「おみくじには安産って」misonoが初めて明かす、精巣がんを公表した夫・Nosukeと子どものこと

4月19日(金)11時0分 文春オンライン

「5年後の生存率は40%」「ステージは3a」。misonoさん(34)が、夫でロックバンド「HighsidE」のドラマー・Nosukeさん(29)の精巣がんを告知されたのは、入籍からわずか2ヶ月後のことでした。3月10日に退院するまで、約4ヶ月間の闘病を支えたmisonoさんに、夫婦のこれからを聞きました。(全3回の1回目/ #2 、 #3 も公開中)


◆ ◆ ◆


——Nosukeさんの退院、おめでとうございます。


misono 病気を公表して以来、皆さんにご迷惑をおかけし、心配していただいていたので、いい報告ができて嬉しいです。でもまだ完全に治ったわけじゃなく、5月には手術もありますし「5年間再発しなければ完治」という状況です。自分たちの中ではこれで終わりではなくて、まだ通過点。ここからもう一回新しいスタートだと思っています。



misonoさん


Nosukeさんがブログで「書かなかった」こと


——退院後のNosukeさんの様子はどうですか。


misono Nosukeはブログでも「つらい」とか「悲しい」、「大変だ」とは全然書かないんです。でも実は、肺に転移した胚細胞腫瘍のため、3月末まで4回の抗がん剤治療を続けていたので、副作用でペットボトルが開けられないくらい指がパンパンに腫れていたり、手が茶色くなっていたり……。髪の毛もまだ生えていないですし。それに、まだ全身に掻いた跡が残っています。


——掻いた跡?


misono 健康な人は体を掻いても、すぐに赤味が引くじゃないですか。でもNosukeは免疫力が下がっているからか、すぐには治りません。Nosukeが服を着替えているときに、肌を掻いた跡が傷のように残っているのを見ると、涙が出そうになります。入院中の食べられない、眠れない時の彼を見ているので、それと比べると、もちろんよくはなっているんですが、まだ「ああ……」って落ち込みそうになることはありますね。


——そういう姿を見て、不安になってしまうというか……。


misono 毎日仕事があるから、顔や態度に出ないよう、病気のことは考えないようにしていますし、気持ちを切り替えなきゃいけない。「完治する。5年間再発もしない。Nosukeは元気だ」って信じたい思いと、「でも病人だということを忘れてはいけない。いつまた再発するかもしれない」という危機感と両方あります。



家族を悲しませたくないから、作り笑いしていました


——仕事しながらの看病は大変だったのではないですか。


misono Nosukeもmisonoも、実はネガティブな性格で。特にNosukeは、今のブログから多分皆さんが想像もできないぐらい、めちゃくちゃ落ち込んでいたんですよ。でも、それを絶対にブログで出さないし、友達の前でも出さない。ウチしか知らないNosukeがいました。病気が分かった頃は、よりいっそうNosukeがマイナス思考になっていて、「なんでそんなこと言うの」と聞きたくない言葉をたくさん口にしていました。自分くらいはせめてポジティブでいようと、Nosukeがどんなにネガティブなことを言っても、とにかく前向きに笑って返すしかありませんでした。



——misonoさんも辛かったと思います。


misono でも、「Nosukeが一番辛い」と言われて来たので、ウチはNosukeの前では泣けない。弱音も吐けない。いつも笑顔でいました。お見舞いに来てくれた友達の前でも、プライベートの「神田美苑」ではなく、芸能人であるローマ字の「misono」として過ごして。家族もNosukeも悲しませたくないから、作り笑いしていました。仕事があるから友達に会う時間もない。看病している側って本当に辛いけれど、辛いって言っちゃいけないんです。何かあっても「Nosukeさんは病気なんだから」「Nosukeさんが一番辛いんだから」。自分の味方は自分しかいないのかなと思うこともありました。


——看病している側の辛さはなかなか口に出せないですね。


misono だからこそ、これからは看病している側の人の気持ちに寄り添えたらなと思っています。「ありのままでいてね」って声をかけてあげたい。自分も、実は体調を崩し、3月29日から4月5日まで入院をしていたんです。看病している人が壊れる前に、もっと素直に正直に考えを言葉にしたり、misonoを見て「泣いてもいいんだ」「今日ぐらいは息抜きしていいよね」と思って、少し休んでもらえたら嬉しいです。ストレス発散や気分転換も、必要なので。



テレビって、よく目のアップになりません?


——misonoさんもNosukeさんも、ブログやSNSではポジティブな言葉で情報発信をしていますよね。


misono Nosukeも自分も、辛いときもなるべく笑いに変えようと思っているから、面白いと思う写真はSNSにアップしています。Nosukeも、病気を受け入れてからは、なんでも楽しむし、misonoを笑わせようとしてくれるようになりました。でもその様子を「病人で遊んでいない?」「からかってる」と世間から批判されることもあります。「でもさ」って思う。「毎日泣いていればいいの?」って。「悲劇のヒロインぶってる」とか「同情をかいたいの?」って散々、叩かれて来ましたし。ほら、テレビでの「患者とその家族」って、よく目のアップになりません?


——看病している方の涙がこぼれるところをズームしたり。


misono そうなんです。自分が看病する側になると「誰が泣いているところを見たい?」って思うし、「笑い飛ばしていたほうがよくない?」と考えていたので、泣いているところばかり注目されるのは……ちょっと違うなと感じることもありました。うちら夫婦の形は、「とにかく笑い合うこと」だったので。



——笑顔が一番の薬とも言っていましたね。


misono それまではもっとポジティブでハッピーエンドな歌詞を書けって言われても一切書けなかったのに、初めて毎日前を向いていたんですよ。前を向かないとって言い聞かせていました。うれしいことに、薬がよく効いて、肺への転移は消え、抗がん剤治療も最短の4クールで終わることができました。


「この1年は人生の10年分くらいなんじゃないかな」


——がんが分かったとき、misonoさんはNosukeさんと入籍し、エイベックスを辞めたばかりでしたね。


misono Nosukeのがんが分かったから入籍や事務所を退社したわけじゃないんです。


 付き合ってすぐにNosukeのお父さまが亡くなられ、喪が明けたと思ったら、その日に今度は自分が喪中になってしまったので、結婚したくても、すぐに入籍することはできませんでした。喪が明けて、ようやく入籍したのがお義父さまの誕生日である9月13日。翌月にエイベックスを辞め、11月頭にNosukeのがんが分かったんです。この1年はもう人生の10年分くらいなんじゃないかと思うぐらいの経験をしました。また一つ強くなれた、というか。


——怒涛の1年でしたね。


misono 本当にあっという間だったんですよ。退院した日はその足で郡山に行き、翌日にチャリティーイベント「福魂祭」に参加させていただきました。2人でまだデートもしていない状況です。



——忙しいですね。


misono 結婚してからは、ゆっくりしようとしていたし、エイベックスを円満に退社してからは、海外に移住しようとしていたのですが……。治療費を稼ぐために、とにかく働いていました。


 唯一、正月に1週間オフがありました。病気が分かる前に、Nosuke含め神田家全員で海外旅行しようと空けていたんです。入院のためにその予定をキャンセルしたので、夫婦でNosukeの実家で過ごすことになりました。でも、Nosukeは「misonoと2人でいられる」ってそれだけで幸せそうなんですよ。病院では治療のため家族は泊まれず、一日中ずっと一緒にいることはできなかったので。それまでの自分だったら、空いた時間で映画を見たり、友達と会ったりするんですが、「コンビニもないような田舎に来た?」と思うくらいずっと2人で家にいました。東京なのでめっちゃ栄えているんですが(笑)。


——一歩でたら都会です(笑)。


misono そうなんです。外に出たとしても、個室のあるレストランじゃなくて地元のファミレスに行ったりして。結婚してから、そんな風に過ごしたのは初めてでした。一緒に寝て、起きて、食事が出来てっていうささやかなことが、いまのうちらにとっては本当の幸せで。しかもNosukeのお母さまの栄養たっぷりの手料理が規則正しく3食でてくるっていう。


 実はmisonoとNosukeは家庭環境が真逆なんです。家族と仲が良く、両親が大好きで、しょっちゅう実家に帰りたいと思う自分とは違い、Nosukeは実家にあまり行こうとしなかったし、せっかく一緒に行ってもすぐに帰ろうとしていました。それがいまは、Nosukeの実家で2人一緒にお義母さんの手料理を食べている。Nosukeがお母さんに素直に「ありがとう」や「ごめんね」を言えるようになったのを見るのも嬉しいです。



2年間は妊活ができません


——Nosukeさんは、精巣がんの治療のため左睾丸を摘出されています。若年層のがんの場合、子どもを持つことができるかで悩む方もいますが、お子さんのことについて2人で話す機会はありましたか?


misono 病気を公表して以来、取材を受けるたびに「お子さんは?」と聞かれました。そのたびに「まずはNosukeの病気を完治させることです」って言い続けていましたし、そう考えていました。


 Nosukeが退院した今は、子どものことも考えています。でも、抗がん剤が抜けるまで、2年間は妊活ができません。いま自分は34歳なので、子どもを授かっても36歳以降での初産。高齢出産です。事務所にいたときは、筋を通したかったし、順番を守りたかったので「できちゃった婚」という選択肢は自分の中ではありませんでした。それでも、できるだけ早く子どもが欲しいとずっと思っていましたし、結婚してからも、子どもが欲しいと言っていました。そもそも昔は保母さんになりたかったくらい、子どもが大好きだから。


——Nosukeさんは?


misono 正月に一緒におみくじを引いたとき、Nosukeは一番に「安産って書いてある!」って喜んでいました。おみくじを見て最初にそう言ったから、たぶんNosukeも欲しいんだろうな。


( #2 、 #3 へ続く)


写真=鈴木七絵/文藝春秋

ヘアメイク=大西トモユキ



misono(ミソノ) /アーティスト・タレント。1984年10月13日生まれ、京都府出身。B型。夫はロックバンド「HighsidE」のドラマー・Nosuke、姉は歌手の倖田來未。2002年8月、「day after tomorrow」のボーカリストとして活動をスタート。活動を休止した後、ソロアーティストmisonoとして再デビュー。音楽活動の他、バラエティやモノマネ番組、声優、女優としても活躍。活動を海外に広げている。4月19日からNosukeと2人でレギュラーラジオ番組「misoNosu家」がスタート。7月13〜15日に上演するロックオペラ「ライフパスファインダー2019」で、主演とオーディションの審査員を務める。




(「文藝春秋」編集部/文藝春秋)

文春オンライン

「misono」をもっと詳しく

このトピックスにコメントする

「misono」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ