遺伝子組換えイチゴがイヌを歯肉炎から救う

5月18日(金)6時0分 JBpress

イチゴを遺伝子組み換えし、動物用医薬品に応用するプロジェクトが進んでいる。写真は一般的なイチゴ。

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「遺伝子組換え作物」というと、害虫抵抗性や除草剤耐性を付与した穀物を思い浮かべる方が多いことだろう。

 害虫抵抗性農作物は、ヒトには安全で害虫にだけ毒性を示すタンパク質を、植物体内で合成するように遺伝子を組み換えた農作物のことだ。トウモロコシにおいて、アワノメイガの被害の抑制に威力を発揮している。また、除草剤耐性とは、除草剤を効かなくするタンパク質を作物の体内で作らせることで、除草剤をかけても雑草だけが枯れて作物の成長に影響がなくなることを指す。代表はダイズである。

 これらの遺伝子組換え穀物が開発されて20年余、世界の遺伝子組換え作物の栽培面積は100倍以上に増加した。今では、発展途上国での遺伝子組換え作物の総栽培面積が先進国のそれを上回り、除草剤耐性や害虫抵抗性の作物は、世界の生産者から支持されていることが分かる。日本は、これらの遺伝子組換え穀物を最も多く輸入、消費している国のひとつである。

 一方で、遺伝子組換え技術は、食物以外の分野でも利用されている。そのひとつが、医薬品の原材料への応用だ。遺伝子組換え微生物が作るヒトインスリンやヒト成長ホルモンは、広く利用されている。だが、遺伝子組換え微生物には培養設備が必要で、菌体(組換え微生物)を除去し必要なタンパク質を精製する工程もなくてはならない。

 そこで、遺伝子組換え植物に医薬品の原材料を作らせ、抽出・精製工程を必要としない医薬品原料の製造システムの研究開発が行われているのだ。海外では当初、コメ、トウモロコシを用いる研究が行われていたが、野外の栽培では食用作物との交雑の可能性が否定できないため、タバコなどの非食用・飼料植物を対象とする研究が増加した。

 本稿では、遺伝子組み換え技術の医薬への応用を見ていきたい。


遺伝子組換え米の研究は臨床段階

 日本では、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)で「花粉症緩和米・治療米」の研究が行われている。

 2005年、隔離圃場試験栽培が始まり、生態系に悪影響を及ぼさないかなどの環境影響評価が行われた。今は、ヒトへの安全性評価が行われている。花粉症治療米は、レトルトパック食品での提供が検討されているため、医薬品と食品の区分の問題も含めた安全性や有効性の評価と並行し、審査体制も検討されている。2016〜17年度には、東京慈恵会医科大学と大阪はびきの医療センターで、この米粉末を使った臨床研究が行われた。

 また、東京大学医科学研究所は、腸管で異物の侵入を防ぐ「粘膜免疫」という仕組みに着目し、遺伝子組換え米を用いたコメ型経口ワクチン「MucoRice(ムコライス)」の研究を進めてきた。2017年12月、同研究所はアステラス製薬などとの共同研究で、コレラ、毒素原性大腸菌、ノロウイルスなどのウイルス性腸管下痢症のワクチン開発に続き、治療法がない疾患の治療のニーズを意味する「アンメットメディカルニーズ」への対応を拡大させると発表した。


遺伝子組換えイチゴからイヌ用歯肉炎軽減剤を商品化

 このように、ゲノム情報の解明や育種技術が進んでいるコメを対象とした研究が多い中、産業技術総合研究所は、イチゴを使った動物用医薬品の実用化に世界で初めて成功している。

 2013年、同研究所は総合農薬メーカーのホクサン、北里研究所とともに、遺伝子組換えイチゴの果実が原料のイヌ用歯肉炎軽減剤を開発した。イチゴの中に、イヌのインターフェロンα産生遺伝子を組み込んだもので、これにより、遺伝子組換え植物そのものが有効成分となる動物用医薬品の承認を得た。

 この研究成果は、2014年から、ホクサンよりイヌ用歯肉炎軽減剤「インターベリーα」として発売されている。治療方法は、粉末を水で溶いて、イヌの歯茎に3〜4日間隔で5週間、合計10回にわたり塗り込む。現在はネコへの適用拡大も検討中である。

 同研究所はかつて、ラクトフェリンを作る遺伝子組換えイチゴを作出している。ラクトフェリンは牛乳から発見された多機能タンパク質で、ほとんどの哺乳類のミルクに含まれ、免疫力を高める効果がある。このイチゴは製品化には至らなかったが、有効成分を凍結乾燥して果実粉末にする技術がこのとき確立された。


短期間開発はなぜ実現できたのか

「インターベリーα」の製品化においては、技術的な課題だけでなく、規制や国内外の状況なども含む詳細で広範な議論が行われ、極めて厳しい品質管理を可能にする手法が確立された。10年という短期間で遺伝子組換え植物を用いた製品を実現した背景には、戦略的なアプローチがある。以下に、主な4つのポイントを紹介する。

(1)植物を対象とした

 低コスト化、生産拡大性(株数を増やすことでスケールアップができる)、保存安定性(凍結乾燥果実粉末の品質が27カ月間保たれたことが検証された)、安全性(動物由来病原体の混入の恐れがない)などのメリットがある。

(2)閉鎖系を選んだ

 生産目的が医薬品原材料であったため、安定的で、再現性がよく、計画的な生産を可能にするために、植物体の生産(栽培)を完全人工環境下で行う必要があった。そこで、完全人工環境制御型植物工場を新たに開発し、利用することにした。

 また、野外の遺伝子組換え植物の栽培にはさまざまな制約があるが、閉鎖系ならば交雑の心配はなく、非食用の作物に限定されない。こうして「拡散防止措置を施した、医薬品原材料生産用植物工場」が確立された。

(3)イチゴを選んだ

 作物は、最終的にイチゴとジャガイモが候補になったが、熱に弱いインターフェロンを作らせることから、非加熱で利用可能なイチゴが最終候補となった。

 イチゴは、生食・加工食が可能で、ビタミンC、葉酸、キシリトールなどを含むので、今後、機能性食品としての開発も期待できる。また、草丈が低く多段式栽培が可能で、植物工場での栽培に向いている。

(4)動物用インターフェロンαを選んだ

 動物用医薬品は、ヒト医薬品より開発コストは低く、開発期間が短い。加えて、ペットを室内で飼う人が増え、イヌも高齢化しているので市場は大きい。開発当初は競合医薬品がなかったこと、注射薬でないために在宅で使用できること、感染症・慢性疾患に対してインターフェロンαの低用量経口投与が効果的であるなど、多くの選定根拠があった。

 以上のような試行錯誤の末、「拡散防止措置を施した医薬品生産植物工場」において、このイチゴの安定性・再現性のある栽培に必要な照明(照度)、温度、給水、肥料、風速・風量などの環境条件を確立した。きめ細かい制御により年に2回栽培でき、250kgの原薬が安定的に厳しい品質管理のもとで生産されている。


遺伝子組換えの理解促進に期待

 産業技術総合研究所生物プロセス研究部門植物分子工学研究グループ長の松村健氏は「遺伝子組換え植物による物質生産のための植物工場の展開に、この研究が寄与することを期待したい」と言う。

 日本発の遺伝子組換え植物の実用化がなかなか進まない現状において、世界に誇れる植物工場を確立した戦略的なアプローチは、今も多くの示唆を与えており、遺伝子組換え技術全体の理解促進に貢献することも期待される。

 なお、本稿作成にご協力いただいた産業技術総合研究所の松村健氏、ホクサンの田林紀子氏に御礼を申し上げる。

筆者:佐々 義子

JBpress

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