日本のような湿度の高い国と「洋服」の相性は最悪だった?呉服屋が語る<絹の着物が日本で愛されてきたワケ>

2025年5月10日(土)12時30分 婦人公論.jp


(写真:stock.adobe.com)

生活の欧米化と共に、今では着る機会が激減した着物。着物と距離が生まれた理由の一つに、「着るのが大変」「大変で苦しそう」というイメージがありそうですが、山陰地方で呉服店・和想館を経営する和と着物の専門家である池田訓之さんは、「着物を着るのはそこまで大変ではなく、そして本来苦しいものではない」と話します。着物の心地よさと、秘められたメリットについて池田さんに解説いただきました。*医療情報監修:芝千太郎さん(本名:森川由基。医学博士、芝流舞踊療法研究所・家元付師範、もりかわ在宅ケアクリニック楠・院長)

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イギリスと日本の夏の違い


私は以前イギリスで暮らしていたのですが、ロンドンでは、家はもちろん、地下鉄やバスにも、ほぼクーラーは設置されていませんでした。ロンドンでも夏の日中は30度を超えますが、窓を開けて風を通してやれば過ごせたのです。

一方で、日本の夏は蒸し暑くてクーラーなしでは過ごせませんよね。

イギリスと日本の夏の根本的な違いは「湿気」にあると感じています。日本はご存じの通り、湿度が高いので、どうしても蒸し蒸しする。

この蒸し暑さに対処するために、着物は体中を風が通る工夫をほどこしています。

3つの首、頭を支える「首」と、「手首」、「足首」の3つを開けている。だから、着物を着ると頭から手足まで風が通って、蒸し暑さを逃がしてくれるのです。

洋服を湿度の高い地域で着ると蒸し暑く感じるワケ


それに比べ、ヨーロッパは乾燥していて、栄えている地域の多くは緯度が高い所にあり、比較的寒い。

だからこそ、熱が逃げないように、3つの首を絞める衣を着るのだと思います。

また、首まわりに衿をつけ、手首は筒袖で閉じ気味、足元は靴に、男性だとズボン、女性はタイツやストッキングをはきますよね。だから洋服を湿度の高い地域で着ると、蒸し暑く感じるのです。

もちろん洋服の中でも、Tシャツに半パン、という姿だと涼しくはなります。でもこの組み合わせは本当にカジュアルな姿であり、入れる店も限られてしまいます。

もしドレスコードがあるような店に入るとしたら…。やはり着物の方が適していると言えるのではないでしょうか?

体に優しい素材「絹」


着物の代表的な素材といえば“絹(シルク)”ですが、昔から、絹の着物作りに携わる女工さんのお肌はきれいだと言われてきました。

そして現代では、それが単なる言い伝えではなく、科学的な裏付けがあるものだという認識が広がり始めています。

絹を作るには、まず蚕が作った繭から糸(生糸)を繰ります。この生糸は人の髪の毛よりも細いので、数本をまとめて、撚って1本の糸を作り、その糸で生地を織り成します。

この生糸は、セリシンとフィブロインというたんぱく質から成っています。

セリシンには、紫外線、活性酸素、雑菌、化学物質、高温多湿の環境から繭を守る効果が、フィブロインには、保温、吸放湿性、細胞再生、ガス吸湿性、角化健全化(皮膚のターンオーバーを正常化する)作用などがあるとされています。

女工さんの肌の美しさは、おそらくこうした特徴に由来しているのでしょう。

なぜ絹の着物は夏涼しく、冬は暖かいのか


さらに絹の着物は夏涼しく、冬は暖かいという特性を備えています。

そもそも絹は、吸湿性が綿の1.3倍から1.5倍程度、放湿性も1.3倍ほどあり、綿よりも素早く汗を吸い取り、体外に放出してくれるので、暑い季節も汗ばむことが少ない。

また絹の糸の内部に細かい隙間がたくさんあり、そこに空気を多く含むことができるため、体温で温まった空気を蓄えて保温してくれて、寒い季節には暖かくなる。

さらにはガス吸湿性にも優れ、体臭を逃がしてくれるし、水分が他の素材よりも豊富なので、静電気が起きにくく、冬でも裾さばきが楽に歩けます。

つまり、絹の着物は人体との親和性も高いうえ、敏感肌の人にも優しく、安心なのです。

ちなみに弊社のスタッフが飼っている猫は、いろいろな素材で作られた洋服や着物が部屋に置いてある中で、必ず絹の着物の上を選んで寝そべっているそう。

なぜ絹の着物は水洗いできるのか


「え? 洋服にだってシルク素材はある、だから着物の特権みたいに話すのはおかしいよ」と、思われた方もいたかもしれません。

確かに絹で作られた洋服もありますが、クローゼットに収納した服全体から考えると、割合はかなり少ないのではないでしょうか。

その背景として、基本的に「絹の洋服は水洗いできない」という特性が影響しているように思います。

絹は水をかけると縮みます。だから多くの絹の洋服は水洗いを避け、ドライクリーニング推奨となります。これはつまり、水性洗剤の類は使えず、ドライ洗剤のみ使える、ということです。

しかしそれでは油性の汚れしか落とせない。水性の汚れ、たとえば汗じみなどは、しみ抜き処理で部分的に落とすしかなくなります。

対して、絹の着物が水洗いできるのはなぜか。それは仕立て方の違いに起因します。

洋服は着る人の体の線に合わせて仕立てる【=曲線立ち】ため、30%程度の生地を捨ててしまう。ですので、もとの生地の形に戻すことはできません。

一方で着物は、袖、体の前、後ろに当たる部分…と、全部大小の四角形の集合で裁断し、余る部分は四角形の端に縫い込んで生地を捨てずに、仕立てていきます【=直線裁ち】。

そのため糸をほどけば、また一反の反物に戻すことができる。そしてその反物を、ピンと張って【=伸子張り(しんしばり)】水洗いすれば、縮むことなく洗いきれるのです【=洗い張り】。

暑い季節にこそ活躍する絹の着物、この夏、ぜひ挑戦してみてくださいね。

婦人公論.jp

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