落ち込んでいる人に〈元気出して!〉〈悲しい時はウソでも笑え〉は逆効果?統計のプロ・サトマイ「人間が苦痛や苦悩、恐怖や不安を感じるのは当たり前。それを無くそうとしたり、見ないフリをしていると…」

2025年5月9日(金)12時30分 婦人公論.jp


解決できない悩み(写真提供:Photo AC)

「なぜ大人になると時間の流れが早くなるのか?」「1年たつのが早くなった」そう感じている全ての大人へ、統計のプロが教える「時間の正体」。仕事や家事に忙殺されて「満足したフリ」をしていませんか?データ分析・活用コンサルタントであり、登録者38万超『謎解き統計学サトマイ』YouTubeチャンネル運営している、佐藤舞(サトマイ)さんが、充実した時間の取り戻し方を提案する著書『あっという間に人は死ぬから「時間を食べつくすモンスター」の正体と倒し方』より一部を抜粋して紹介します。

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逃げても逃げても、苦痛は追いかけてくる


ここでの目的問題提起(まだ解決できていない悩み)人はそもそも苦痛や不安を感じるようにできている。

多くの人は「苦痛から逃げる」というアプローチをとるが、残念ながらそれはうまくいかないことが多い。

日本では、精神疾患の患者数は、ここ15年ほどの間で約1.6倍ほどに増え、2017年時点では、約420万人と、2型糖尿病患者数よりも多くなっています。

世界保健機関(WHO)のまとめでは、生涯において4人に1人は精神的な疾患を抱え、そのうち3人に2人は未受診といわれています。

日本では、精神科や心療内科に行くことに抵抗のある方がまだまだ多いですが、「精神的に参ってしまう」というのはいたって普通のことなのです。

精神「疾患」とまでいかなくても、「なんとなく生きづらい」とか「何のために生きているのか分からない」といった、将来に対する漠然とした不安や閉塞感を抱いている人は多いでしょう。

お釈迦様は、「人生は苦である」といいましたが、最新の心理学研究では、まさに、「私たちが苦しみ悩むのは通常のことで、心理的な苦痛そのものを消すことはできない」という前提からスタートし、そのうえで、心理的な苦痛との適切な付き合い方を習得することにフォーカスしています。

人間にとって、苦痛や苦悩、恐怖や不安を感じるのは当たり前のことです。それを無くそうとしたり、見ないフリをすると、かえって恐怖感や不安感が増してしまう、というデータは多いです。

逆効果になる誤った自己啓発


何か好ましくない考えや思いが浮かんできた時に、「ああ、だめだめ考えないようにしよう」と思ったことはありませんか?

これは良くないコーピング(ストレスに対する意図的な対処)です。

(1)「考えない」と思うと、より考えてしまう

ハーバード大学の心理学者ダニエル・ウェグナーのチームは、「それを考えないようにしよう」とすると、一時的には忘れられるものの、以前より頻繁にそれが思い出されてしまうという調査結果を発表しています。

「シロクマのことを考えないようにしてください」と言われると、かえってそのことが頭に浮かんで考えずにはいられなくなる実験から「シロクマのリバウンド効果」と名づけられました。

意味がないどころか、有害なケースも


(2)「元気出して!」は逆効果

また、不安や恐怖を感じている人に、「元気出して!」など、無理にポジティブに考えるようにさせることも逆効果です。

ミシガン州立大学のジェイソン・モーザーらの研究では、「ネガティブな人に前向きなことを言うと逆効果になる」という結果が出ています。

この実験では、まず、ネガティブ思考かポジティブ思考かを自己申告してもらい、ショッキングな映像を見せ、できるだけポジティブに解釈するように指示しました。

その時の被験者の脳の血流を調べたのです。映像を見た時、ポジティブ思考の人たちの脳の血流は大きな変化はありませんでしたが、ネガティブ思考の人の脳の血流は非常に早くなりました。

血流が速くなるほど脳はパニック状態になっているということです。この状態で、「もっと前向きに考えて」と指示をしたところ、血流はゆるやかになるどころか加速してしまいました。

自尊心の低い人が、ポジティブ・アファメーション(ポジティブな自己暗示)をしても意味がないどころか、有害なケースもあるのです。

1度湧いてしまった不安や恐怖を無理にポジティブに捉えようとすると、脳が混乱してしまいます。

ネガティブな状態の人をポジティブにしようとすると自己矛盾が生じ、かえって自分のネガティブさが強調されてしまうのです。


「元気を出して」は逆効果?(写真提供:Photo AC)

再現実験で確認できなかった効果


(3) 笑うと前向きになる、は真偽不明

悲しい時はウソでも笑え」という巷でよくあるアドバイスにも、否定的な結果が出ています。

これは「表情フィードバック仮説」といわれ、「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」という理屈で、心理学の教科書には必ず登場する有名な説です。

仮説が提唱されてから100年以上、追試が行われてきましたが、いまだに真偽がハッキリしていません。

1988年のフリッツ・ストラックらの実験では、参加者にコメディ映画を見せ、口にペンをくわえてもらいます。

口をすぼめてくわえた時(口は「ウ」の形)と、ペンを歯でくわえた時(口は「イ」の形)で、映画の面白さを評価してもらったところ、イの表情を作った時の方が面白く感じる、という結果となり、論文は1000回以上引用されました。

その後、2016年に、17の独立した研究チームによって大規模な再現実験が行われ、9つの研究室では、少しだけ効果が確認され、残り8つの研究室では効果が確認できませんでした。

自分にウソをつくのは精神的に良くない


他にも、2014年の香港科技大学のムコパディヤイらの研究では、「幸福を感じていない時に笑う被験者は、笑顔をつくると逆に気分が落ち込みやすくなる」ということが分かりました。

さらに、「幸福を感じている時に笑う被験者は、笑顔になると気分が良くなる」ということも分かりました。

以上の実験結果から、幸せな状態の時は、笑顔によって幸福が増幅されるけれども、幸せでない状態の時に、無理やり笑顔をつくったり、ポジティブな自己洗脳をしようとしたりすると、自分の本心と行動に自己矛盾が生じてしまい、苦しくなる、という解釈ができます。

やはり、自分にウソをつくのは精神的に良くないのです。人生の理である、死、孤独、責任は、直視するのが怖いものです。

そして生きづらさの根本原因でもあるので、向き合うよりも見ないようにしたり、考えないようにしがちです。

そして無理にポジティブに変換しようとしたり、自分にウソをついたりします。

他人からのアドバイスや世の中にあふれる間違った自己啓発に、時間やお金を浪費していないでしょうか。

※本稿は『あっという間に人は死ぬから「時間を食べつくすモンスター」の正体と倒し方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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