高血圧の治療目標は厳しすぎ? 70歳以上の2人に1人が飲んでいる「降圧薬」の知られざるリスク

5月14日(火)11時0分 文春オンライン

 高血圧の治療目標が厳しくなったことをご存知でしょうか。健康診断などで「高血圧」と診断された人や、すでに「薬(降圧薬)」を飲んでいる人は、今後、より厳しく血圧を下げるように医師から言われるかもしれません。


「降圧目標」が10mmHg引き下げられた


 この4月、日本高血圧学会が「高血圧治療ガイドライン2019」を公表しました。5年ぶりの改訂なのですが、上(収縮期血圧)140/下(拡張期血圧)90mmHg以上を「高血圧」とする線引きには変更はありません。


 しかし、140/90mmHgで「高血圧」と診断された人が、生活習慣の改善や薬を飲むことでめざす「降圧目標」が厳しくなったのです。以前は、75歳未満の患者は140/90mmHg未満、75歳以上の患者は150/90mmHg未満(様子を見ながら下げられれば140/90mmHg未満)をめざすとされていました。


 それが新ガイドラインでは、上の降圧目標が10mmHg引き下げられ、75歳未満の成人は130/80mmHg未満、75歳以上の高齢者は140/90mmHg未満をめざすことになったのです。10㎜Hgというと大したことがないように感じるかもしれませんが、専門医に聞くと140㎜Hgの人を130㎜Hgに薬を追加して下げるのは、結構大変なのだそうです。


(なお、降圧目標は脳血管疾患、冠動脈疾患、慢性腎不全、糖尿病などの合併状況によっても異なります。詳しくは関連の記事や日本高血圧学会のHPで公表予定のガイドラインなどを参照してください)。



©iStock.com


 新ガイドラインによると、降圧目標が引き下げられたのは、これまでの臨床試験のデータを統合して解析した研究で、140mmHg未満をめざす通常治療より、130mmHg未満をめざす厳格治療のほうが、心筋梗塞や脳卒中のリスクが低いという結果が出たからです( Sakima A, et al. Optimal blood pressure targets for patients with hypertension: a systematic review and meta-analysis. Hypertension Researchvolume 42, pages483–495 (2019) )



 心筋梗塞や脳卒中を起こすと大変です。命に関わるだけでなく、障害が残ると患者本人だけでなく、介護をする家族もつらい思いをします。ですから、心筋梗塞や脳卒中のリスクを下げるためにも、血圧を厳しく管理するのは無条件にいいことだと思う人が多いかもしれません。


 しかし、「週刊文春」にも記事を書きましたが、今回のガイドライン改定に複数の医師が「反対」または「疑問」と表明しています(「高血圧『新目標値』130に専門医が異議あり!」2019年3月7日号)。なぜでしょうか。それは、薬(降圧薬)で厳しく血圧を下げることが、かえってマイナスになることもあるからです。


薬による「過降圧」で、転倒・骨折する人も


 とくに注意が必要なのが高齢者です。高齢になると高血圧の人が増えるのですが、それだけでなく日中の血圧の変動も大きくなります。そのため、お風呂やトイレから出たときに急激に血圧が下がって、転倒・骨折する人がいるのです。また、これからの季節は「夏失神」と言って、気温の上昇や発汗で血圧が下がり、意識を失う人もいます。そうした転倒や失神の要因の多くが、実は降圧薬による「過降圧」だと指摘されています。



 高齢者の転倒・骨折は、寝たきりにつながります。それに、血圧の下げ過ぎによる認知機能の悪化や急性腎臓障害などに注意すべきとの指摘もあります(日本老年医学会「高齢者血圧診療ガイドライン2017」)。降圧目標が厳しくなると、こうした過降圧にともなうトラブルが増えるのではないかと懸念されているのです。


6種類以上の薬を飲んでいる人も注意


 また、高齢者は高血圧だけでなく、不整脈、糖尿病、関節の痛み、不眠、認知症等々、複数の病気や症状を抱えているため、降圧薬以外に何種類もの薬を飲んでいる人がたくさんいます。こうした状態を「多剤服用(ポリファーマシー)」と呼ぶのですが、6種類以上飲んでいると薬の作用が増強されるなどして、有害事象が増えるという研究があります。


 本来なら、飲みすぎている薬を減らしたほうがいいのに、もしかすると降圧目標が下がったことで、さらに薬が追加される人が増えるかもしれません。そうなると、薬の飲み過ぎのために起こっていた体調不良が、さらに悪化するということもあり得ます。


 ですから、高齢者をたくさん診ている医師の中には、「血圧は140〜150程度で安定できていれば、そんなに気にする必要はない」という人もいます。実は、高齢者の中には血圧を気にして、1日に何度も測る人がいるそうですが、血圧を心配し過ぎるとリラックスできず、逆に血圧が上がってしまいます。それなのに、降圧目標が厳しくなると、なかなか目標に到達できず、余計に不安を煽ることになるかもしれないのです。



70歳以上の2人に1人が降圧薬を飲んでいる


 実は、降圧薬を一番飲んでいるのは高齢者です。厚生労働省の「平成29年度国民健康・栄養調査」によると、70歳以上ではすでに「半数以上!」の51.7%もの人が降圧薬を飲んでいます(余談ですが、こんなたくさんの人が薬を飲めるなんて、なんて日本は恵まれた国なのでしょう)。それなのに、さらに服用者が増えかねないようなガイドラインにして、本当に大丈夫なのでしょうか。



「厳格治療」でリスクが下がるように見える理由


 前述した通り、血圧は薬を使ってでも厳しく下げたほうが、心筋梗塞や脳卒中のリスクが下がるのは確かなのでしょう。ですが、ガイドラインに掲載されている研究データを見ると、14試験を統合した複合心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中)の発生率は、「通常治療群」が約5.90%(イベント発生数1762/被験者合計29827)なのに対し、「厳格治療群」は約5.79%(同1384/23905)でした(この研究では試験ごとに重みづけがされているため、リスク比は0.86と算出されている)。


 また、13試験を統合した脳卒中イベントの発生率は、「通常治療群」が約2.44%(727/29764)なのに対し、「厳格治療群」が2.16%(同516/23839)という結果でした(同じくリスク比は0.78と算出されている)。なお、「全死亡リスク」については、「差がない」という結果でした。


 つまり、130/80mmHgをめざす治療をすると、将来(数年後)、心筋梗塞や脳卒中になる確率を0.11%、同じく脳卒中になる確率を0.28%減らせるわけです(リスク比で見ると複合心血管イベントのリスは14%、脳卒中は22%減らせることになるが、2つの発生率を比べた相対的な割合を出しているので、数字が大きく見える)。


 この差をどう評価するか、その人の価値観によって異なるでしょう「心筋梗塞や脳卒中が怖いから、リスクが下がるならもっと血圧を下げたい」という人もいるでしょう。そうした人は薬を増やすなりして、厳しく血圧を管理すればいいかもしれません。また、リスク低下効果はごくわずかでも、国民全体が厳しく血圧を下げれば、心筋梗塞や脳卒中になる人が、年間何千人単位で減る可能性があります。ガイドライン作成委員の方々は、そうした点も重視しておられるのでしょう。


 しかし一方で、「これくらいしかリスクが減らせないなら、そこまで厳しく血圧を管理したくはない」という人もいるでしょう。ちなみに血圧は、「減塩」「DASH食(野菜、果物、低脂肪の乳製品を多く摂り、肉類や糖分を控える食事)」「減量」「運動」「節酒」「禁煙」などの生活改善で下げられるとガイドラインにも書いてあります。こうした健康的な生活を心がければ、薬は飲まなくてすむかもしれません。



「もっと薬を飲んで、もっと血圧を下げなさい!」と言われているよう


 私は、こうした個人の価値観も尊重されるべきだと思うのですが、今回のガイドラインを読んでいると、すでに70歳以上の半数以上の人が降圧薬を飲んでいるにもかかわらず、「まだまだ血圧が高すぎる! もっと薬を飲んで、もっと血圧を下げなさい!」と言われているような気がしてくるのです。



 ガイドライン作成委員会の方々は「そんなことはない」と反論されるかもしれません。ですが、作成委員には有名大学医学部教授をはじめ、権威ある高血圧の専門家の名前が200人以上も並んでいます。多くの医師がガイドラインを守ろうとするので、「血圧を厳しく下げるべき」という社会的圧力はますます強くなるでしょう


 人は血圧以外にも様々なリスクと向き合わなくてはならず、充実した人生を送るために、多少のリスクを自ら引き受けなければならないこともあります。それに、血圧や健康のことばかり心配していたら、楽しくないような気もします。血圧の専門家が作ったガイドラインですから、「血圧をもっと心配しなさい」という内容になるのは当然なのかもしれませんが……果たしてみなさんはどう思われるでしょうか。



(鳥集 徹)

文春オンライン

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