筆運びや深い青色が、金沢を流れる犀川と浅野川、そして街を巡る用水路を表している。
ロビーへ向かおうとエレベーターに飛び乗ると、そこにもまたアートワークが待ち構えていた。カラフルな点の集合は一見するとモダンアートのようだが、実は加賀友禅の制作過程で作る色見本から着想したものとか。通常は20センチ前後の小さな色見本を大きく拡大し、エレベーターの壁一面に広げている。
レセプションのある3階ロビーは市内の街並みをイメージしてデザインされた。外から見えないように工夫された、木虫籠(きむすこ)とよばれる町家の特徴的な格子、醤油の街・大野地区の醤油樽を足に使ったテーブルなど、随所に施された金沢の“美”を発見できる。レセプションは商家の帳場をモチーフにしているそうで、こちらも日本の伝統を感じさせるのだ。
金箔のアートワーク
もちろんこのフロアにも様々なアートが点在する。真っ先に目に飛び込んでくるのは奥の壁できらめく金箔のアートワークだ。微風になびく金箔は、はかなくも豪華な姿が目を奪う。
金沢といえば、金沢箔と呼ばれる金箔が有名だ。その歴史は安土桃山時代にさかのぼるという。現在は金箔の全国生産高において 100%を誇るというから圧倒的だ。現在では美術工芸品に使われるとともに、劣化しない品質を生かして歴史的建造物の修復にも使われているという。
ロビーのエレベーターホール近く、なにげなく目をやると加賀象嵌の人間国宝の手による花器が置かれていた。あまりにもさりげなく置かれているが、美しい金属の象嵌はすれ違う人の目を引きつける。加賀象嵌は金属に異なる金属を嵌め込む手法で、かつては刀の鍔や鎧を飾るための技術であったという。今はそれが装飾の手法として作品に生かされているのだ。
石川県の伝統工芸は36種類あるというが、『ハイアット セントリック 金沢』の館内にはその多くが揃っているとか。しかもガラスケースの中で展示されるわけではなく、ほとんどの作品がインテリアの一部として飾られているのだから、美術館で見るものとは違って生き生きとしている。
作品の解説や作家は、提示されたQRコードを読み込むとアートワークブックへ飛ぶようにできている。これを頼りに滞在中にアート散策をするのも楽しみのひとつかもしれない。
3階のエレベーターホールでは、白と黒の皮を使ったアートワークが目を引く。これは金箔を伸ばす時に使われる革を再利用したもので、白い部分は三味線の腹に使われていた革、黒い部分は郵便局の配達バッグなどに使われていたものだという。
共に金箔の工程で使われた後にオブジェとして生まれ変わった。金沢の街並みに見られる瓦屋根に見立てているそうで、雨が降って瓦屋根が白く光って見える風景をイメージしている。
この作品のように、伝統工芸のプロセスで出た素材をリメイクした作品を置くことで、背景やその知られざるストーリーをも紹介したいという思いがこもっているのだ。
例えば、宿泊階のエレベーターホールに置かれた真っ赤な和紙のアートワークもそのひとつ。漆塗りに使う漆は、不純物をとり除くために特殊な和紙で漉すが、その使用済みの和紙を貼り合わせている。ひとつとして同じ模様や色合いはなく、さまざまな赤い模様が集合体となって深い味わいを醸し出している。
部屋へと向かう廊下には、明るい色合いの九谷焼のナンバープレートが並んでいる。こちらは自分の部屋へ着くまでに、同じプレートに出会わないように配置されているという。
石川産の食材を楽しませてくれるオールデイダイニング
ロビーフロアに隣接しているのがオールデイダイニング『FIVE – Grill & Lounge』。店名の「5」という数字は、加賀五彩や九谷五彩に由来するそうで、5つの異なる空間に分かれている。
ラウンジエリアは、カフェやイブニングカクテルにも気軽に使える開放的な空間。4月26日からは、夏を先どりできるトロピカルフルーツたっぷりのアフタヌーンティーがスタートする。
奥のレストランスペースには、のびのびと描かれた、日本画の加賀野菜が飾られていた。こちらは日本画家・栗原由子氏の岩絵の具で描かれた作品『加賀野菜図』で、客室のひとつにかけてある原画を引き延ばしたものだそう。おなじく栗原氏の作品『唐崎松図』はイベントホールでみることができる。
またここには江戸時代から続く茶陶の大樋窯、その第十一代⼤樋長左衛門(年雄)氏の⼤樋窯変水指『尊崇』も飾られていた。
地産地消を意識した食材が用意されているレストランは、ディナーでもコースだけでなく、ア・ラ・カルトも利用できるので気軽だ。シグネチャーという『能登牛サーロイン』のグリル、能登ポークで作るベーコン、季節の加賀野菜などが盛り込まれたメニューがラインアップされている。
またこちらは朝食ブュッフェがとても秀逸。ホテルの朝食は個性を欠いて少しがっかりということも少なくないが、『ハイアット セントリック 金沢』のローカルフードに重きを置いた構成には拍手を送りたくなる。石川県産の食材にこだわり、能登産の卵、大野の醤油と味噌、地元の季節野菜などが多く取り入れられているのだ。
また郷土の味である具沢山の豚汁『めった汁』を始め、B級グルメを楽しめる提案も気が利いている。キャベツを添える金沢カレー、県民に愛されるスギヨのカニカマ入りオムレツ。気に入ったのは金沢のソウルフードといわれる『ハントンライス』。ケチャップライス、スクランブルエッグ、フライにタルタルというパーツが揃っていて、自作できるように説明書きが添えられている。
夕闇迫るトワイライトタイムには、最上階のルーフテラス バーへあがるのもおすすめだ。金沢の街を見下ろす浮遊感のある景色に浸り、オリジナルカクテルで食事前にひと呼吸おいてくつろぎたい。そして食後のアフターにはまた街へと繰り出すのだ。
住所:石川県金沢市広岡1-5-2筆者:岡本 ジュン