年間300体「死体解剖医」に聞いた、社会的弱者の死にざまが残酷すぎる! 日本社会が抱える“死体格差”のリアル

5月16日(火)8時0分 tocana

『死体格差-解剖台の上の「声なき声』(双葉社)

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 今、これを読んでいる読者が幸福であっても、どこかでひとつ歯車が狂えば、誰もが「悲しい死体」となる可能性はある。

 兵庫医科大学・法医学講座主任である西尾元教授は、解剖医として20年にわたり、粛々と解剖台の上の遺体と向き合ってきた。西尾教授の新著『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)は、実体験に基づいた解剖現場の生々しい死の真実と、格差社会が招く“死体格差”についての詳細が描かれている。借金苦で自身の心臓を刺して自殺した遺体、リストラ後に家賃滞納のアパートで凍死した遺体、認知症の妻を介護入浴中に溺死した夫の遺体……など、さまざまな不幸な背景によって生まれた死体たち。本書は、そのような数多くの“孤独な死体”に優しく向き合って来た西尾教授だからこそ描き出せた魂の一冊である。

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■増え続ける孤独死

——本書には、老い、孤独、貧困、病……などの不幸な背景によって生まれた死が描かれています。けれど、これは決して他人事ではなく、誰にでもありうることだと寒気がしました。いわゆる「悲しい死」を迎える主な原因は、やはり貧困なのでしょうか?

西尾先生(以下、西尾)「一般的には、そういうことが言えると思います。ただ、正直言うと普段仕事をする際には貧困がどうとか、そういったことはあまり意識していませんでした。しかし、改めて振り返った時に、『貧困層の方の遺体をたくさん扱っている……』と感じたのです。

 特にここ数年は、生前「生活保護下」にあった方の遺体が解剖に回ってくることが増えました。会社をリストラされるなど、小さなつまずきから貧困に転落したのだろうと思われる遺体も数多く運ばれてきました。所持金はほとんどなく、胃や腸の中はからっぽ。おそらく長く風呂にも入れなかったのでしょう。爪や髪の毛が伸び放題で、全身の皮膚表面が垢で茶色っぽくて不衛生な状態なんです。けれど、そういった貧困の遺体が解剖に回ってきても『また来たか』という感じで、珍しくもなく、私にはありふれたことだったのですが、改めて考えると、悲しい死と貧困は繋がっているな、と。

 また、貧困層だけではなく、経済的には恵まれていても、一人暮らしの人もいまして。脳内に小さな出血が起こって、動けなくなり、電話をして誰かに助けを求めることもできないまま、孤独に凍死した人もいるんです。だから、経済的に恵まれている人だって『悲しい死』になりうるわけです。でも確率的には、貧困などの、社会的弱者といわれる人が解剖に回されやすいと言えると思います」


——先生が解剖されるのは、事件性がある遺体や死因不明の遺体ということですね?

西尾「私たちの法医学教室の場合、4分の1が『司法解剖』といって犯罪性が疑われている遺体。残りの4分の3が『行政解剖』といって犯罪性はないんだけれど、死因が分からない遺体。つまり、『行政解剖』です」


■悲しい死が日本のスタンダードになる

——先生が今回、新著を出されたきっかけには、独りぼっちで何日も発見されず孤独死をする……などさまざまな不幸な理由で「悲しい死」を遂げる人たちを哀れむ気持ちがあったのでしょうか?

西尾「正直言って、そういった意識はあまりないんです。ただ、『悲しい死』は、防げたことかもしれない。本人は、そういうふうに死にたくなかったかもしれない。それなら、『なんとか助けられなかったのか』とは思います。しかし、これから一人暮らしはどんどん増えていくし、必然的に孤独死も増えていく。いわゆる『悲しい死』は、日本でのありふれた死の形になっていくんじゃないかなと思います」


——本書の中にも年間の解剖数は、10年前と比べて約2倍、実に半数近くが独居者とありましたね。

西尾「高齢者の一人暮らしの増加、生涯未婚率の上昇、あるいは配偶者と離婚や死別しての独居など……今はさまざまな理由で独居率は増えていると思います。だから実際に私が解剖している症例でも、昔と比べたら今の方が、孤独死が多くなるんです」


■年間300体の遺体と対面して

——運び込まれた時に腐敗が進んでいたり、白骨化していたりすると、「もうちょっと早く発見できれば……」と思われたりするのでしょうか?

西尾「普段はそこまで考える余裕はなかなかないんです。年間約300体も遺体が解剖に回ってくるので、ひたすら死因が何かを調べることに集中していて。とはいえ、すぐに分かる方法がないかな……とは思いますね」


■白骨化した死体と暮らす認知症患者/老人の孤独死


——高齢者が高齢者を介護する「老老介護」にまつわる死も最近増えていると書かれていますね。

西尾「最近では珍しくないですね。認知症患者を介護していた人が何らかの理由で急死した場合、介護されていた認知症患者の方は、その死がわからず、死者のそばで生活しているようなこともあるんです。場合によっては、一部白骨化した遺体と生活していたこともありました。たとえば、老夫婦が死体で発見されて解剖に回ってきた時、明らかに夫と妻の死亡日に時間的ズレがあるんです。先に介護している方が何らかの理由で亡くなって、介護されている方も面倒を見てくれる人がいなくなり、やがて衰弱して亡くなった……ということが現実には多々あるのです」


——総合的に見て、孤独死は、社会的に孤立している人が多いということの表れなのでしょうね。一人暮らしであっても、友達など常に気にかけてくれるような人がいればいいと感じます。ちゃんと人との繋がりがあれば、孤独な死に方はしないと思うのですが。

西尾「確かに、社会のどこかの部分で繋がっておくことが大事だと思います。それは、友達でもいいでしょう。昔は、たいていの人が新聞を取っていたので、ポストに新聞がどんどんたまっていくのを見て異変に気付けたものです。それに、新聞のたまり具合を見ただけでも、死んだ日の見当がつきますし。だけど、今は新聞を取らなくなりましたからね……」


■解剖医の仕事とは?


——先生のお仕事内容についてお伺いしたいのですが、解剖は1体につきどれくらい時間がかかりますか?

西尾「解剖の種類にもよるんですが、1時間半か2時間ぐらいです。ただ、解剖にかかる時間といっても、解剖室で解剖するだけです。実際にはその後、スタッフの人が薬毒物の検査をしたり、アルコール濃度を調べます。報告書も書いたりするので、解剖から死因を究明するにはもっと時間がかかります。解剖以外にも、私は大学の教員ですので、学生に講義をしたり研究もしています」


——よくテレビや映画では、遺体を解剖する「監察医」が登場しますが、「解剖医」と何が違うんでしょうか?

西尾「『監察医』は、監察医制度施行区域の東京都・大阪市・神戸市にしかいません。テレビドラマなどで『監察医』という言葉がよく出てくるので、大学の法医学教室の『解剖医』と混同されている方は、多いと思います」


——監察医は何をしているのでしょうか?

西尾「たとえば、東京都23区の中で異状死体が発見された時、警察が検視に行きます。その時に、犯罪性はないんだけれど死因が分からない遺体というものがあります。このような遺体は、監察組織で解剖をして死因を明らかにするのです」


■死臭の香り……3000年前のファラオの臭いとは?


——先生のお仕事の苦労話で、「死臭がなかなかとれない」ということを書かれていました。結局、遺体の臭いを取る方法ってあるんですか?

西尾「体についた遺体の臭いを消そうと市販の消臭剤をふりかけたら、逆にとんでもない悪臭になったことがありました。そのまま電車に乗ったら、周囲の人が臭そうにして離れていったという大失敗はありましたが(笑)、困ったのはその1回だけです。普通はお風呂に入って洗えば、1回でとれますから」


——以前、事故物件の専門家の方にお話しを聞いた時に、床に染み付いた焼死体の臭いというのはまったくとれないと聞いたのですが……。

西尾「私どもの所に遺体が運ばれてくる時は、『納体袋』というビニール製の袋に完全に密封した状態で解剖台に載せるので、臭いが残ることはほとんどありません」


——アパートなどで孤独死をして腐敗が進むと、近所の人は臭いで絶対に分かるといいますね。

西尾「たいてい臭いがするとかハエがたくさん飛んでいるとかいうことから近所の人が異変に気付いて、警察に通報したり大家が様子を見に来たりして見つかるというパターンが多いです」


——TOCANAでは、ミイラや白骨化した遺体など、古い死体についても記事で取り上げています。たとえば3000年前のファラオのミイラでも臭いがあるものなのでしょうか?

西尾「腐敗の臭いは非常に臭いんですが、ミイラ化して時間がたったものは、乾燥しているので基本的にはあまり臭わないと思います」


■不運な死と交通事故


——本書の中には、たとえ話として「風に飛ばされた傘が頭に刺さって死ぬ」と書かれていました。TOCANAも死をテーマとしてよく扱っているんですが、予期せぬ突然死が訪れる事実があると知ることで、生の素晴らしさを考えるきっかけにもなると思うんです。ですから、先生がこれまで見て来られたなかで、「こんな突然死がある」など特異な亡くなり方を教えていただけないでしょうか。

西尾「まず、医学的な『突然死』の定義というのは、『発症してから、24時間以内に病死した場合』を指します。ですから、医学上では、交通事故は外因死なので『突然死』ではありません。今おっしゃったように、アウトドアで日よけに使う大きめの傘が飛んで来て、頭に当たって死んでしまった方などはいますが、これも「突然死」ではなく、「不運としか言いようがない死」ということになります。工場で旋盤加工をしていたら、飛んできた部品が頭に当たって亡くなった人もいました。交通事故は、外部から加わる力が強いんです。ですから、一般的に交通事故で亡くなった人は、いろんな所に傷がつく。頭蓋が完全に挫滅したり、臓器がほとんど全部道路上に散乱してしまったりすることもあります」


——私は、そういった不運な死を遂げることも、死体格差のひとつかなと思ったのですが。

西尾「悲惨な事故に巻き込まれる場所にいたことが、不運としか言いようがないです。ただ、それも本人が望んでいたことではないし。本当に人間は、いつどんなふうに死ぬか分からない……」


——先生はいろんな死に方をご覧になったと思いますが、死に方にその人の人生があらわれると思いますか?

西尾「それは、どうなんでしょうか? 死に方というのは、おそらくあまり選べないんじゃないかと思います。ぽっくり死にたいと思ってぽっくり死ねたらいんですけれど、現実にはなかなかそうはいかない。だから、やっぱり我々は、今を精いっぱい生きることしかできないんだと思います」


 西尾教授が語る「貧困」「孤独」「老い」などといったさまざまな不幸な背景から生まれる死は、現代の日本社会が抱える闇であろう。だが、「死」を怖いものと忌み嫌ってただ遠ざけてはいけないのだ。「死」があるから「生」がある。死の意味を真摯に知ることで、生きる意味の大切さも鮮やかになるのではないだろうか。出版記念インタビュー第2回では、死体と向き合い続け、さまざまな死を見てきた西尾教授とよりディープな死の世界へと踏み込んでいく。
(取材・文=白神じゅりこ)


※『死体格差-解剖台の上の「声なき声』(双葉社)

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