90歳でも手術できる時代——胃がんの名医 福永哲医師

5月15日(火)11時0分 文春オンライン

 がんは高齢者に多い病気だ。80歳を超えてがんが見つかる人も増えている。だが、医師から手術をすすめられて、どうすべきか悩む人も多いのではないだろうか。高齢者の手術をどう考えるべきか。胃がんの腹腔鏡手術の名手として知られる福永哲医師に話を聞いた。



福永 哲(順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器・低侵襲外科教授)

1988年、琉球大学医学部卒。順天堂大学浦安病院、がん研有明病院等を経て、2015年から現職。



——どの外科医の方々に聞いても、手術できる患者さんの年齢が高くなっていると聞きました。


 はい、がん患者さんの平均年齢が上がっていると同時に、手術の技術が向上したこともあって、手術できる方の年齢は確実に高くなっています。


 わたしが医師になった25年ほど前、がんの手術を受ける人の平均年齢は64、5歳だったと思います。しかし現在では、平均年齢は70歳を超えているでしょう。80歳代の患者さんを手術することも普通になりました。


 わたしが手術した最高齢の患者さんは90歳の女性で、胃の部分切除を受けられました。次は89歳の男性で、胃の全摘をされました。お二人ともお元気で5年以上生きられています。



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——これほど高齢の人に、「がんの手術までするなんて」と疑問に思う人がいるかもしれませんね。


 そう思う人がいるかもしれませんが、手術しなかった場合のことも想像していただきたいのです。


 たとえば、余命が3年だったとしても、その間に何もなく、コロっと亡くなるわけではありません。がんが大きくなるにつれて、出血して痛みが出る、腸閉塞を起こして苦しむ、栄養が取れずにむくんでくる、お腹に水がたまるといった症状が出てきます。手術には、そうした症状が出るのを予防する意味もあるのです。


 もちろん手術をすれば、症状を抑えられるだけでなく、5年、10年と生きられる可能性も出てきます。たとえば、女性の平均寿命は90歳近くになりました。ですから、80歳を超えた方が手術をして、平均余命まで長生きすることができれば、大いに意味があるのではないでしょうか。



手術と放射線、楽なのは?


——高齢の患者さんの中には、「手術したくないから、薬や放射線で治したい」という人もいると思います。


 抗がん剤の負担は手術より軽いだろうと思う方もいるかもしれませんが、それは誤解です。高齢者は抗がん剤の副作用が強く出て、決められた量を最後まで完遂できない人が多いのです。


 また、体にやさしいとされる放射線治療にもデメリットがあります。副作用は軽く済んだとしても再発のリスクがあるうえ、再発したら手術が非常に難しくなり、合併症のリスクが高くなります。その点も覚悟したうえで、放射線治療は受ける必要があるのです。


 一方、手術の場合、たしかに術後の合併症のリスクはありますが、これさえ乗り切れば、治療は1回で済んでしまいます。再発しても、次の手を打つことができる。高齢者には抗がん剤や放射線が楽なのではないかと思われがちですが、それは安易な考えです。


——とはいえ、高齢になると体力が衰えますし、持病を持つ人も増えます。どんな点に注意する必要があるでしょうか。


 まず、高齢者を手術する場合には、サジ加減が大切です。取り残しがないようにするために、若い人と同じように広い範囲のリンパ節や臓器を徹底的に取ると、高齢者は体力がないために、合併症が出ることがあります。ですから、外科医としての経験に基づいて、「この人はこれぐらいにしておいたほうがいいだろう」と微妙な判断をする必要もあります。


 ただし、高齢になるほど「暦年齢(実際の年齢)」は当てになりません。同じ80歳でも歩くのが遅く、見た目にも元気のない人は、手術を乗り越えられない可能性が高くなります。一方、80歳なのにお元気で、しっかりと歩いたり立ち上がったりすることのできる人は、手術に耐える体力があり、ほとんどが安全に手術できます。


 また、安全に手術を受けるためには、年齢に関わらず、肺の状態をよく保ち、糖尿病を予防することが大切です。たとえば食道がんや胃がんでは、術後に肺の合併症を起こすと命取りになることがあります。ヘビースモーカーの人やそのために慢性閉塞性肺疾患(COPD)になっている人は、若くても手術のリスクが高いのです。


 それから糖尿病でインスリンを打っている人は、組織がもろくなって出血もしやすいので、手術がむずかしくなります。歳をとったときに「もう手術はできない」と言われて後悔しないためにも、タバコをやめて、糖尿病のような生活習慣病を予防すべきでしょう。



腹腔鏡手術は高齢者向き


——80、90を超える高齢者の場合はとくに、外科医や病院を選ぶことも重要ではないでしょうか。


 そうですね。できるだけ体に負担をかけずに手術するためには、スピーディーかつ正確に、手術ができる技術がなければいけません。そのためには、たんに手術数が多いだけでなく、高齢者などリスクの高い患者さんの手術を、たくさん経験していることも重要です。


 手術にはどんな不測の事態があるかわかりません。たくさん手術をして、経験を積み重ねていれば、思わぬ合併症が起こっても冷静に対処できるものですが、経験がなければ後手後手に回ってしまうことがあります。それだけに、高齢の方はとくに、手術経験の豊富な医師を選んで手術を受けることが大切でしょう。


 また、高齢者は糖尿病をはじめ、さまざまな持病を持っていることが多いので、術前に持病を治療して、体調をベストの状態にしておくことも大切です。それには外科医だけではダメで、他科の専門医の協力が不可欠です。ですから持病のある方や80歳を超えるような方は、複数の診療科が連携して治療にあたれる、大学病院をはじめとする総合力のある病院を選ぶべきでしょう。


——高齢者が胃がんや大腸がんを手術する際には、腹腔鏡のメリットも大きいと聞きました。


 はい。開腹手術で大きく切開すると、傷が痛んで咳が出しにくくなります。すると、高齢者の場合は痰を排出できずに肺炎を起こしやすくなります。また、開腹手術では、傷が癒着して腸閉塞を起しやすくなります。その点、腹腔鏡手術なら、傷が小さいので痛みにくいですし、癒着も開腹手術ほど起こりません。


 ですから、腹腔鏡手術は高齢者の方に非常に向いていると言えるでしょう。ただし、腹腔鏡手術は施設によって技術格差があります。とくに進行がんの場合は症例数が多くて、慣れた施設で受けたほうがいいでしょう。ですから、しっかり病院を選んで、手術することをおすすめします。



——「高齢だから手術はできない」と言われる患者さんもいると思います。その場合はどうすればいいでしょう。


 前述したとおり、高齢者や持病のある方など、リスクの高い患者さんの手術に慣れていない施設では、そう言われてしまう可能性があります。ですから、「手術を受けたい」と思った方は、そうした患者さんでも積極的に手術をしている専門病院を探して、セカンドオピニオンを聞いてみてください。


 実は、ご本人は手術を受けたいと思っているのに、ご家族やかかりつけ医から、「歳なんだから、手術はやめたほうがいい」「高齢だから手術は無理かもしれない」と言われる方が多いんです。そんな方に、「手術できますよ」と言うと、「よかった」と泣きだす方もおられます。


 若い時には想像しにくいかもしれませんが、歳をとっても生きる意欲は、そう簡単に衰えるものではないのだと思います。もちろん、「絶対にイヤだ」という人を無理に手術することはできませんが、反対に「手術を受けたい」という人の自由を奪う権利もありません。


 周囲の人が勝手に治療を決めてしまうのではなく、あくまでご本人の意思を尊重して決めるべきだと私は思います。



(鳥集 徹)

文春オンライン

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