「所持金3400万円」「右手指すべて欠損」兵庫のアパートで孤独死した“身長133cmの謎の女性”…警察が彼女の身元を特定できなかった理由とは
2025年5月3日(土)12時0分 文春オンライン
〈 「ミステリーを思わせる」金庫に現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…取材した記者2人が、その半生を追った“意味” 〉から続く
2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、ある女性が室内の金庫に3400万円を残して孤独死した。身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載されていた彼女は、いったい何者なのか?
ここでは、取材をした共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さん(現在は退職)の共著 『ある行旅死亡人の物語』 (毎日新聞出版)より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)

◆◆◆
遺留金を充当して行われた火葬
6月4日の昼すぎ、私は尼崎市にある太田弁護士の事務所を訪れた。奥の部屋に通してもらうと、すでに準備をしてくれていたようで、遺品や資料類が机に積まれていた。
関係書類がぎっしりと詰まっていたフラットファイルを机に広げ、メモを取るためのノートパソコンを起動させる。全部目を通して必要なところをメモするとして、数時間はかかるだろう。裁判所で訴訟資料を書き写すことには慣れていたが、今回は文字資料以外の遺品もあり、手間取りそうだった。
どこから手をつけようかとファイルをパラパラとめくっていると、「遺産目録」の項目が目に飛び込んできた。目録には以下の4点が挙げられていた。
・通帳2冊:ゆうちょ銀行・三井住友銀行 名義はいずれも「田中千津子」
・キャッシュカード1枚 三井住友銀行「タナカチズコ」名義
・年金手帳1冊「田中千津子」名
・遺留金34,600,520円
遺留金は、うち20万6000円を葬祭費に、1万4830円を官報広告掲載料へ充当し、さらに4230円を相続財産管理人選任に伴う官報広告費に充当したとある。行旅死亡人が財産を残している場合、このように諸手続きの費用に充てられるのだという。
なお、金庫にあった現金は新札ではなく、古い札を輪ゴムで留めたり、ビニール袋や封筒で小分けにしたりして保管されていた。さらに、金庫にはネックレスなど宝石類も数点あったことが判明しているが、なぜか後に所在不明となっている。
尼崎市が神戸家庭裁判所に対し記した資料によると、遺体発見時の状況は次のようだった。
〈「令和2年4月26日午前9時4分に錦江荘2階の玄関先において左横臥(おうが)に倒れ絶命している状態を発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡したことが判明した。死体の所持品から死体は『田中千津子』の可能性が高いため、尼崎東警察署により身元調査が行われたが、身元判明には至らず行旅死亡人として尼崎市へ引き継がれた。
本市の取扱いとしては、主の身元が特定されていないため、相続人の存在を確認する手段が無く、早急に火葬を行う必要があり、その目的の限度において、尼崎市が主の遺留金を充当し、火葬を行った。民法952条1の規定により、神戸家庭裁判所に対し、相続財産管理人の請求を行うものである」〉
民法952条は相続財産について規定している。この規定に則(のっと)り、尼崎市は相続財産管理人を神戸家庭裁判所に請求したのである。
くも膜下出血により昏倒して絶命か
死体の「検案」は、医師が死因や死亡時刻を調べる作業をいう。尼崎市の医師が、5月8日付の「死体検案書」を記していた。
・氏名:不詳。女。75才ぐらい
・死亡したとき:令和2年4月上旬頃
・死亡したところ:尼崎市の錦江荘2階
・死亡の原因:くも膜下出血
・発病(発症)又は受傷から死亡までの期間:短時間
・手術:無
・解剖:無
・死因の種類:病死及び自然死
医師の所見によれば、死因に不可解なところはないというわけだ。くも膜下出血というと、長時間労働による過労死などでもよく聞く症状で、いわば突然死に近い。女性はあるとき不意に、進行していたくも膜下出血により昏倒(こんとう)し、そのまま玄関先で絶命したのだろう。本人が死期を予期できたかどうかはわからない。
遺体の発見状況はどうだったのだろうか。尼崎東警察署は以下のように説明している。
〈「いつもすぐに郵便物を取り込んでいるのに、ここ2、3日、変死人の郵便受けに郵便物が溜(た)まっていることを心配した住人からの連絡を受け、家主が仲介不動産業者に連絡。玄関ドアに施錠があったことから、変死人宅に声掛けするも応答がなく、当署に通報があり、警察官立会の下、家主が管理する玄関伴で解錠し、更に内伴がされていたことから救急隊が損壊し、屋内を確認したところ、玄関先において左横臥に倒れ絶命する変死人を発見した」〉
身長133センチ、年齢は75歳くらい、右手指すべて欠損
女性は運良く、亡くなってから割合早い時期に発見されたとみるべきだろう。もし住人が気づかなかった場合、大家が家賃を催促するまで発見されずに、遺体の腐敗が進行した可能性がある。
なお、発見時の身長は約133センチメートルで中肉、年齢は75歳くらいで、右手指すべて欠損(労災によるもの)とされていた。着ていたのは緑色の長袖トレーナーとステテコ、ショーツ。身長などは官報に記載された情報と同じだ。
やはり、妙に小さいのが気にかかる。年齢に関しては「75歳くらい」とピンポイントで特定されているのが不思議だったが、これは遺品中の年金手帳を見ることで理由がわかった。
手帳は表紙がオレンジ色で、かつて厚生労働省に存在した社会保険庁が発行したものだ(同庁は廃止され、現在は日本年金機構が引き継いでいる)。「平成元年(1989年)2月1日」に保険者となったとあり、そこでの彼女の氏名は「田中千津子」、生年月日は「昭和20年(1945年)9月17日」とされている。2020年4月段階で、年齢は74歳となる。
警察が調べ尽くしても身元の特定には至らず
資料中の警察や市職員の証言などから、警察が懸命に調査したものの、身元の特定には至らなかったことも見えてきた。整理すると、以下の6点が主な調査とその結果だったようだ。
・家主や近隣への調査では身元を特定できなかった。
・女性(「田中千津子」さん)も夫とみられる男性(「田中竜次」さん)も住民登録はされていなかった。
・年金手帳については年金をかけていた期間が短く、かつ年金をかけていたときに勤務していた製缶工場もすでに存在していないため、身元の特定はできなかった。
・預金通帳や銀行についても調査したが、身元は特定できなかった。銀行が本人確認に使うはずの資料もなかった。
・女性は歯の治療をしており、主治医である大阪の歯医者を探し当てたが、いわば白タクのような闇の歯医者で、記録はなかった。
・製缶工場での労災事故時に治療を受けた病院のカルテに「23歳まで広島にいた、姉妹は3人」と話していたという記述もあったので、広島県や広島市にも照会してみたが、身元特定に至る情報は得られなかった。
警察署内で声が上がった女性の身元の推測
最初の周辺調査を除けば、私たちがどうあがいてもできない調査を、警察はすでにやってのけていたわけである。
宮部みゆきの小説『火車』には、休職中の刑事が警察手帳を使えずに調査で苦労する話が出てくるが、やはり警察だからこそ調べられることが世の中には数多くある。
裁判所から令状を取得した強制捜査はもちろんのこと、任意でも「捜査関係事項照会」という刑事訴訟法上の手続きを使えば、さまざまな情報を取得できる。それによほどの事情がない限り、警察から何か尋ねられて答えを拒む人は、そうそういないだろう。
一方、報道機関としての名刺はあっても実質的には何の権限もない記者は、役所に住民登録の有無さえ聞き出すことはできないし、銀行に照会をかけることもできない。
歯についてはおそらく遺体の歯から治療痕が見つかり、治療履歴を徹底的に調べて歯医者にたどり着いたのだろうが、そんな芸当も警察にしかできないだろう。記者風情ができる範囲で調べ直していまさら何がわかるのかと、投げやりな気持ちにもなってくる。
なお、労災年金支給を示す、尼崎労働基準監督署発行の年金証書も残されており、年金手帳と同じ名前と生年月日が記されていた。「平成6年(1994年)12月15日」、「労災補償保険法によって給付決定を証す」とある。
警察の捜査ではその後、年金支給を自ら打ち切ったことが判明。それにもかかわらず金庫に残されていた現金が多額であったため、警察署内では女性が工作員ではないかとの声が上がったという。
〈 「北朝鮮とのつながりが連想される」現金3400万円を残して孤独死した女性の“謎すぎる遺品”…取材した記者が感じた彼女の“不可解な一面” 〉へ続く
(武田 惇志,伊藤 亜衣/Webオリジナル(外部転載))
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