古代エジプト人は天の川銀河を天空の女神「ヌト」と結び付けて描写していた
2025年5月9日(金)21時10分 カラパイア
Credit: Mykola Tarasenko; Odessa Archaeological Museum, NASU
今から約5000年前、古代エジプト人は、天の川銀河という天体現象をすでに認識し、神話の中に取り入れていた。
イギリス、ポーツマス大学の天体物理学者、オル・グラウア博士は、古代エジプトの棺や墓に描かれた図像を調査し、天の川銀河を表現した可能性のある描写を発見した。
博士は、天空の女神「ヌト」の体を横切る黒い曲線が銀河の暗黒帯「グレート・リフト」を描写していると分析し、当時の人々が天の川の存在を視覚的に捉え、神々と結び付けて描いていたと結論づけている。
星空をまとう天空の女神ヌト
古代エジプト神話の中で、ヌトは天を司る女神として登場する。彼女は大地の神ゲブと対をなす存在であり、夫である太陽神、ラーを夜に飲み込み、朝に再び生むという壮大な宇宙のリズムを担っている。
ちなみにヌトとゲブは、「エジプト九柱の神々」の中核メンバーだ。
九柱神、エネアドとも呼ばれるはこれら9人の神々は、エジプト神話の中のヘリオポリス創世の中で重要な存在で、創造神アトゥムから始まり、シュウ(大気神)とテフヌト(水分神)、その子であるゲブとヌト、さらに彼らの子供たちイシス、オシリス、セト、ネフティスと続く。
ヌトは天を大きくアーチ状に反らせた女性として描かれ、全身には星や太陽がちりばめられている。その体は、まさに古代エジプト人にとっての「宇宙そのもの」だ。
太陽神ラーを夜に飲み込むヌト。ラーは夜にヌトの体を通過して夜明けに生まれ変わる。 image credit:Hans Bernhard (Schnobby[https://commons.wikimedia.org/wiki/User:Schnobby]) / WIKI commons[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Goddess_Nut_2.JPG] CC BY-SA 3.0
棺に描かれたヌトの黒い曲線が意味するもの
グラウアー博士が注目したのは、今から約3000年前の第21王朝時代を生きた女性、「ネシタウジャタケト(Nesitaudjatakhet)」の外棺に描かれたヌトの姿だった。
ネシタウジャタケトは、アメン・ラー神殿に仕えた「神官付きの歌手)」として記録されている人物で、神殿儀礼に参加する宗教的役割を担っていたとされる。
王族ではないものの、神に仕える立場として高位の埋葬を受けており、その棺には宗教的・天文学的な象徴が豊かに描かれていた。
その外棺に描かれたヌトの体のまわりには、黒く波打つ曲線が走っていた。しかも、その上下にはほぼ同じ数の星が描かれている。
オデッサ考古学博物館所蔵のネシタウジャタヘトの外棺に描かれたヌトの宇宙観を描いた図像。ヌトの体は星々で覆われ、足の裏から指先まで太く波打つ黒い曲線が描かれている。両側を星々に囲まれたこの曲線は、天の川銀河のグレートリフトを彷彿とさせる Credit: Mykola Tarasenko; Odessa Archaeological Museum, NASU
天の川のグレートリフトの形状に類似
この謎の曲線について、博士は天の川の「グレート・リフト」を象徴している可能性があると指摘している。
グレート・リフトとは、天の川の中央を走る帯の中に見える、暗く引き裂かれたような部分のことだ。
これは、私たちの銀河の中心方向に存在する塵やガスの雲が、背景の星々の光を遮ることで生じる。
夜空をよく見上げると、天の川が一本の明るい帯ではなく、途中で暗く分断されて見える。その暗い“裂け目”こそがグレート・リフトだ。
古代エジプト人もまた、この特徴的な空の姿を目にし、神話に取り込んだ可能性があるという。
エル・ファイユーム近郊のエジプト西部砂漠の砂丘にかかる天の川のグレートリフトは、ヌトを覆う黒い曲線に類似する image credit:Osama Faithi/Journal of Astronomical History and Heritage[https://phys.org/news/2025-04-depictions-milky-ancient-egyptian-imagery.html]
王家の谷にも残された痕跡
このような黒い曲線は、他にも王家の谷にある4つの墓で見つかっている。
中でもラムセス6世墓では、天井に描かれた「昼の書」と「夜の書」に、背中合わせになったヌトが登場。背中から、金色の波のような曲線が流れ出している。
これらの描写は、天の川がヌトの体の中を流れる神秘の川として捉えられていた可能性を物語っている。
ラムセス6世の墓にあるヌトの描写にも、暗い曲線模様が見られる image credit:Theban Mapping Project/Francis Dzikowski
ヌトそのものが天の川ではなく、体を構成する要素の一部
ただしグラウア博士は、「ヌトそのものが天の川である」とは考えていない。
むしろ彼女は空全体の象徴であり、天の川も太陽も星々も、その体を構成する要素の一部であり、天の川は彼女の神性を際立たせる存在だったのだ。
この考え方は、2024年に発表された博士の別の研究[https://phys.org/news/2024-04-hidden-role-milky-ancient-egyptian.html]でも示唆されていた。
そこでは、エジプトの夜空を再現した天文学シミュレーションを使い、冬の天の川がヌトの腕を、夏の天の川が彼女の背骨をなぞるように空を横切ることが明らかにされている。
星々に覆われた天空の女神ヌトは、父であるシュウによって高く支えられ、地の神であり兄でもあるゲブの上に弓なりに広がっている。左側では、太陽の神ラー(ハヤブサの頭を持つ神)が昇る太陽としてヌトの脚を上って航行している。右側では、沈む太陽がヌトの腕を下っていき、冥界で太陽を再生させる役割を担うオシリスの差し伸べた腕へと向かっている。Credit: E. A. Wallis Budge, The Gods of the Egyptians, Vol. 2 (Methuen & Co., 1904)
古代エジプト神話と天空との関係は、非常に奥深く、今なお謎に満ちている。
グラウアー博士の研究は、数千年の時を越えてその神秘の一端を明らかにしようとする試みなのだ。
この研究は『Journal of Astronomical History and Heritage[https://www.sciengine.com/JAHH/doi/10.3724/SP.J.140-2807.2025.01.06]』誌に掲載された。
References: Depictions of the Milky Way found in ancient Egyptian imagery[https://phys.org/news/2025-04-depictions-milky-ancient-egyptian-imagery.html] / Depictions of the Milky Way found in ancient Egyptian imagery[https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/nut-goddess-milky-way-0022085]