近くにいたくない、とにかくイラつく! でも今となれば… 母の日・父の日シーズンに振り返る「私の反抗期」

5月18日(金)7時40分 OVO[オーヴォ]

 母の日が過ぎ、次は父の日。あちこちで「お母さん、ありがとう」「お父さん、ありがとう」の文字が目に入ってくるのが、5〜6月。しかし、子どもがまだ小さいころ、幼稚園や保育園から似顔絵や手作りプレゼントを持ち帰ってきたのも、遠い思い出。今はほとんど言葉を交わさず…という親子も多いはず。OVO編集部では、母の日・父の日にちなみ、20〜50代の男女に、自身の反抗期を振り返ってもらい、エピソードを聞いてみました。「誰もが通る道」ともいわれる反抗期。みんなどんな思いで反抗していたの? そんな自分を今、どう振り返りますか?

親といるのが嫌だ、恥ずかしい…

 とにかく「親といるのがいやだ」「親と一緒にいるところを友だちに見られたくない」という声が寄せられました。親の保護下から脱出したいという気持ちが、こういう形で現れるのでしょうか。

●いまや昨日の昼に何を食べたかも思い出せない私がいまだに忘れられないのが、中学校のときの出来事。 年に1回の卓球部の参観日。他の部員の親は来ないのに、なぜかうちの母親はやって来た。練習場所だった3階か4階の教室に、階段をふうふう言いながら上ってきた母親。私は教室の手前で「来るな!」と追い返してしまいました。 帰宅後、母からは「二度と行くか!」とものすごく怒られました。今、私の息子の中学校にも部活動参観があり、息子からは「来るな!」と言われています。両方の気持ちが分かる私は、「見学に行って、文句いわれてもニコニコしている」という態度をとっています。(40代男性)

●小学校高学年の頃、外で遊んでいた時に母親に名前を呼ばれると恥ずかしいので、外で会っても無視をしていました。母親からの呼びかけに無視をすると、さらに大きな声で名前を呼ばれて困りました。(40代男性)

●中学生のころ、父親と一緒に外を歩くのが嫌で、「半径10メートル以内に入らないで!」と言って、離れて歩いてもらっていました。後ろからつけられているようで不審な感じでした。(20代女性)

●食事は一人で食べるようにし、家族行事(墓参りなど)には行きませんでした。そのくせ、お年玉はもらっていました。(20代男性)

「ババア」「おまえ」…その他暴言を吐いてすっきり!?

 筆者は、わが子が小さかったころ「この子もいずれ、『クソババア!』なんて言うようになるのかな?」と思ったもの。今、思春期の子どもたちから面と向かっては言われていませんが、陰で言われているようです。暴言を吐くことで、すっきりする部分もあるのかも?

●母のことは基本的に「おまえ」と呼んでいた(20代男性)

●「うるせぇ、ババア」は何度か言った記憶がある(40代男性)

●中学生のころ、夕食のおかずで、母親に怒鳴ってしまった。その日の夕飯で御膳に並んでいたのが、スーパーで買った既製品ばかりだったからだ。「なんで、手作りしないのか!」と、母親に対して激しく声を荒げてしまった。母は仕事をしていたので、たまたまその日は忙しくて作れなかったと、私が大きくなってから話してくれた。 (50代男性)

恩着せ、否定、上から目線にうんざり…

 親の支配下から出ようともがいている時期にとにかく腹が立つのが、恩着せや否定に聞こえる言葉。親はなんでも子どものことを分かっていると勘違いし、自分の考えでわが子をまとめようとするところに、子どもは言いようのない反発を感じるようです。

● 口論になった際、「あなたのために言っているんだよ」と母親に言われ、イラついた。(50代男性)

●「おまえよりどれだけ多く門松をくぐってると思っていやがるんだ」と言った親父。「偉そうに」と思った(50代男性)

●「親はわが子のことは何でも分かる」という言葉が異常にムカついた。今子育てしながら、自分と違う一個の人間であるわが子のことを理解するのは、本当に難しいと感じている。(40代女性)

●何をするにもダメと言われるので全て事後報告するようになった。例えば遠方の親戚の家に遊びに行くとか。(40代男性)

●中学生のとき、父親に「女の子は勉強なんてできなくていい」と言われ、大変腹が立ちました。「気負わなくていい」と言いたかったのだと思いますが、子どもながらに「時代錯誤も甚だしい」と思いました。(20代女性)

●自分が中高生のころ、「あんたも親になれば私の気持ちが分かる」としょっちゅう言っていた母親。自分が親になった今、確かにそういう部分もあるが、まだ大人になっていない子どもに対して言うだけ無駄な言葉なので、自分は絶対に言わない。(40代女性)

●父親の、家族や他人を「褒めない」、「認めない」ところがイヤでした。特に高校生の反抗期には、そういった発言を流して聞くことができませんでした。(50代男性)

●「この○○家の恥さらしが!」「お前のピークは幼稚園のころに終わったと思う」。(20代男)

最後の言葉は強烈な子どもへの否定の言葉ですが、お互いの感情が激しくぶつかりすぎた結果でしょうか…。

今でもやっぱり許せない!思い出

 プライバシーの領域に土足で踏み込まれたくない気持ちが一気に強くなる思春期。怒りの記憶はなかなか消えません。

●17歳。父親とはあまり話をしない日々を送っていました。 ある夏の日、自宅の黒電話がチリリィ〜ン♪ 茨城・阿字ヶ浦の海で知り合った水着の似合う女の子からだった。しかし、「どちら様? 何の用件?」と酔った父親が電話に出てしまい、父親の失礼な態度に怒った女の子とは連絡が取れなくなってしまいました。 私:オレにかかってきた電話になんてことするんだ!!(怒) 父:勉強もしないで、女の子と遊んでばかりいるんじゃない!! 言うことが聞けないのなら出てけ!!(怒) 私:うあぁぁぁ出てってやる!!(怒) ということで、3日間ほど家出をしました。(40代男性)

妹の反抗期を影で支えたおねえちゃん

ちょっと変わったエピソードも。自分が高校生のときに中学生の妹の反抗期が始まったという女性は・・・。

●仕事で帰りが遅かった母の代わりに私が夕飯を作っていたのですが、好き嫌いの多い妹は、文句を言いながら白米だけ食べて部屋にひきこもっていました。その様子に腹が立ったので、妹の好きなきんぴらごぼう、切り干し大根、高野豆腐をいろいろな調理法や味付けで、週3〜4回食卓に出して対抗していました。高野豆腐が苦手な父にとっては地獄だったそうです。(20代女性)

しっかりもののお姉ちゃん。反抗というか、対抗の仕方が大人です。

今、反抗期を振り返って思うこと

 さて、皆さんにそんな自分の反抗期を振り返って、今思うことを聞いてみました。

●自分の思い通りにいかないことに常にイライラ、ピリピリしていて、今となれば、ばかだったなと思います。(20代女性)

●家の壁に穴を開けたこともあり、とても恥ずかしいの一言。ただ人生でこの時期しかないことなので、自分に子どもができたら、思春期にはある程度反抗してもらいたいなと思います。もちろん親には申し訳なかったので、親孝行したいと思います。(20代男性)

●母親に暴言を吐いたことなど、今から思うと恥ずかしい。穴があったら入りたい気分です。青年期から大人になるための「通過儀礼」だったと思います。(50代男性)

●何をするにしても口うるさく、怒られてばかりでしたが、今となっては深い愛情だったと身にしみています。自分が親になってみると心配のあまり、口うるさくなっていたんだなーとわかるようになりました。(40代男性)

●当時は父が本やテレビ番組などを薦めてくるのが不快で仕方なく、おすすめのものは全力で避けていました。しかし、成長してから自分で手に取ったはずの本が、実は父の大好きな著者の作品だった、ということが度々あり、「カエルの子はカエル」なのだなあと思いました。今では仲良く、互いに好きなコンテンツについての話をしています。(20代女性)

親への反抗は、ある意味、甘えなのかもしれません。

●「子の心、親知らず」、「トンビは鷹を生まない」、「子どもは親を選べない」—。家が貧しかったので、反抗するどころではありませんでした。反抗できる友人がうらやましかった覚えがあります。(50代男性)

そして、因果は巡る? 今、中・高・大の一男二女の父親である40代男性の言葉です。

●今、子育てをしている中で、私が反抗期時代にイヤだった行為をしないよう、気をつけているつもりです。ただ、そんな私にも我が子たちが嫌がっている行為もあるはず。反面教師の反面教師の反面教師。子育てに正解はない、と思っています。(40代男性)

 筆者は、子育て関連の講座で「思春期の親への反抗は、活発に分泌される成長ホルモンのせい。自分の身体と心がコントロールできず、戸惑っている状態」という話を聞いて、妙に納得したことがあります。高校生の長男には、ここ数年「おまえ」と呼ばれていましたが、最近「あなた」に変わりました。これはある意味、“昇格”でしょうか!? 会話も増え、雪解けを迎えた感じです。過ぎてしまえば、「なんだったんだろ?」と拍子抜けさえする反抗期。筆者にはまだまだ難しいお年頃の子どもたちが次々控えているのですが、今回寄せられた声を読んで、自分自身の反抗期も振り返り、お年頃の子どもたちの気持ちを少し想像して振る舞えたら、と思います。

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