ケイン・コスギの貯金ゼロ極貧生活を救ったのは「飛び箱」 『筋肉番付』出場経緯明かす

5月13日(月)17時40分 しらべぇ

ケイン・コスギ(画像はケイン・コスギTwitterのスクリーンショット)

武道により鍛えあげられた「パーフェクトボディ」と運動神経を武器に肉体派タレントとして活躍するケイン・コスギ(44)が12日放送『誰だって波瀾爆笑』に登場。

幼少期から好きだったゲームに傾倒、昨今はeスポーツに進出し人気を博すケインの「来日当初の極貧生活」が明かされ、大きな話題を集めている。

■父はハリウッドスター

ケインの本名はケイン・健(タケシ)・コスギ。父はアメリカで忍者ブームを巻き起こしたハリウッド俳優のショーン・コスギで、実家はハリウッドに建つ8LLDK、1,200坪の大豪邸だ。

2世タレントとして、苦労知らずでここまできたかのようにみえる彼だが、18歳での来日時から暫くは極貧生活を送っていた。

進学か俳優を目指すか、進路で悩んでいたケインのために、父は自身が出演する大河ドラマのバーター(抱き合わせ出演)としてケインを帯同し来日。これをきっかけにケインは日本で俳優の道に進む決意をする。

しかしアメリカでは18歳から自立するのが当たり前で、親からの援助を受けなかったケインはここから貧乏暮らしをスタートすることに。

■ケインの極貧生活

日本語もまったくできず、しゃべらない役しか出来なかったケイン。当然、俳優としての仕事は少なくバイト生活が続く。コーヒーショップの皿洗いのバイトをはじめたケインが最初に覚えた日本語は「とにかく洗え」だったと明かす。

スーパー戦隊シリーズ『忍者戦隊カクレンジャー』出演後、20代前半までは仕事がない下積み時代が続いた。5畳半のアパートに暮らし貯金もゼロ、限界を覚えたケインは帰国することを考える。

ちょうどその時期、ケインの人生を変える「飛び箱」に出会い、大逆転の人生を歩み始めた。

■『筋肉番付』出演で…

1995年にTBS系列で『スポーツマンNo.1決定戦』『筋肉番付』シリーズの放送がスタート。毎回プロスポーツ選手や一般人が出場、さまざまな競技で体力と技術の限界に挑戦する同番組はあっという間に人気番組となっていく。

身体を鍛え続けていたケインは、番組を見てマネージャーに「出たい」と直談判。その場でマネージャーが制作スタッフに連絡し出演機会をとりつける。

初出場から好成績を残したケインは芸能人大会に呼ばれるように。その後、芸能人大会に7回、プロ大会に5回出場し史上最多6回の総合No.1を獲得、芸能人大会では史上初の3連覇を達成するなど、同番組の顔となった。

同番組で特に人気のあった飛び箱を使った対決『MONSTER BOX』でもケインは大活躍。当時の世界2位の記録であった 22段を飛ぶ姿は、世間に衝撃を与え一躍スターの道を駆け上がったのだ。

■飛び箱とケイン

同番組で得た賞金は約3,000万円と車8台。さらに『リポビタンD』のCM出演などを果たしたケインは、飛び箱がその後の芸能活動の起点になったと振り返る。視聴者からもケインの飛び箱を飛ぶ姿に多くの反響が起きていた。

■6割は「二世タレントの親は甘い」

しらべぇ編集部で全国20〜60代の男女1,336名を対象に調査したところ、6割は「二世タレントの親は甘すぎると思う」と回答している。

来日の機会を作り、バーターで大河ドラマに出演させるなど親バカな部分もあったとはいえ、自立後のケインは帰国を考えるほど厳しい状況に陥っていた。甘やかされがちな二世タレントとケインは大きく異なると言えよう。

(文/しらべぇ編集部・サバマサシ)

【調査概要】方法:インターネットリサーチ「Qzoo」調査期間:2017年4月21日〜2017年4月24日
対象:全国20代〜60代の男女1,336名(有効回答数)

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