フィギュアスケート渡辺倫果のコーチ・中庭健介が世界選手権で流した涙の理由

2023年5月19日(金)12時0分 JBpress

文=松原孝臣 写真=積紫乃


『今日のベスト』を尽くせる選手

 2022−2023シーズン、中庭健介が指導する選手の中でもとりわけ飛躍と呼べる姿を見せたのは中井亜美(TOKIOインカラミ)と渡辺倫果(TOKIOインカラミ/法政)だ。

 中井はジュニアグランプリシリーズに初参戦、2戦目で優勝も飾りジュニアグランプリファイナルに進むと世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得した。全日本選手権のフリーでトリプルアクセルを2つ成功させ4位になったことでも脚光を浴びた。

 渡辺はグランプリシリーズに初めて参戦し、スケートカナダで初出場初優勝。グランプリファイナルにも進出、さらに初めて世界選手権にも出場した。

 中庭は2人を2021−2022シーズンから指導してきた。

「中井さんのよさは負けず嫌いであること。他人に対してもそうですけど、自分に対してそうです。掲げた目標や上手くなりたいという思いに負けたくないんですね。もう1つは目の前のことをこつこつとできること。『今日のベスト』を尽くせる選手です」

 だから「昨シーズンの結果は別に驚かない」と言い、こう続ける。

「1年目はお互いの足し算でしたが、2年目になって信頼関係ができてきて、足し算が掛け算になったかもしれません。掛ける数字が1のままなら数字は大きくなりませんが、彼女は彼女で数字を大きくして、僕も勉強して大きくして、それが2年目で起きたことだと思います」

 課題も見据える。

「ここから先は、ある意味人間としての成長期に入ります。僕も身長が20センチ伸びたシーズンがありますが、女性は体つきも変わってきますし、どんな人でも一度はある『壁』だと思っています。そうなることを想定してどういう取り組みをするか、僕も準備し始めています」

 渡辺についてはこう語る。

「中井さんと同じよさがあって、自分で自分を追い込んで練習できたり、あとは基本、明るいのが特徴かもしれないですね。20歳とまだ若いですけど、いいお姉さん」

 そして世界選手権について触れる。フリーの演技を終えた渡辺が、涙を浮かべていた中庭に触れつつ、「『こんなので泣いていたらもたないよ。来年、またこの場所に戻ってくるんだから』と言いました」「(演技前)先生の表情が堅かったので『表堅いよ』と、背中をパーンとしたんです」と語っていた、その涙についてだ。 

「世界選手権は、僕が現役時代、届きそうで届かなかった、いわばフィギュア界の世界最高峰のイベントです。僕も渡辺さんも初出場で、お互いに何も分からない状況で始まって、準備期間も含めて大変な思いをしたり、うまくいかないことあったりしました。そうして日本開催の世界選手権に出た。自分の国での開催に出られることってなかなかないですよね。彼女が頑張ったから僕がここにいるんだ、という感謝もありましたし、また試合ではショートプログラムでまたミスさせたという悔しさもありましたし、いろいろな思いがありました。それがあの涙にはありました」

 渡辺の語ったエピソードは、「上下」あるいは「師弟」と言った縦の関係を感じさせなかった、それと無縁であるかのように思えた。中庭はそこにも言及する。

「選手とコーチ、お互いの立場はあっても、そもそも上下関係じゃないと思うんですよ。関係を言うなら『信頼関係』という言葉がいちばんあてはまるんじゃないでしょうか」

 その言葉にも、中庭の指導者としてのスタンスが明確にあった。


スポーツ全体を変えたい

 成長したシーズンを経て、中井と渡辺はこれからも進化を期し進んでいくだろう。そして、中井もやがてシニアに上がるときを迎える。

三原舞依さんと坂本花織さんのように同じチームに世界のトップレベルがいるのは貴重なことだと思っています。一人で走り抜けるのは相当しんどいですし、レベルの高い選手がいる環境というのは、とても貴重ですので」

 2人に限らずチーム内で切磋琢磨し、それが成長の糧になると考えている。

 ヘッドコーチとして2シーズンが過ぎ、中庭もまた、新たなシーズンへと進んでいく。

 あらためて、抱負を尋ねる。

「これからへの大きい思いというのは、フィギュアスケートというスポーツを通じて、スポーツ全体を変えたいというのがいちばんです。成績はもちろんのこと、勝利を目指すのは大事です。勝つことをテーマに、スポーツインティグリティを順守したクリーンな指導により、今までのスポーツ指導を変えたいです。それが子どもたちを守ること、スポーツを発展させることになるし、行き着く先がフィギュアスケートへの恩返しになると思っています。みんなに応援されるにはクリーンな指導でなければいけないし、フィギュアスケートがみんなから愛されるスポーツになる、これが僕の最大の恩返しだと思って取り組みを続けたいです」  

 その試みもまた、フィギュアスケートの、スポーツのこれからを担っていくはずだ。

中庭健介(なかにわけんすけ)生まれ育った福岡市でスケートを続け、全日本選手権に12度出場し3度表彰台に上がったほか四大陸選手権やグランプリシリーズなどに出場。息長く現役生活を続け、2011年に引退しコーチに。2021年より千葉県船橋市でスタートしたMFフィギュアスケートアカデミーのヘッドコーチに就任。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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