【曹操・劉備・孫権の人心掌握術】曹操に見習う「若手を惹きつける力」

2024年4月23日(火)5時30分 JBpress

 約1800年前、約100年にわたる三国の戦いを記録した歴史書「三国志」。そこに登場する曹操、劉備、孫権らリーダー、諸葛孔明ら智謀の軍師や勇将たちの行動は、現代を生きる私たちにもさまざまなヒントをもたらしてくれます。ビジネスはもちろん、人間関係やアフターコロナを生き抜く力を、最高の人間学「三国志」から学んでみませんか?


人を惹きつける力は、リーダーには必要不可欠な能力

 リーダーに、人を惹きつける力は必要でしょうか。日本でも最近、離職や転職の話題が尽きません。若い人がすぐに会社を辞めてしまうと嘆く声が、企業の管理職から特に増えています。このような離職の問題をどう受け止めればよいのでしょうか。

 1つには、日本社会に古くからあった「1つの会社で勤め上げることが美学」という生活文化が、消滅している現実があります。企業やリーダーは、「古い日本的価値観」によって入社した人が離職を考えない、という(かつては存在した)追い風を失っていることになります。この認識がさらに広がるにつれて、離職対策は今後より真剣な話題となるはずです。

 しかし、誰もがドライに雇用条件だけを見ているわけではありません。そこには、「このリーダーについていきたい!」という、人間の内面から出てくる欲求もあるのです。

 その点で、三国志の英雄たちの人心掌握術には、学ぶべき点がたくさんあります。なぜなら、後漢帝国が崩壊の危機に瀕したあの時代には「この船に乗っていれば安泰」という勢力がほとんどなかったからです。悪政と暴政を極めた後漢の中央政府から、有能な人々が我先に逃げだしたほどだったのですから。


雇用される側は、リーダーと組織の何を見ているのか?

 曹操の初期の軍事的な勝利を支えた程昱(ていいく)は、曹操に仕えるまえに、漢の皇室の血縁者である劉岱(りゅうたい)という人物から士官をさそわれています。程昱は劉岱の依頼を何度も断わりました。一方で、曹操が誘ったときはすぐに程昱は応え、曹操の部下となっています。

 程昱と同郷の人が「なぜ劉岱の誘いを何度も断りながら、曹操には簡単に仕えたのか?」と質問したとき、程昱は笑って答えなかったという逸話があります。程昱のような優れた人物から見れば、2つの陣営の魅力の差は明らかだったのです。

 英雄たちの傘下に入る者たちは、各陣営の以下の要素を吟味していました。

【リーダーと陣営の魅力の評価指標】
●リーダーが有能で、掲げる目標に共感できるか
●リーダーと組織が「変化に対処」できているか
●変化をチャンスにできる集団か
●自分の居場所を見つけられるか
●トップ以外に、自分の上司も有能か
●人材評価と人材配置に公平性があるか

 忘れてはいけないのは、後漢末期は究極の乱世だったことです。古い権威であった中央政府が混乱を極め、地方を含めて大小の軍閥、反乱軍が台頭したころ。どの勢力に参加するか、どのリーダーの下につくかは、文字通り生死を決める問題でした。だからこそ、仕官先を探すときに、社会が直面しつつある変化に対処できているリーダーと組織を選んだのです。

 これは現代の企業組織と、入社を検討する人材側でも同じではないでしょうか。絶対に沈まない船というような企業が見当たらない現代で、新しい変化はつぎつぎと来襲します。変化を先取りする意欲がある企業、変化に対処できている企業に人々が参加したいと思うのはごく自然なことではないでしょうか。


曹操の人心掌握術:逸材が曹操の陣営に集まり、曹操のために必死に戦う理由

 三国志の英雄の一人曹操は、190年に反董卓連合として集まった、14名の有力者のうちの一人でした。この反董卓連合は、その目標を達成しないうちに崩れていくのですが、曹操は乱世の初期に、3回命の危険を感じています。そして、その3回の危機は、いずれも彼の部下の奮戦によって救われています。

【曹操初期の危うい3つの瞬間】
●190年、董卓軍と積極的に戦って敗れたとき
●194年、曹操の留守中に張邈、呂布、陳宮が反旗をひるがえしたとき
●197年、張繍を降伏させたが恨みを買って奇襲されたとき

 1回目と3回目ではとくに、腹心の部下が重傷を負ったり命を投げ出して戦い、ぎりぎりのところで曹操は生きながらえることができました。曹操は、それほどまでに部下に支えられていたのです。なぜ、彼は群雄の一人にすぎない時代から、部下にこれほど愛されていたのか。

 曹操の右腕として、名参謀だった荀彧(じゅんいく)という人物は、曹操の4つの長所を挙げています。

【荀彧が挙げた曹操の4つの長所】
●人材の適材適所
●決断力に富む
●信賞必罰で兵士が死ぬ気で戦う
●質素にふるまい、功績を挙げた者に賞賛を惜しまない

 さらに曹操には、「人の才能への熱烈な愛情」がありました。210年に曹操が布告した「唯才令」(才能があれば、清廉潔白な人物でなくとも登用する)はよく知られています。彼は他者にある才能を高く評価し、優秀な者に活躍させるべく、役割を与えて貢献させる術を心得ていました。優れた人材を厚遇する評判を意図的に広めるほど、曹操は人材を集めることに熱心だったのです。

 採用される側も、自分の才能を曹操陣営が高く評価してくれること、自分の能力を存分に発揮させてくれることに、大きな満足感を抱いたのです。


縦糸としての才能への愛、横糸としての管理術

 しかし、特定の人材の才能に惚れ込むと、組織が有力者に依存したり、活躍している人材の増長を招きます。また、どんなに才能を愛して目をかけても、何かのきっかけで部下が辞めていくのは、一定の割合で必ず起こります。

 突出した才能のある個人は、プラスの方向で活躍するときはよいものの、突出した個人に組織が振り回されてしまうリスクも出てきます。その防止策として、曹操はダブルキャスト、トリプルキャストをおこなっています(同じ役割をこなせる人物を2名もしくは3名用意しておくこと)。

 曹操は、先ほど紹介した名参謀の荀彧にむかって「君に代わってわしのために策を立てられるのは誰か」と聞いています。荀彧ほど得難い人物にたいしても、代わりを準備しておくことを忘れず、特定の重臣が増長することを防いだのです。

 才能を誰よりも愛し、異才の人物を厚遇した曹操ですが、組織的な統率の鎖をきちんと組み上げていたことで、組織内で優れた個人が私的な権力を膨張させる防止策をきちんと用意していたのです。この縦糸と横糸の2つの効果が、曹操軍団を乱世の最強勢力にしたのです。


ドライ過ぎず、ウエットすぎず、人材採用の最終目標を忘れない

 離職が増えていく、あるいは信頼していた人物があっさり転職してしまうと、リーダーの中には「人材の定着に熱意を注いだり、部下の世話をするのは馬鹿らしい」と考えて、ドライに雇用条件だけで人を集め、仕組みだけで管理しようとするケースがあります。

「あつものに懲りてなますを吹く」、ではありませんが、離職や転職にたいして、あきらめの感覚が強すぎるのもよい事ではないでしょう。なぜなら、人材採用や育成の最大の目的は「仕事に対してその人の最大の熱意と、最大の貢献を引き出すこと」だからです。

 ドライであっても、ウエットであっても、上記の目標が達成できていればよい。それならば、一定の離職を覚悟しながらも、曹操のように才能を愛し、貢献した人物への賞賛を惜しまない姿勢は、人材の熱意を引き出し、活躍させることに必ずプラスの効果を発揮します。

 人の採用や育成の環境は、現代ではますます厳しくなっています。一方で、人の問題を諦めず、人から最大の熱意と貢献を生み出す仕組みや組織文化を追求し続ける企業こそが、現代でも難しい状況の中で、躍進と成長を続けていけるのです。

*次回、劉備の人材掌握術、孫堅の人材掌握術に続きます

筆者:鈴木 博毅

JBpress

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