ウイスキーのトリビア 第3回 『余市』のトリビア10選!これを知ればジャパニーズウイスキー通
2025年4月27日(日)11時0分 マイナビニュース
ウイスキー好きなら誰もが一度は耳にしたことがあると思う「余市(よいち)」。その力強くスモーキーな風味と複雑な味わいは、世界中のウイスキー愛好家を魅了してきました。北海道の小さな町に誕生したこの銘酒には、知れば知るほど興味深い物語が隠されています。
「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝が1934年に設立した余市蒸溜所は、今や日本ウイスキーの聖地として国内外から多くの人々が訪れる場所となりました。スコットランドの本場の製法にこだわり抜いた竹鶴の情熱は、90年近くが経った今も、この北の大地で脈々と受け継がれています。今回は、お酒の席で盛り上がること間違いなしの、余市ウイスキーにまつわる驚きのトリビアをご紹介します。
竹鶴政孝がウイスキー造りの地として余市を選んだのには、明確な理由がありました。彼はスコットランドで修行した経験から、本物のウイスキーを造るには「冷涼で湿潤な気候」「清冽(せいれつ)な水」「大麦とピート(泥炭)の調達のしやすさ」が不可欠だと考えていました。日本全国を探し回った末に辿り着いた余市は、まさにこれらの条件を満たす理想の地だったのです。
特に注目すべきは日本海に面した地理的条件。石狩湾から吹き込む潮風は、ウイスキーに独特の風味を与えるとされ、余市川の清らかな水質、そして燃料となる石炭とスモーキーフレーバーを生み出すピートが地元で調達できることも大きな魅力でした。まさに日本のスコットランドといっていい環境がそこにはあったのです。
■知られざる北の蒸溜所、「余市」にまつわる10のトリビア
【トリビア1】ニッカの語源は「大日本果汁」
意外と思われるかもしれませんが、ニッカウヰスキーの前身は「大日本果汁株式会社」という名前でした。これには現実的な理由があります。ウイスキーは完成までに長い熟成期間を要するため、その間の事業を支える必要がありました。余市がリンゴの名産地であることに目をつけた竹鶴は、ウイスキーが熟成する間、リンゴジュースやシードルを製造・販売することで資金を確保する計画を立てたのです。
1934年7月に設立された会社名「大日本果汁」から「日本果汁」を縮めて「ニッカ」という愛称が生まれ、これが後に正式な社名「ニッカウヰスキー」となりました。壮大なウイスキー造りの夢は、足元のリンゴ畑から始まったというわけです。
【トリビア2】世界唯一の製法「石炭直火蒸溜」
余市蒸溜所の最も大きな特徴は、世界でも唯一と言われる「石炭直火蒸溜」です。これはポットスチルの釜の底から、石炭を燃やした直火で直接加熱する方式。現在、世界中のウイスキー蒸溜所を見渡してみても、この伝統的な方法を続けているのは余市蒸溜所だけとされています。
石炭直火蒸溜は温度管理が非常に難しく、熟練の職人技を要します。約800℃を超える炉の温度を適切に保つため、職人たちは7〜8分ごとに石炭をくべ続けるという過酷な作業を黙々とこなしています。
現代では効率的なスチーム加熱が主流ですが、竹鶴はスコットランドのロングモーン蒸溜所から学んだ石炭直火蒸溜にこだわりました。この強い直火がもろみに適度な「焦げ」を生み出し、ウイスキーに独特の香ばしさと重厚で力強い味わいをもたらすのです。
【トリビア3】ポットスチルに祈りを込めた注連縄(しめなわ)
余市蒸溜所の蒸溜棟を訪れると、興味深い光景に出会います。スコットランドから導入された銅製のポットスチルに、日本の神社などで見られる「注連縄(しめなわ)」が飾られているのです。これは、竹鶴政孝の実家が広島の造り酒屋であったことに由来します。
日本の酒造りの伝統に倣い、「良いウイスキーができますように」という祈りを込めて飾られたこの注連縄。スコットランドの技術と日本の精神が見事に融合した、ニッカウヰスキーならではの象徴と言えるでしょう。創業当時に使われていた小型のポットスチルも現存しており、歴史の証人として静かにたたずんでいます。
【トリビア4】余市蒸溜所は沼地に建てられた
美しい赤レンガの建物が立ち並ぶ余市蒸溜所の敷地が、かつては沼地だったという事実はあまり知られていません。竹鶴政孝がこの地を訪れた1934年当時、余市川沿いのこの土地は、地元の人々が埋め立てた湿地帯でした。
あえて沼地を選んだのは、「良いウイスキー造りには冷涼湿潤な気候を保ち、良質な水源に恵まれているという環境が必要」という信念があったからです。重機もない時代、ウイスキー造りの理想郷は、文字通りゼロから、地域の人々の協力も得て築き上げられたのです。
【トリビア5】大陸を越えた愛の物語
余市の物語には、創業者・竹鶴政孝とその妻リタの感動的な愛の物語が欠かせません。スコットランドの留学先で出会い、互いに惹かれ合った二人は、1920年1月、周囲の猛反対を押し切って結婚しました。同年11月には新生活を始めるべく日本へと渡ります。
その後、竹鶴が余市に蒸溜所を設立すると、二人は新天地へと移住しました。リタが初めて余市駅に降り立った日のエピソードは今も微笑ましく語り継がれています。出迎えた人々に深々と頭を下げたリタは、大阪で覚えた流暢な関西弁で「ミナサン、オオキニアリガトサマ、主人トオナジク、ドウゾヨロシュウ」と挨拶したといいます。遠い北国での予期せぬ関西弁の挨拶は、集まった人々を驚かせ、そして和ませたことでしょう。
竹鶴政孝とスコットランド人の妻リタの物語は、NHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなりました。このドラマをきっかけに、余市は全国的に有名となり、余市蒸溜所には観光客が殺到しました。ウイスキーの魅力が多くの人に伝わったことで、ジャパニーズウイスキー全体の注目度も一気に高まったのです。
【トリビア6】世界が認めた品質
竹鶴政孝が目指した「本物のウイスキー」は、2000年代に入って国際的な評価が確固たるものとなりました。特筆すべきは、英国のウイスキー専門誌「ウイスキーマガジン」が主催するコンテストにて、2001年に「シングルモルト余市10年」が最高得点となる「BEST OF THE BEST」を獲得したことです。
さらに2008年には「シングルモルト余市1987」が「ワールド・ウイスキー・アワード」において、シングルモルトウイスキー部門の世界最高賞「ワールド・ベスト・シングルモルトウイスキー」を受賞。これは日本のウイスキーにとって歴史的な瞬間であり、その後の世界的なジャパニーズウイスキーブームの火付け役ともなりました。
【トリビア7】日本の蒸溜所として初めて、SMWSに認定された
スコットランドに本拠を置くスコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティ(SMWS)は1983年に設立され、現在では世界中に3万人以上の会員を擁する権威ある組織です。SMWSは厳選された樽から特別なウイスキーをボトリングし、その品質と独自性で人気を集めています。
日本の余市蒸溜所が彼らの厳格な基準を満たし、公式に認定されたことは、日本のウイスキー業界にとって画期的な出来事でした。SMWSは蒸溜所に番号を振っているのですが、余市は「116」となりました。SMWSがボトリングした「余市 SMWS 116」系列は高価でしかもレア。幾多のバーでも出会うことはまれですが、見つけたらぜひ飲んでみてください。最高です。
【トリビア8】余市ピートの個性
ウイスキーにスモーキーな香りを与える「ピート(泥炭)」。余市では創業時から北海道産のピートを用いて麦芽を乾燥させ、ウイスキーに独特の個性を与えてきました。
興味深いのは、ピートは採取される場所の植生によって香りの質が大きく異なるという点です。例えば、スコットランドのアイラ島のような沿岸部で採れるピートは、海藻などの影響を受け、薬品やヨードを思わせる強烈な個性を持ちます。一方、余市のピートが生み出すスモーキーさは、明確な存在感を持ちながらも、アイラモルトと比較するとより穏やかでバランスが取れていると評されることが多いのです。
【トリビア9】重要文化財として認められた歴史的価値
余市蒸溜所の歴史的価値は、ウイスキー業界だけに留まりません。創業当時の事務所(旧事務所)や、乾燥塔、蒸溜棟、貯蔵庫など、敷地内にある建造物の多くが、国の登録有形文化財や重要文化財に指定されています。
日本の近代化や産業の発展を示す貴重な歴史的建造物として、国からもその価値が認められていることを意味します。東京ドーム約4個分とも言われる広大な敷地は、単なる工場ではなく、歴史と文化が息づくウイスキーの聖地としての風格を備えています。
【トリビア10】蒸溜所限定ボトルの魅力
余市蒸溜所を訪れる楽しみのひとつに、そこでしか手に入らない限定ボトルの存在があります。例えば、余市モルトの個性を構成するキーモルト(味わいの核となる原酒)の特徴を際立たせた「キーモルトシリーズ」(「ピーティ&ソルティ」「ウッディ&バニリック」「シェリー&スイート」など)や、単一の樽から直接ボトリングされた希少な「シングルカスク」などが販売されています。
これらの限定ボトルは、通常品のブレンドの妙を感じるだけでなく、余市モルトの多様な側面を体験できる貴重な機会を提供し、ウイスキーファン垂涎の的となっています。
■余市の味わいを知る。北の大地から生まれる複雑な風味
現在の『余市』はノンヴィンテージが主力製品となっていますが、かつては、10年だけでなく、12年、15年、20年、されに「シングルカスク余市」など多彩なラインナップが魅力でした。
時々、限定品が発売されることもあります。2022年には「余市 10年」が復活しました。2019年発売の「シングルモルト余市 リミテッドエディション2019」は1960年代からの原酒を使った特別ボトルで、価格は30万円(税別)でしたが、こんな機会は二度とないと考え、筆者も購入しました。
主力商品である「シングルモルト余市」の魅力は、どのように表現されるのでしょうか。ニッカウヰスキーが公式に発表しているテイスティングノートは以下の通りです。
香り:やわらかな樽熟成香と麦芽の甘さ、豊かな果実香の調和、穏やかで心地よいピート感。
味わい:オークの甘さとしっかりとしたピートの味わい、麦芽の香ばしさとオレンジのような果実の調和。
余韻:あたたかなオークの甘さとスモーキーさがゆっくりと持続する。
こうした香味の特徴は、余市の製造方法と密接に結びついています。「しっかりとしたピートの味わい」や「香ばしさ」は、北海道産ピートと世界唯一の石炭直火蒸溜の賜物。「豊かな果実香」はニッカが使用する特別な酵母に由来するとも言われています。「オークの甘さ」や「樽熟成香」は様々な樽がもたらす複雑さを示し、微かに感じられる「塩味」は、海に近い余市の立地を反映しているのかもしれません。
楽しみ方としては、ストレートやロックでその個性をじっくり味わうのはもちろん、ハイボールにすればピートのコクを爽やかに楽しめます。料理との相性も良く、鶏のから揚げ、カツサンド、ジンギスカン鍋、ソース焼きそばなど、しっかりとした味わいの料理とも良く合うとされています。
数々の国際的な賞に輝き、歴史的な建造物が国の重要文化財に指定されるなど、「余市」は単なるウイスキーの銘柄を超え、日本の文化遺産としての価値をも持つに至りました。それは、困難な時代を乗り越え、品質へのこだわりを貫き通した、ニッカウヰスキーの情熱と忍耐の証しでもあります。
この物語を知ることで、余市の味わいはさらに深く、豊かなものに感じられるはずです。次に余市を飲む機会があれば、ぜひこれらのトリビアを思い出しながら、その複雑な風味を堪能してみてください。
柳谷智宣 やなぎや とものり 1972年12月生まれ。1998年からITライターとして活動しており、ガジェットからエンタープライズ向けのプロダクトまで幅広い領域で執筆する。近年は、メタバース、AI領域を追いかけていたが、2022年末からは生成AIに夢中になっている。 他に、2018年からNPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立し、ネット詐欺の被害をなくすために活動中。また、お酒が趣味で2012年に原価BARを共同創業。 この著者の記事一覧はこちら