勤続30年の教員、飲酒運転で退職金1720万円が不支給に…「処分が重すぎる」との訴えに出した<最高裁の結論>とは
2025年4月22日(火)18時0分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
「この国で各地の地裁に起こされた民事訴訟は年間14万件、起訴された刑事事件は6万件。そのうちニュースとして報道されるのは、ごくごくわずかな一部にすぎません」と語るのは、日本経済新聞電子版の「揺れた天秤〜法廷から〜」を連載した「揺れた天秤」取材班。そこで今回は、この大好評連載をまとめた書籍『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』より一部を抜粋し、<学びになるリーガル・ノンフィクション>をお届けします。
* * * * * * *
1度の飲酒運転で……
2017年4月、ネオンサインのともる宮城県内の飲み屋街。午後10時半ごろ、公立高に勤務する男性が約20キロ離れた自宅へ向け、駐車場から車を発進させた。
直後に差し掛かった信号機のない丁字路で、優先道路から曲がってきた乗用車の後ろのタイヤ付近にぶつかった。
職場の歓迎会の帰りだった。居酒屋でグラスビール1杯と日本酒3合、2軒目の焼鳥屋でビールを中ジョッキで1杯。「大丈夫だろう」とハンドルを握ってしまったという。
幸いけが人はなかったが、警察による呼気検査で基準値を超えるアルコールを検出してその場で逮捕され、後に罰金35万円の略式命令を受けた。
「誠実勤務」の30年と2カ月
「あってはならないことをした」。強い反省の念とともに脳裏をかすめたのは自身の処遇だった。弁護士からは当初、「初犯なので免職はないのでは」と説明があった。ところが約1カ月後、県教育委員会から届いた書面には「懲戒免職」の文字。懲戒免職でも退職金は支給されるケースがあるが、男性は1720万円まで積み上がっていた退職金の全額が不支給とされた。
生命保険文化センターの22年の調査によると、夫婦2人が老後に必要と考える生活費は月23万2千円、ゆとりのある生活なら月37万9千円。老後の生活資金を賄う手段は37%が「企業年金・退職金」と回答した。年金が支給されたとしても退職金ゼロが老後のライフプランに与える影響は小さくない。
県内の酒気帯び運転に関する過去の教員処分で、男性のような一般職の懲戒免職は人身事故を起こした例ばかり。物損事故の場合は停職処分にとどまっていた。「処分が重すぎる」と男性は県人事委員会に審査請求したが認められず、司法の判断を仰いだ。
教員として昼夜の別なく土日も休まず働き抜いた30年と2カ月。「生徒のため」を思って走り続けてきた自負が男性にはあった。
『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(著:日本経済新聞「揺れた天秤」取材班/日経BP)
法廷で「勉強のできない子も一人として見捨てない思いでやってきた」と胸を張った。サッカー部の顧問時代には大型免許を取り、遠征に自らマイクロバスを運転した。
21年の仙台地裁判決は男性の働きぶりを評価。「安易な酒気帯び運転に酌むべき事情はない」として免職自体は適法としたが、退職金については「全額不支給は不利益があまりに大きい」と処分を取り消した。
続く22年の仙台高裁判決も「大幅な減額はやむを得ない」としつつ、男性の勤務状況や反省の深さを重視。退職金の3割にあたる約517万円を支給すべきだとした。
不支給は適法とする県と、全額支給を求める男性。双方が上告し、舞台は最高裁に移った。
覆った裁判所の判断
「人生設計はすっかり無に帰しました」。23年5月、男性は最高裁で訴えた。免職後、しばらくは知り合いのツテをたどって運送会社で重労働をこなし、今はアルバイトで収入を得ていると明かした。
訴えは届かなかった。最高裁は翌月、退職金支給を認めた一、二審の判断を覆し、全額不支給は妥当とする判決を言い渡した。
<『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』より>
悲惨な事故が起きるたび、法改正による厳罰化が繰り返されてきた飲酒運転。宮城県も高校生3人が犠牲になった05年の事故を機に、条例制定など県をあげて根絶に取り組んできた。
県教委も男性が事故を起こす約9カ月前、各学校に1通の文書を配っている。そこには教員による飲酒運転の多発を「極めて遺憾」とし、各教員に向けて「今後はより厳格に対応することとします」と明記されていた。
注意喚起がされていた中で飲酒運転し、事故を起こしたことを最高裁は重くみた。「約30年間にわたり誠実に勤務し、反省していることを勘案しても(処分は)社会観念上著しく妥当性を欠いているとはいえない」と断じた。
警察官は停職3カ月
ただ、5人の裁判官のうち1人は男性の事故より後の18年に「教職員以上に自制すべき」警察官が酒気帯び運転をした事案で、県が停職3カ月の処分にとどめたことに着目。一部支給を認めた二審判決を支持し、反対意見を書いた。
男性が長年、実直に職務にあたってきたことは誰も否定していない。それでもたったひとつの不始末で努力の結晶ははかなく消えた。
飲酒運転による死亡事故は毎年100件以上起きている。取り返しの付かない事態を招かなかったことは、せめてもの救いというべきかもしれない。
※本稿は、『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)の一部を再編集したものです。
関連記事(外部サイト)
- 叱責されれば「パワハラ」と騒ぎ立てて難を逃れようとする20代男性社員E。「仕事量が契約社員より少ない」との不満の声に彼がとった驚きの行動とは
- 「建築現場で襲われ恐怖を覚えた」と入社1カ月で出社できなくなった大卒男性A。防犯カメラに写っていたのは侵入者ではなく、まさかの…
- 同僚に知られたくない家庭事情を吹聴する社長によって休職に追い込まれた社員F。秘密をべらべらと、しかも面白おかしく話し続けるのはなぜか
- 田村淳「〈延命治療はせん〉と言い続けた母ちゃん。パンツ1枚残さず、告別式の弁当まで手配して旅立った」
- 青木さやか「吐き気、倦怠感、頭痛…更年期かな?メンタルかな?病院に行ってみたらまさかのアレだった!」【2024下半期ベスト】