高知県がPRするコミュニティバスの旅で、四国山地のド田舎へ行ってみた…そこで乗った“幻のバス”の正体とは?「タヌキにでもだまされたのか」

2025年5月13日(火)7時10分 文春オンライン

「バスですか。のんびりしていいですね」


 知らない人は言う。大きな誤解だ。分刻みで動かないと乗り継げず、1本逃すと到着できなかったり、帰れなかったりすることもある。逆にかなりの待ち時間が発生することもしばしばだ。旅ならその時間を使って地域を深く知ることもできるが、日頃使う住民にとっては不便極まりない。


 バスでの移動は、ひたすら時間との闘いと、工夫の連続だ。ある意味、過激で危険とも言える。


 また、ひと言で「バス」と言っても、高速バス、路線バス、コミュニティバスなどがある。このうち「よそ者」が最も乗りにくいのは、市町村が地域を走らせるコミュニティバスだろう。名も知らない集落を細かく回り、ルートの把握さえ難しい路線もある。時刻表を読み解くにも労力が必要だ。


 そんなコミュニティバスを使って旅をしてもらおうという大胆な試みを高知県が始めた。全国でも珍しい。


 どんな旅になるだろうか——。


高知県が中山間地観光をPR


 高知県は「どっぷり高知旅」という観光キャンペーンを2024年度から4年間で行っている。


「主に中山間地に光を当てて紹介しています。そうした地域の交通はコミュニティバスが担っている面があり、活用して回ってもらうためにPRを始めました」と県庁の地域観光課、齊藤弓子主幹が企図を説明する。


 その第1弾として2025年3月中旬、JR高知駅から中津渓谷(仁淀川町)へ行くルートを動画やHPで紹介した。



中津渓谷は四国山地のど真ん中にある(仁淀川町) 撮影 葉上太郎


中津渓谷は美しいが、乗り換えが難しい


 中津渓谷は「仁淀ブルー」で知られる仁淀川の支流・中津川にある。この川もやはり青く見える水が美しく、巨岩や渓谷美と相まって、注目のスポットだ。県庁の観光政策課、西森大祐チーフは「いつ行っても水がきれいです。今日なんかは真っ青じゃないですか」と語る。


 行ってみたい! 話を聞くだけで、わくわくする。


 ただし、遠い。仁淀川町は愛媛県境の自治体だ。四国山地のど真ん中と言っていいような場所にある。


 しかも、JR土讃線、路線バス、コミュニティバスという3種類の公共交通を乗り継ぐので難易度が高い。


 それでもHPに紹介された通りにたどれば、日帰りできそうだ。


県庁から高知駅へ向かう


「いってらっしゃい」。齊藤主幹らの見送りを受けて、県庁から高知駅へ向かった。2025年4月上旬のことだ。


「土佐勤王党」の結成150年を記念して設置された三志士像(武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎)を横目に駅構内へ。アンパンマンとばいきんまんが描かれた階段をホームへ上がる。高知県はアンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの故郷である。


 注意しておかなければならないのは、高知県内のJR線ではSuicaやICOCA、PASMOなどのICカードが使えないことだ。切符を券売機で買う。


 県のHPで紹介された通り、午前11時6分発の須崎行きワンマン普通列車(1両編成)に乗った。


 山奥に出掛けるには遅い時刻だが、これには理由がある。「中津渓谷」へ向かうコミュニティバスが1日に3往復しか走っておらず、行きは午前6時台と午後1時前、午後4時半過ぎだけなのだ。


 高知駅から乗り継ぐには、午前6時台の便だと間に合わない。午後4時半過ぎでは現地に着くのが夕暮れになってしまう。観光に使えるのは午後1時前の1本しかなかった。これに間に合うよう逆算した高知駅の出発時刻が午前11時6分なのである。


 付け加えておけば、「中津渓谷」を通る昼のコミュニティバスは、月水木金の週4日しか走っていないことも留意しておかなければならない。


乗り継ぎミスはゆるされない!


 列車で向かうのは、高知駅から14駅先の佐川(さかわ)駅だ。午前11時56分着なので、50分間の乗車になる。


 少しでも乗り継ぎにミスがあると、目当てのコミュニティバスには乗れない。だが、列車に揺られるとつい眠くなってしまうのが人情だ。うつらうつらしていると、「○かわ」という車内アナウンスが聞こえた。


「ヤバい。下りなければ」。慌てて出口に向かうと、明らかに風景が違う。「ここは、さかわですか」。運転士に聞くと、「はかわです」。途中の波川駅だった。


 もし下りていたら、旅は終わりになっていた。今度は眠らないよう立って向かう。


非常にタイトな乗り換え


 県のHPでは、佐川駅に午前11時54分着と紹介されていたが、2025年3月15日のダイヤ改正で56分着に変更された。出発時刻は変わらないのに、到着が2分遅くなったのだ。しかも、この日は3分遅れて59分に着いた。


 路線バスの出発は午後0時5分。県の当初の想定では11分の乗り換え時間があったのに、既に6分しかなくなっていた。


女性が焦っていた理由とは…


 列車から下りる客が結構いる。ワンマンなので車両の出口へぞろぞろと向かう。両替する人もいて、なかなか進まない。背中を押されている気がして振り向くと、娘を連れた女性だった。


 残念ながら、前が詰まっていて押されても進めない。しかし、なぜそうまでして早く出たかったのか、理由は直後に分かる。


 女性は列車を出ると、娘の手を引いて駆け出した。


 佐川駅にはホームが二つあり、到着したのは駅舎とは反対側だ。駅を出るには線路を渡らなければならない。跨線橋はなく、線路に下りる「構内踏切」の方式だった。


 女性が線路を駆け足で渡ると、ワンマン列車が警笛を鳴らして動き始めた。出遅れた私はホームに取り残され、列車がゆっくり通り過ぎるのを待つしかない。


 やや焦る気持ちが出てきた。路線バスの出発時刻まで、あと3分しかなくなっていた。


佐川町は、『牧野富太郎博士』の故郷


 この駅がある佐川町は、NHKの朝の連続ドラマ「らんまん」のモデルになった植物学者、牧野富太郎博士の故郷だ。ホームの駅名板には牧野博士の鞄から花があふれるデザインがほどこされ、待合室には博士のコーナーもある。


 町内には辛口の清酒で知られる司牡丹(つかさぼたん)酒造があり、ホームには「酒まつり」のぼんぼりが下げられていた。


 ゆっくり見ている暇はない。トイレにさえ行けない。


地元の「黒岩観光バス」に乗る


 駅前のロータリーに止まっていた路線バスに飛び乗った。


 乗客は7人。さきほどの女性も乗っていた。子連れで乗り換えるのに、少しでも早く行きたかった気持ちがよく分かった。


 路線バスは定刻に出発。地元の「黒岩観光バス」(本社・佐川町)だ。


 広域線(狩山口・川渡行き)と名づけられた路線で、便によって行き先は2方向に分かれる。ただ、途中まで同じルートを走り、行き先が分かれる前に乗り換えるので、どちらに向かう便か心配する必要はなかった。往路は1日に10本。そのうち2本は日祝日運休だ。


 乗車時間は約30分。その間、佐川町、越知(おち)町、仁淀川町という三つの町を通る予定だ。


 車内では、広告よりも自社のお知らせが目立った。「国道での工事箇所が増えており、バスの運行に遅れが出ております」という記載もある。乗り継ぎできなくならないよう願うばかりだ。


山の斜面には、美しい桜や花桃


 佐川町の商店街では、閉じた店のシャッターに色とりどりの花が描かれていた。


 次の越知町では、病院や買い物の帰りなのだろうか、楽しそうに世間話をしながら大勢の高齢者が乗ってきた。リュックサックに大きな荷物。杖をついた人もいる。かなりの乗車率になった。


 この辺りからバスは仁淀川に沿って走り、切り立った山の斜面に桜や花桃が美しく咲く。


 三つ目の町、仁淀川町へ入る。県のHPによると、「大崎」のバス停で乗り換えだ。


「大崎役場前」。車内アナウンスが流れた。仁淀川町役場は大崎地区にある。


「土佐大崎」と「大崎」


 次は「土佐大崎」と聞こえた。「『大崎』はもっと先なのだろう」とのんびり構えていたが、ここで多くの客が席を立った。途中で乗ったおじいちゃん、おばあちゃん達も出口へ向かう。車内は一気にガラガラになりそうだ。


 ふと気になった。「もしかしてここが乗り換え地点ではないのか」


 外を見ると、県のHPに写真が載っていたのと同じ木造平屋建ての「バス待合所」があった。


「ここだ!」。急いで出口に向かう。間に合ったのは、おじいちゃん、おばあちゃん達が下車に手間取っていたからだった。助かった。


 実は、このバス停には二つの名前があった。


 黒岩観光バスは「土佐大崎」と言い、仁淀川町のコミュニティバスは「大崎」と言う。あろうことか、県のHPにも、町が作成した時刻表にも「大崎」としか記されていなかった。「土佐大崎」のアナウンスに反応できなかったのは仕方ない。


なぜ二つも名前があるのか?


 それにしても、なぜ二つも名前があるのか。後で仁淀町役場の担当者に尋ねると、「路線バスの『土佐大崎』は旧国鉄時代の名残と聞きました」と話す。


 仁淀川町には鉄道が走っていない。旧国鉄バスの停留所だ。「大崎には町役場があり、地元では誰もが知っている地名です。町民的には『土佐大崎』でも『大崎』でも違和感はありません。ただ、紛らわしいですよね。個人的には統一したいなと思っています」と語る。


省営バスの時代から走っていた路線


 調べると、佐川−大崎間は今でこそ寂れた山間部の路線だが、かつては高知−松山間の都市間交通の一翼を担っていた。単なる大崎ではなく、他県民にも分かる「土佐の大崎」という意味合いだったのだ。


『愛媛県史』(1986年)によると、戦前の1934(昭和9)年、鉄道省が四国で初めて省営バスを走らせた。翌年に松山−落出(仁淀川町の隣の愛媛県久万高原町)、落出−佐川間で運行を開始し、「土佐大崎」は後者の区間にある。


愛媛県側のバスと乗り継げるダイヤ


 戦後の国鉄時代、高知への乗り入れが実現し、全長123kmの松山−高知間を1本のバスが走った。急行や夜間急行が運行し、特急化も図られた。


 国鉄の民営化後はJR四国バスが営業したものの、高速道路網が整備された。四国の都市間交通は高速道路がメーンになり、松山−高知間も高速バス化された。廃止された国道のバス路線は、黒岩観光バスが愛媛県境から佐川までを引き継いだ。


「現在の黒岩観光バスは営業区間が短縮され、県境までは行っていません。その区間は仁淀川町営バスが引き継ぎました。愛媛県側の久万高原町営バスと乗り継げるようにしています」と職員は語る。


 では、高知県と愛媛県が共同で「コミバス旅」のコースを設定すれば、高知から松山までの一大旅行ができるだろうか。1日では到着せず、日中だと月曜と木曜しか移動できないダイヤなので、かなりの工夫が必要になるルートだ。


「中津渓谷」とは別方向へ行くバスだった


 話を「土佐大崎」もしくは「大崎」での乗り換えに戻そう。


 黒岩観光バスを下りると、次は仁淀川町営のコミュニティバスだ。


 バス待合所には、既にマイクロバスが止まって待っていた。「仁淀川町」のマークがある。


「中津渓谷へ行きますか」と尋ねた。人のよさそうな運転手が「行きますよ。『名野川(なのかわ)』で下りてください」と教えてくれた。その気さくさに引き込まれるようにして乗りかけたが、「名野川? 中津渓谷のバス停ではないのか」と気づいた。


 少しややこしいのだが、「名野川」は高知−松山間を結ぶ国道33号沿いのバス停だ。確かにここで下りても中津渓谷には行ける。ただし、国道から山へ入る県道の坂道を約700m歩かなければならない。重い荷物を持った人や高齢者には大変だろう。このためもあって、県の「コミバス旅」では「中津渓谷」のバス停に直接行ける路線を紹介していた。


 バス待合所に停車していたのは「名野川」を通るものの、「中津渓谷」とは別方向へ行くバスだった。


渓谷に直接行けるバスに乗る


 運転手に「中津渓谷に直接行けるバスはありますか」と聞き直すと、「すぐに別のバスが来ますよ。ほら、あそこでおじいちゃん、おばあちゃん達が待っているでしょう。皆さん乗られますので一緒にどうぞ」と、またもや気さくに教えてくれた。


 このバスが出発した後、4分ほどでワゴン車タイプの小さなバスが到着した。


 大きな荷物を持った3人の高齢者が乗り込む。


「中津渓谷は止まりますか」と一応尋ねてみた。「はい、どうぞ」と運転手。今度は渓谷に行ける。


10分ほどの乗車し、「引地橋の花桃」を通る


 四国山地の道が果てるような集落へ向かう路線で、「中津渓谷」まではそのうち10分ほどの乗車だ。


 車窓から仁淀川が見えた。特産の茶畑が広がる。赤やピンクの花が一面に咲き乱れる「引地橋の花桃」の横も通りすぎた。車窓の風景を見ているだけでも楽しい。


方言が聞けるか、さっそく話しかけた


 県のHPには、「コミバス旅」の醍醐味として「日常生活の『足』として運行している町民バスならではの地元の方とのふれあいもあるかも」と書かれていた。


 齊藤主幹や西森チーフには「方言が聞けるかもしれませんね」「『どっぷり旅』ならではの楽しみ方ができますよ」と言われていたので、さっそく話しかけた。


 だが、朝から遠路のバス移動や通院などで疲れたのか、おばあちゃん2人はすぐにこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。残るはおじいちゃんだ。


「買い物ですか」「そうそう。どこから来たの」。会話が始まる。


 おじいちゃんは、「中津渓谷」からさらに深く分け入った北川という地区に帰るところだった。朝の便で「大崎」に下りて来て、買い物などを済ませたのだという。


「北川もどんどん過疎化が進んでいるから、週に1往復しか運行していないんですよ。不便は不便だけど、慣れれば大したことはない。バスで大崎へ行った時に用事は全て済ませられるよう工夫しています。でも、このバスがあるから暮らしていける。生命線ですね」


 というような内容を、標準語で話してくれた。田舎と呼ばれる地域でも昔と違い、きれいな標準語を話す人は多い。


時刻表にも、このバスは載っていなかった。


 ただ、聞いているうちに疑問が膨らんだ。


 バスは「北川」行きのようだ。しかも週に1往復しか走っていないらしい。


 県のHPで紹介されていたのは「上名野川」行きで、1日3往復(土日祝日運休、昼の1往復は火曜日も運休)だ。


「どういうことだろう」といぶかっているうちに、「中津渓谷」に着く。


 バス停に掲示された時刻表にも、このバスは載っていなかった。


「幻のバスに乗ったのか。タヌキにでもだまされたのか」


2種類の町営バス


 後に分かるのだが、仁淀川町は2種類の町営バスを走らせていたのだった。


 全国的にコミュニティバスと呼ばれているのと同じタイプは「町民バス」だ。日曜日は全便運休で、曜日によって走らない便もあるが、10路線をそれぞれ1日に2〜3往復ほど運行している。県の「コミバス旅」もこちらで設定されていた。


 もう一つ、「コミュニティバス」という名称のバスがある。こちらもコミュニティバスではあるのだが、「町民バス」がフォローできないような奥地からでも出て来られるよう、町内各地区で週に1往復程度走っている。


 この日はちょうど週に1度の「北川」行き運行日だった。そのため、こちらに乗ってしまったのだが「北川」行きも「中津渓谷」までは同じルートを走るので、下ろしてくれたのだった。


 後でダイヤを確認すると、コミュニティバスは午後0時37分に大崎発。町民バスはそれから14分後の午後0時51分発。


運転手の職業意識の高さに驚かされる。


「コミュニティバスと町民バスは運行を委託している会社が違います。でも、お互いにダイヤを把握しているので、町民バスの運転手が『今日はコミュニティバスが運行するから、そっちに乗った方が早く着く』と教えてくれたのでしょう」と仁淀川町役場の担当職員は話していた。


 町民バスは全10路線、コミュニティバスは全29路線。他社運行の時刻まで頭に入れているというのだから運転手の職業意識の高さには驚かされる。


「コミバス旅」は最後の最後で県の設定から外れてしまったが、「町民バス」も「コミュニティバス」も大括りにはコミュニティバスだから、いいとしよう。


 バス旅にはドタバタがつきものだ。


 片道の交通費はJR630円、黒岩観光バス790円、仁淀川町営バス200円だった。


撮影 葉上太郎

〈 青く透き通る「仁淀ブルー」、ゴロゴロとした巨岩に落差20mの滝…高知県・中津渓谷で見た“地下迷宮のような異界” 〉へ続く


(葉上 太郎)

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