人生をリセットしたいときに聴くクラシック(4)

5月18日(金)6時0分 JBpress

 人生の転機を迎えたとき、人生を見つめ直すとき、恋をした時の切ない気持ちを思い出してみてはどうだろうか。心を揺さぶる恋愛感情を表現したお薦めのクラシック音楽を2回に分けて紹介する。

前回の記事はこちら
切ない恋愛感情に心を揺さぶられるクラシック音楽8選 上
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53050


プロコフィエフ 「ロメオとジュリエット」より「ジュリエットの墓の前のロメオ」

クラウディオ・アバド指揮

 前編の最後「シューベルトのセレナーデ」の項で、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」に触れたが、今回は窓の下での恋の語らいも空しく両人の交際がそれぞれの家に認められず、苦肉の策として死を装ったジュリエットの墓を見たロメオが嘆き悲しむシーンである。

 ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891〜1953年)の楽曲は、それまでドイツ近辺を中心に展開したクラシック音楽のロマンティックで流麗な旋律が織り成す世界とは異質で、メロディーの音の飛び方や和音構成が前衛的な趣を持つのが特徴だ。バレエ音楽として作曲された「ロメオとジュリエット」も、音が飛び跳ねるような部分を多々持ち、中にはハンマーでぶったたくような打撃音がただ十数発連続して発せられるといった箇所もある。何度聴いてもその意外性を楽しむことができる。

 その中で特に印象に残るのが「ジュリエットの墓の前のロメオ」(「ジュリエットの葬式」)である。絶望を表す響きの中に、ロメオの愛の叫びを聴くことができる。前衛的だが決して無機的ではない。プロコフィエフのそうした音楽性を存分に味わうことができる一曲である。


ショパン 「別れの曲」

 ポーランド出身のフレデリック・ショパン(1810〜1849年)の「別れの曲」は、この世の中で最も美しい音楽の一つといってもいいのではないだろうか。ただし「別れの曲」というのは、ショパンがつけたタイトルではない。この曲を主題に戦前欧州で制作された映画の邦題がそのまま定着したのだそうだ。もともとの曲名は「12の練習曲」の第3番。この記号のような曲名のままでは、ここまで流布したかどうかは分からない。

 ショパンは練習曲の類いをまったく無味乾燥なものにせず、軽やかだったり美しかったりゴージャスだったりと、弾いても聴いても楽しいものに仕立てることに成功している。そのほかの曲も含め、特に心地よい作品にはしばしば俗称がつけられている。「子犬のワルツ」「英雄ポロネーズ」など、どれも言い得て妙という名前を持ち、おそらくその効果で注目が集まり、さらに愛好家が増えているのである。

 恋愛は往々にして「別れ」を伴う。おそらく実際には片思いのまま終わったり、破局を迎えたりして「別れ」ざるをえないことのほうが、成就する恋の例よりも多いのではないだろうか。「別れの曲」というタイトルでこの曲を認識して聴き始めると、自然に「別れ」のイメージが心に浮かび、胸の中に寂しさが去来する。

 ちなみに、平原綾香はこの曲を「別れの曲」としてカバーしている。つくづく、いい曲を選ぶ歌手だと思う。


ヤナーチェク 弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」

 一般の人にはあまり馴染みがない作曲家名かもしれない。レオシュ・ヤナーチェク(1854〜1928年)はチェコ出身。1988年制作の「存在の耐えられない軽さ」という米映画の全編にヤナーチェクの室内楽曲が散りばめられていたのが、今でも強い印象を筆者の脳裏に残している。もう一つ、この作曲家を有名にしたのは村上春樹だろう。小説「1Q84」の中に、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」という管弦楽曲が何度も登場するのである。小説が刊行された当時、一般には無名なこの曲が入ったCDがずいぶん売れたとも聞いた。

 さてそのヤナーチェクが70歳代半ばにして書いた弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」は、なんと不倫の曲である。カミラという名の40歳も年下の人妻に惚れ、晩年の作曲家本人が出したラブレターのことをテーマに作ったのがこの曲。つまり「内緒の手紙」とは不倫のラブレターだったのだ。しかもその数は700通。現代の誰かが電子メールで一人の相手にラブレターを700通書いたとしても驚くべきだと思うが、当時のヤナーチェクは当然紙に書いていたはずだ。「深い愛」という言葉の前に「執念」という文字すらつけたくなる。

 しかし不思議である。何せ相手は人妻だ。時代を考えれば、郵便配達夫がドアのベルを鳴らして手紙を届けていたことは想像に難くない。700通も出して、本当に彼女の夫に「内緒」にできたのだろうか。あるいはいつも手渡しだったのか。「内緒」なのになぜ自分で曲のタイトルにしたのか・・・。

 この曲には「愛」をめぐるもう一つのエピソードがある。曲の中で人妻カミラを演じるのはヴィオラである。ところが当初はヴィオラではなくヴィオラ・ダモーレという楽器で演奏することを前提に作曲していたのだ。ヴィオラ・ダモーレは訳すと「愛のヴィオラ」。甘い音がするらしい。う〜む。カミラへの愛は分かるが、やはり常軌を逸した作曲家である。ちなみに、ヤナーチェクはこの曲が完成した年に亡くなった。さて、ヤナーチェクをご存じなかった方も、この曲を聴きたくなったのでは?


マーラー 「アダージェット」

レナード・バーンスタイン指揮

 最後は、この世のものとは思えない美しさをたたえたグスタフ・マーラー(1860〜1911年)の名曲を取り上げることにしよう。正式な曲名は、交響曲第5番第4楽章。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で使われて広く知られるようになった。

 この名曲を映画音楽にするとはどれほど美しい映画なのだろうかと想像し、しばらく前に「ベニスに死す」のDVDを購入して鑑賞した。この作品が老人の少年愛をテーマにしたものだったとは! おそらくヴィスコンティのこのテーマにおける耽美性が、マーラーのこの曲と大いに合致したということなのだろう。

 この曲自体は、紛れもなく男女間の愛から生まれたものである。相手はアルマ・シンドラー。アルマ・マーラーという名前の方が有名であるように、後に結婚したことが分かる。マーラーはアルマにこの曲をラブレターとして書いたという。

 フル編成の大オーケストラのために書かれた交響曲第5番の中で、この曲は弦楽器とハープだけで演奏される。そのため弦楽器奏者は管楽器奏者からしばしばうらやましがられる。それほどに美しいのである。極めて静かに始まり、少しずつ響きが豊かになる。最高潮に達する部分では、弦楽器だけでこれほど厚みのある表現が可能なのかと思わせるほどのボリュームに圧倒される。愛情の洪水といった言葉にたとえるのがふさわしいだろうか。

 アルマは結婚前に作曲家のツェムリンスキー、画家のクリムト、結婚後は建築家のグロピウスや画家のココシュカとも男女の仲になったというほど豊かな恋愛人生を歩んだ女性だった。その彼女も、この曲を聴いたからこそマーラーの虜になったのか。いや、逆か。マーラーにこの曲を書かせるパワーを与えたアルマこそが、人類に貢献したといったほうが、分析としては的確かもしれない。

筆者:小川 敦生

JBpress

「恋愛」をもっと詳しく

「恋愛」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ