夢は「コンビニ」のバイト、外国人留学生のウラ事情

4月20日(土)6時0分 JBpress

 コンビニや飲食店で働く外国人の姿が珍しくなくなった。単純労働のアルバイトは、もはや彼らなしでは勤務シフトが回らないのが実情だ。なかでもコンビニのアルバイトは、外国人留学生にとっての「憧れ」であるという。彼らは、なぜ、どのようにして日本にやってきたのだろう。外国人労働者問題の現場を長年にわたって取材してきた出井康博氏が、外国人留学生の知られざる実態に迫る。(JBpress)

(※)本稿は『移民クライシス』(出井康博著、角川新書)の一部を抜粋・再編集したものです。


勉強する時間がない「留学生」

 午前8時、東京・港区—。東京タワーを後ろに望む大手牛丼チェーン店から、リュッサック姿の若者が飛び出してきた。細身の長身、日本人よりもやや浅黒い顔とつぶらな瞳が印象的なベトナム人留学生のタン君(24歳)である。

 東京のような都会では、飲食チェーンで働くアジア新興国出身の留学生の姿は、もはや当たり前の光景となった。ただし、彼ら留学生たちの勤務がより増えるのは、客の減る深夜の時間帯だ。徹夜のシフトは日本人が敬遠し、アルバイトの確保が難しい。逆に留学生にとっては、時給が割り増しとなる深夜の仕事は人気が高い。

 タン君も、前夜22時からの徹夜勤務を終えたところだ。彼は店を後にすると、勤務先のオフィスに向かう人たちの流れに逆らい、駅へと急いだ。1時間後の午前9時からは、30分ほど離れた場所で、今度はうどんチェーン店での仕事が始まる。そして午後1時まで働いた後、すぐに日本語学校の授業に出席する。

 日本語学校の授業は1日中あるわけではない。午前と午後の部に分かれていて、留学生はどちらかに在籍する。学校以外で勉強しなければ、アルバイトに割ける時間はかなりある。タン君は午後の部の留学生だが、牛丼店で働く週3日は2つのアルバイトに追われ、勉強はおろか寝る時間すらほとんどない。

「いつも、眠いです。勉強は・・・あまりできませんねえ」

 タン君は、そう言って笑い飛ばす。来日して1年程度だが、彼の日本語は出稼ぎ目的の偽装留学生としては、かなりうまい。私が取材してきた偽装留学生には、日本語学校で2年のコースを修了しても、あいさつ程度しかできない者も少なくない。勉強そっちのけで、アルバイト漬けの毎日を送っているからだ。


コンビニで働ける留学生は「エリート」

 たいていの偽装留学生は、日本語をまったく必要とされない職場で働いている。コンビニやスーパーマーケットで売られる弁当や総菜の製造工場、宅配便の仕分け、ホテルの掃除など。これらの仕事では、日本人が同僚になるケースも少ない。たとえ同僚となっても会話を交わすことはあまりない。だから日本語が上達しないのだ。

 タン君も、来日当初は弁当の製造工場で働いていた。弁当工場は、偽装留学生が一度は経験する日本での「登竜門」といえる。

 弁当工場で働いていた頃、タン君は午後9時頃に日本語学校の寮を出ていた。工場がある千葉県内の最寄り駅まで電車を乗り継いだ後、駅からは用意されたマイクロバスで工場へと向かう。バスに乗っているのはベトナムなどから来日した留学生ばかりで、日本人は1人もいなかった。こうしたバスによる留学生アルバイトの送迎は今、全国各地で見られる光景だ。

 仕事ではラインに立ち、流れてくる弁当のプラスチック容器に総菜をひたすら詰めていた。体力的にはもちろん、精神的にもつらい単純作業である。そんな夜勤をタン君は週3日やっていた。

 その後、友人のベトナム人留学生の紹介で、うどん店のアルバイトを見つけた。弁当工場とかけ持ちで仕事を始めると、店長ら一緒に働く日本人に積極的に話しかけた。初めてできた日本人の友だちも「店長」だったという。タン君は明るく、ひょうきんな性格だ。うどん店のアルバイトを通じ、日本語での会話がかなりうまくなった。おかげで牛丼チェーンでの仕事に就け、弁当工場からも脱出できた。

「コンビニで働いてみたいんです」

 タン君は、遠慮がちに現在の「夢」を教えてくれた。飲食チェーンと同様、都会のコンビニも外国人店員で溢れている。大半は留学生アルバイトだが、一定の日本語能力を身につけた者しか採用はされない。コンビニに採用されるのは、偽装留学生の「エリート」層なのである。

 コンビニや飲食チェーンなどで私たちが見かける外国人たちの背後では、その何倍もの留学生が、日本人の目に触れない仕事をしている。


日本に「留学」した理由、タン君の場合

 タン君はベトナム北部タインホア省の出身だ。首都ハノイまで車で4〜5時間という小さな村で生まれ育った。家族は両親と5人のきょうだいがいる。タン君は末っ子で、他の5人はハノイやホーチミンで働いている。両親は農家を営んでいるが、収入は安定しない。豊作であれば年20〜30万円を得られるが、ほとんど収入にならない年もある。ベトナムの農家に共通する不安定な暮らしだ。

 タン君は高校卒業後、1年半にわたって兵役に就いた。ベトナムには徴兵制があるが、兵役に就く若者は多くない。公務員の子弟に加え、大学生なども免除される。軍隊に行くのは、学校で落ちこぼれた少年や、貧しい家の子どもたちが中心となる。

 兵役を終え、実家に戻ったタン君に仕事はなかった。そんな彼を見かねた母親が、こう切り出してきた。

「日本に働きに行ってみたらどうなの?」

 タン君が軍隊生活を終えた2016年頃、ベトナムは日本への「留学ブーム」に沸いていた。2012年には9000人にも満たなかったベトナム人留学生は、タン君が来日する2017年当時で7万人以上に膨れ上がっていた。彼の母親の知り合いにも、子どもを留学生として日本へ送り出した家族があった。

「日本に留学すれば、月20〜30万円が簡単に稼げる」という噂も広まっていた。「20〜30万円」といえば、タン君の家では豊作の年の収入に匹敵する。それが1カ月で稼げるというのだ。貧しいベトナム人たちが色めき立つのも無理はない。しかしタン君は、母親に勧められても「日本」など全く興味がなかった。

「最初は断りました。すると、お母さんが寂しそうな顔をして・・・。だから(思わず)『行ってみる』と言ったのです」


姉の自宅を担保に150万円を借金

 彼は末っ子で、とりわけ親孝行な息子なのである。「月20〜30万円が簡単に稼げる」という話は、留学ブームの初期に斡旋(あっせん)ブローカーがよく使った宣伝文句である。しかし、「月20〜30万円」は簡単に稼げない。

 時給1000円で働いても、「週28時間以内」の制限を守っていれば月11万円少々にしかならない。生活はできるが、翌年分の学費も貯めなければならず、加えて借金の返済もある。そのため留学生たちは、時給の高い徹夜のアルバイトをかけ持ちして、法定上限をやぶって働く。それでも月20万円を稼ぐのは大変だ。

 そうした偽装留学生の実態は、タン君が日本行きを決めた頃には、ベトナムでも知れ渡っていた。ブローカーに騙される時代は過ぎ、「週28時間以内」を超える違法就労も含め、日本で待っている状況を承知で入国するようになっていた。タン君もそうした1人である。

 一方、留学ブームの当初から今に至るまで、変わっていないこともある。それは大半の留学生が、留学に必要となる費用を借金に頼っていることだ。タン君も日本円で150万円近い借金をした。内訳は日本語学校の初年度の学費、寮費6カ月分の前払い、渡航費、ブローカーに支払う手数料などだ。

 多くの偽装留学生は、親の家や田畑を担保に銀行から借りる。タン君の場合は、ハノイで働く姉が助けてくれた。姉はIT関連の仕事をしているベトナム人男性と結婚し、ハノイに自宅がある。

 その自宅を担保にして、弟のために150万円を借り入れた。もちろん、姉夫婦にとっても小さな金額ではない。こうして一族の命運を背負い来日するのも、偽装留学生に共通している。(後編へ続く)

筆者:出井 康博

JBpress

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