秋葉原通り魔事件犯人の作品も…! 日本の死刑囚の絵画展開催者に聞く「絵の特徴や制作環境」

4月28日(木)20時0分 tocana

『極限芸術2 ~死刑囚は描く~』展より

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 3年前に大きな話題となった死刑囚の作品展が新作を交え、グレードアップして戻ってくる。「死刑囚も絵を描くのか」「その絵はどんなものだろう」「あの凶悪犯がいったいどんな絵を描くというのか」など、さまざまな妄想がかき立てられ、ぜひとも観てみたくなる。

 この作品展は、2013年に鞆の津ミュージアムで行われ、2016年4月29日から、その第二弾となる『極限芸術2〜死刑囚は描く〜』展が、広島・福山のクシノテラスで開催される。

 死刑囚の作品展の仕掛人である櫛野展正氏は、大学卒業後に社会福祉施設に就職し、障害のある人たちへの表現活動のサポートを始め、2012年、鞆の津ミュージアムのオープンとともに、キュレーターとして迎えられた。その1周年に開催されたのが大いに話題となった『極限芸術〜死刑囚の表現〜』展であった。現在は、独立してクシノテラスをオープン、その最初の展示となるのが、今回の『極限芸術2』展なのである。さっそく、櫛野氏に話を聞いた。

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2016/04/post_9599.html】


——今回の『極限芸術2』の見所、期待の新作などについて教えてください。

櫛野「2013年の『極限芸術』と同様、今回も『死刑廃止のための大道寺幸子・赤堀政夫基金』という団体から作品を借りています。さらに他の団体からも出展があったり、今までご紹介出来なかった作品があったり、新たに絵を描き始めた人がたくさんいらっしゃたりと、前回の『極限芸術』にプラスαで新作も見せていきます。今回、初出展となるのは、知的障害がある松本健次さん、元オウムの広瀬健一さん、秋葉原連続殺傷事件の加藤智大さんら。また、今回の展示では、初めて図録を作ろうと思っています。いままで死刑廃止を訴えるために作られた書籍はありましたが、美術分野に立脚した展覧会図録は出ていなかったので。いま、図録の制作も進めているところです」

——林眞須美さんの作品は目立つ感じがするんですが、ここら辺も新作でしょうか?

櫛野「そうですね。『死刑』も『真須美』も新作です。林眞須美さんのケースは本当に象徴的で、最初の頃は絵だけだったのに、絵に文章も加わるようになったり、すごいミニマルな絵を描いてみたり、絵のスタイルがどんどん変化していくんです。死刑囚にとって、この作品が社会に対して何かを訴えることが出来る唯一のチャンスなので、一枚の絵に自分の思いをすごい託しているんです。そこに、アートの根源的な力みたいなものを強く感じるんですよね」

——もともと死刑囚の作品展をやろうと思ったきっかけは何でしょうか?

櫛野「2012年に広島のカフェ・テアトロ・アビエルトという小さなギャラリーで『死刑囚の絵展』を見たことがきっかけです。死刑囚の絵といったら、世間一般でいう懺悔のような仏画やキリスト画を描くんだろうと、勝手な思い込みがあったんですが、見事に裏切られました。僕の持っていたイメージを崩されたので、もっと多くの人に観てもらいたいと思って、今に至る感じですね」

——前回の『極限芸術』の反響はどのような感じだったのしょうか?

櫛野「2013年の『極限芸術』は、鞆の津ミュージアム開館以来、一番の来館者数でした。会期3か月で5千人を超えるお客さんにご来館いただき、反響も大きかったんです。また、多くの人たちが死刑制度について考えるきっかけにもなりました。去る3月25日、二人の方の死刑が執行されたんですけど、そういうとき、以前の展示を観ている方が敏感に反応されたこともあります」

——死刑制度自体が、日常とはかけ離れたところにある感じがします。

櫛野「そうですね。死刑制度の是非はともかく、死刑囚は僕らがいる世界には一般的にはいないことにされている人たちです。有名な事件を起こした方もいて、逮捕されるまではマスコミが過剰に報道するんですが、逮捕されて死刑判決が下ってからは誰もその後を追っかけようとはしてない。彼らは、この世の中とは切り離され、社会とは切断された状況に置かれている人たちなんです」

——スイスにある美術館「アール・ブリュット・コレクション」にも行かれています。そこでも死刑囚の作品を観られたということですがどうでしたか?

櫛野「海外では、アール・ブリュットとか、アウトサイダー・アートとかいわれる範疇に犯罪者の作品も入ってくるんです。椹木野衣さんは著書『アウトサイダー・アート入門』で、そういう外道といわれるような人達も取り上げています。日本では、2020年のパラリンピックに向けて、障害のある方が描いた社会的に受け入れられやすい作品がアウトサイダー・アートとして紹介され、日本的に解釈されています。それだと、本来のアウトサイダー・アートの半面しか見ることができません。だから、僕はあえて、そうじゃない部分、社会の動きとは逆の部分を紹介していきたい。社会から排除された人たちの表現をあえて見せることが大切なんじゃないかなと思うんですよね」

——死刑囚の方たちは、どのような環境で作品を制作しているのでしょうか?

櫛野「勘違いしてる方が多いんですけど、懲役刑の方は社会復帰を目指しているので、刑務所の中でタンスや救急箱などを作って、職を身につけようというのがあるんです。でも、死刑囚は、その名の通り死ぬことが刑なので、独居房でそこから出ることはないし、日常の雑益や仕事が一切ないんです。死刑囚同士の交流もないし、24時間監視され、刑務官としか話が出来ない。面会も支援交流者が3〜5名ぐらい決まっていて、その方々以外とはまったく無し。さらに、死刑執行がいつ行われるかは、当日の朝にならないと本人もわからない。「その日」が来たときには、朝食を食べ終わった後に刑務官に連行されて一時間後に死刑が執行されます。自分がいつ死ぬかわからない、ひたすら冷や汗をかきながら、一日一日を生き存えているという状況なのです。そんな状況の中で、彼らは瞑想したり、詩を書いたり、絵を描いたりしているということですね」

——絵を描きたい場合は、画材はどうするのでしょうか?

櫛野「拘置所の中に売店のようなものがあって、お金がある人は刑務官に頼んで買ってもらえるんですけど、基本的には手紙を書くためのものしかないんです。東京拘置所に電話して聞いたところでは、色鉛筆、ボールペン、蛍光ペン、筆ペンぐらい、あと画用紙と便せん。色数も制限があるので、緑が欲しい場合は色を混ぜて描いています。例えば、今回、初めて出展される広瀬健一さん本人の手紙によると、花の樹液を擦って色を出したり、コーヒーの粉で色を作ったり、皆さん、それぞれ画材がない中で絵を描かれています。でも、そういう状況が絵を描くときの原初的な動機といえるんじゃないかと思うんです」

——死刑囚の置かれている状況をよく反映している表現の特徴はありますか?

櫛野「細かい絵を描く方が非常に多いと思います。例えば、松田康敏さんは、もう死刑執行されて、この世には居ない方です。知的障害があったとされ、犯罪を犯してしまった人なんですが、彼は貼り絵を主に制作していて、インクの出なくなったボールペンを色紙に押し当て、ボールペンの先端に付いた0.1ミリぐらいの紙を、一個一個貼っていきます。表現がどんどん細かくなるのは、たぶん、『この絵が完成するまでは死刑執行されない』という一種の暗示かなと思いますね」

——作品自体から感じることはどんなことでしょうか?

櫛野「障害のある方で自閉症の場合は内的に閉ざされてるからすごい絵を描く方が多いんですけど、死刑囚の方は外的要因で閉鎖的な環境にある方が多いです。拘置所に入る前から絵心があった方はほんの数名でしかいません。それなのに、例えば、埼玉愛犬家殺人事件の風間博子さんとか、作品が蜷川泰司著『迷宮の飛翔』(河出書房新社)の挿絵に使われるなど、卓越した絵を描く方がいます」

——死刑囚の作品を通じて、表現やアートというものについて、認識が変わったり、新たな発見をしたということはありますか?

櫛野「その死刑囚がどんな犯罪を犯したのかという問題から、なかなか切り離せないと思うんですよ。ただ、社会的に悪とされてる人たちが描いた作品ですが、緻密な絵を描く人がいたり、すごい貼り絵をする人がいたり、すごい描写力の方も中にはいらっしゃるんで、観ている人は感動をしたり、驚愕したりしているんです。それはそれぞれの人が持ってる社会的良識や道徳心に反比例して起こる現象だと思うんですよ。だから、死刑囚の作品と対面することは、一人一人がこれまで持ってた既存のルールや常識みたいなのを揺さぶるきっかけになるんじゃないかなと思ってます」

——クシノテラスがこれから目指しているもの、アピールしていきたいことについて教えてください。

櫛野「自分が直感的に『これはいま展示しなきゃいけない』と思えるものをどんどん紹介していきたいですね。『こういうものを出していいのか』という倫理観は観てくれた人に問えばいいと思っているから。とにかく境界を揺さぶるような表現、これまで『美術』というものの外側にあったために紹介されて来なかったものを世の中に突き付けていきたいと思っています」
(聞き手=ケロッピー前田)


※画像は、『極限芸術2 〜死刑囚は描く〜』展より

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