青く透き通る「仁淀ブルー」、ゴロゴロとした巨岩に落差20mの滝…高知県・中津渓谷で見た“地下迷宮のような異界”

2025年5月13日(火)7時10分 文春オンライン

〈 高知県がPRするコミュニティバスの旅で、四国山地のド田舎へ行ってみた…そこで乗った“幻のバス”の正体とは?「タヌキにでもだまされたのか」 〉から続く


「コミュニティバスを使って旅に出よう」。全国でも珍しい観光キャンペーンを高知県が始めた。その第一弾は「中津渓谷」(仁淀川町)へ行くコースだ。「仁淀ブルー」が美しい仁淀川の支流・中津川にあり、行き方や渓谷の魅力は動画やHPで紹介している。


仁淀川町営のコミュニティバスを下りる


 中津渓谷は全国に知られていないのが不思議なほどの絶景の地だ。


「中津渓谷」のバス停で、仁淀川町営のコミュニティバスを下りる。まだ遊歩道にも入っていないのに、眼前の景色に目を奪われる。谷にゴロゴロと巨岩が転がっていて、山が桜や花桃でピンクに染まっていた。



「中津渓谷」のバス停で下りると、眼前でに巨岩がゴロゴロしていた


温泉宿「ゆの森」のレストランへ


 到着が昼過ぎになったので、まずは県のモデルコース通りに昼食をとった。バス停のすぐ近くにある温泉宿「ゆの森」のレストランへ向かう。町の指定管理で営業している観光施設だ。


 料理もモデルコースで紹介された通りに「ゆの森弁当」を注文した。カツオのたたき、季節の天ぷら、炊き合わせの小鉢などのほか、食後のコーヒーが付いていて1520円。「人気ナンバーワンのメニュー」(フロントの社員)なのだという。


 レストランにはベランダの席もあり、満開の桜の下で食べられる。


 外国からの客が多かった。英語を話す人、中国語で会話をする家族、韓国語のカップル。インバウンドの観光客は、高知城などの観光拠点に飽き足らず、かなりローカルな観光地にまで大勢訪れている。その証拠のような場所だった。


ワゴン車タイプのコミュニティバスが見えた


 食事をしていると、山奥からつづら折りの道路をワゴン車タイプのコミュニティバスが下りて来るのが見えた。先ほど乗車したバスが終点で折り返し、町中心部へ戻っているのだろう。


 中津渓谷から先の道路は、車が1台通れるかどうかという細い箇所もある。「通行できるのはせいぜいワゴン車タイプまでで、それ以上大きいと奥の集落には行けません」(仁淀川町の担当者)という難路だ。


 しかも、県がHPで紹介した「上名野川」行きのバスは、1日に3往復しか運行していない(土日祝日運休、昼の便1往復は火曜も運休)。


渓谷入口は駐車スペースが極めて少ない


 ついでに申し上げておくと、中津渓谷は山深いところにあるだけに、車で来る場合も注意を要する。渓谷入口の県道は360度のヘアピンカーブになっていて、駐車スペースが極めて少ない。「ゆの森に10数台、ヘアピンカーブの内側にある公衆便所の横に3台」(町の観光担当者)だ。少し離れたところにある旧小学校のグラウンド跡に約40台とめられるという。


 大型バスは渓谷入口まで実質的に乗り入れができず、県道の坂道を約700m下りた国道33号から歩いて上るなどしなければならない。「町内の会社で中型バスをチャーターし、国道から渓谷入口まで輸送するツアーもあります」と町の観光担当者は話していた。


 国道から、だいだい色のマイクロバスが上って来た。チャーターではなく、愛媛県松山市のバス会社だった。


 運転手に尋ねると「関西のお客さんを20人ほどお連れしました。仁淀ブルーが目的です」と話す。高知市内で観光した後、国道33号を松山に抜ける途中で寄ったのだそうだ。


「高速道路ができるまで、国道33号は高知と松山を結ぶメーンルートでした。このため以前は中津渓谷がツアーのコースに入っていました。ところが、高速道路が開通してからはルートから外れ、時間に余裕がないと来られなくなりました。美しい所なのに残念ですね」と語る。


澄んだ川が青くキラキラと光る


 渓谷は遊歩道が整備されている。


 巨岩の下に潜ったり、岩の裂け目を階段で上がったりしながら奥へ進む。


 水は澄んでいて川底まで見える。太陽に照らされると青くキラキラと光る。


 巨岩の間を縫うようにして流れる川がいくつもの滝を作っていた。切り立った岩壁から染み出るようにして滴る水も美しい。


落ちてこないか不安になる「岩」


 岩がトンネルのようになった場所で、「上を見てください。落ちてきた岩が挟まっています」とガイドが説明しているのが聞こえた。確かに巨岩の隙間に岩が挟まっていて、落ちてこないか不安になる。


 案内をしていたのは「仁淀川町の観光を考える会」(約10人)のメンバーだった。


 代表の井上光夫さん(63)に尋ねると、「中津渓谷は1万年前に今の地形になりました。岩はいつ落ちてきたのか分かりません。ツアーのお客さんには『落ちない岩』だと受験生に教えてあげればいいのにと言われます」と笑う。


見どころは「大きな岩、滝、そして七福神」


 ガイドでは仁淀川の名前の由来、仁淀川の地形ができた理由、植物の話などを中心に伝える。「渓谷なのに植物?」と不思議に思う人がいるかもしれないが、二つ隣の佐川町は植物学の大家、牧野富太郎博士の故郷だ。牧野博士は中津川流域へ何度も植物採集に訪れた。中津渓谷を通るコミュニティバスの終点「上名野川」から少し奥に入った神社で「ヤマトグサ」を発見し、日本で初めて学術誌に発表した。このため、日本の近代植物分類学の発祥の地とされる。


 井上さんは、中津渓谷の見どころは「大きな岩、滝、そして七福神」と言う。


「この辺はチャートと言って動物性プランクトンの死骸が深海で堆積した岩石でできています。チャートは大きく割れる性質があり、だからこんなに大きな岩がいっぱいあるんですよ」と説明する。


 七福神は遊歩道から見える場所に石像が置かれていて、「竹下登内閣のふるさと創生1億円事業で設置されました」と教えてくれた。


 雄大な自然と人為の石像は異質なように見える。が、意外に楽しそうに探しながら歩いている人が多かった。「心がきれいな人しか見えない」と言われるほど、見つけにくい石像もあるのだという。


地層の話が非常に面白かった


 県庁で「コミバス旅」のPRを担当している西森大祐・観光政策課チーフは「5年ほど前、ガイドに同行したことがあり、地層の話が非常に面白かったのを覚えています」と話していた。


 仁淀川水系は複数の地質帯を貫いて流れている。このため河川が浸食する岩の種類が多く、赤、緑、白、灰、黒といった五色の石が見られる。これらが太平洋に下って、桂浜(高知市)に打ち上げられる。


 巨岩の中を歩いていると、異界に迷い込んだかのような気持ちになる。


「まるでダンジョンRPG(地下迷宮や洞窟で宝探し、戦闘をするロールプレイングゲーム)の世界のようだ」と言われることがあるのもうなずける。


「雨竜の滝」にたどりつく


 川の水はいよいよ青くなり、「雨竜の滝」にたどりついた。


 落差20m。水流の荒々しさから「竜吐水」と呼ばれることもある。かつては容易に近づけず「神秘の滝」と言われたが、遊歩道が整備されてからは観光でも見られるようになった。


 町が作成した「中津渓谷MAP」によると、遊歩道入口から「雨竜の滝」までは徒歩約20分。渓谷最大の見どころで、ここで折り返して戻る人が多いようだ。


 だが、帰りのコミュニティバスが出るまでには、到着から4時間半もあった。


 県庁での取材時、齊藤弓子・地域観光課主幹が「本数が少ないコミュニティバスだと、長い待ち時間が生じることもあります。その分、どっぷり地域に浸かってもらえたらと考えています」と話していたのを思い出した。


目もくらむような谷底


 遊歩道は全長1.6km。じっくり歩いて、どっぷり浸かろう。


「雨竜の滝」から少し戻ると、別方向に上がる急な階段があった。息を切らして上流へ向かう。「竜宮渕」と呼ばれるスポットがあった。深い青色の渕に、木綿を流したような滝が注ぐ。矢印で眺望点とされた場所には、手すりなど何もなく、はるか眼下に渕が見えた。その緊張感も含めて見応えがある。


 そこから15分ほど歩くと「石柱」に至る。遊歩道の行き止まりだ。


 深く穿たれた細い谷の下を中津川が流れていた。川底には高さ約20mの柱状の石が立っていて、「約6万年前からの水の浸食によりできたと言われる」と看板に書いてあった。


 谷には木製の橋が架けてあり、橋上からだと目もくらむような谷底に石柱が見える。


外国からの観光客と話す


 ここまで来る人は多くないようだ。静けさが支配していて、観光地であることを忘れそうになる。写真を撮影していると、外国からの観光客らしい家族4人が歩いて来た。橋の中ほどまでこわごわと進み、真下にすっくと立つ石柱をしばらく眺めていた。


「どこから来たのですか」と尋ねた。


「ドイツです」。24歳の女性が流暢な日本語で返す。


 1年前から広島で独り暮らしをしながら働いていて、「日本の風景を見せたい」と父母と弟を観光に呼んだのだという。「瀬戸内海を渡って四国に行ってみよう」と、中津渓谷のことはインターネットで調べた。


「橋はちょっと怖かったけど、すごい風景ですね。本当に来てよかった。田舎好きな母が特に感動していました」と女性は話す。


 ただ、少し疲れてしまったようだ。「上り下りが多くて、父は膝が痛くなってしまいました。母はトイレに行きたいのですが、渓谷入口にしかないのですよね。遊歩道以外に早く戻れる道はないでしょうか」と尋ねられた。町役場が作成した「中津渓谷MAP」には、コミュニティバスが通る県道を歩けば10分強で帰れると記してある。そう伝えると、4人は県道を帰って行った。


「ゆの森で温泉も堪能できます」


 県のHPには「渓谷を散策した後は、ゆの森で温泉も堪能できます」と書かれていた。これに従って、ひと風呂浴びる。仁淀川町内で湧いているアルカリ性単純硫黄冷鉱泉の沸かし湯で、日帰り入浴は大人800円だった。


 こうしているうちに、帰りのバスの時刻が近づいてきた。


 4時間半の“バス待ち”が長いか短いかについては評価が分かれるだろうが、ランチを食べ、渓谷をじっくり歩いて、温泉に入ったら、ちょうどいい時間になる。


「中津渓谷」のバス停には午後5時26分、時刻表通りにワゴン車タイプの「町民バス」が滑り込んだ。他に乗客はない。


 人懐こい運転手は「私が乗せる今日初めてのお客さんです」と嬉しそうだった。学校が春休みなので、通学利用がなかったらしい。


この路線は、土日祝日に運休してしまう


 県がPRを始めた「コミバス旅」に従って来たのだと伝えると、「へぇ、そんな宣伝をしてくれているのですか」と知らないようだった。「こうしてお客さんに乗ってもらえると、なくしてはならない路線だけに、維持にプラスになりますよね。どこまで乗っても運賃は200円。お得なバスです。残念なのは、この路線は土日祝日に運休することです。運転手の確保が難しく、休日まで走らせられないのです」。


 これまで、観光目的で乗車した人はいるのだろうか。


「韓国から来たカップルが『大崎』から『昇雲橋』まで往復で利用してくれました」


「大崎」とは、仁淀川町役場の近くにある「バス待合所」で路線バスとの乗り継ぎ地点だ。多くの人が乗降する。「昇雲橋」は中津渓谷の遊歩道の奥まったところにある石柱に近いバス停だ。停留所の看板は建てられているものの、町役場が作成したこの路線の時刻表には停留所名さえ載っていない。どうやって調べたのだろう。「さあ、最近は外国のお客さんもよく調べて来ますよね」と運転手は感心していた。


間もなく黒岩観光バスが来た


 午後5時35分、「大崎」着。「待合所でちょっと待っていてください。路線バスはすぐに来ますから」とコミュニティバスの運転手が親切に教えてくれる。間もなく黒岩観光バスが来た。


 午後5時40分発。こちらも他の乗客はない。途中の越知(おち)町で若い女性を乗せた以外は、終着のJR佐川駅まで乗降がなかった。


 佐川駅前には午後6時10分に到着し、同34分発の普通列車で高知へ向かう。高知駅に着いたら午後7時25分だった。


 帰りはコミュニティバスも、路線バスも、列車も、時刻表と1分と違わずに運行し、乗り換えの間隔もちょうどよかった。行きのドタバタが嘘のようにスムーズだった。


撮影 葉上太郎

〈 「水曜出発限定」「満席の場合は乗れません」…高知県が“リスク”を承知で過激なコミュニティバス観光を提案するワケ 〉へ続く


(葉上 太郎)

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