駐日ジョージア大使 早大での就活が人生で最も辛かった…<絶対落ちる>最終面接を前に思いついた突破策とは

2024年5月20日(月)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

観光庁の発表によると、2023年の訪日外国人旅行者数は約2507万人で、過去20年間で4番目に多かったそう。インバウンド需要が回復しつつあるなか「日本人は、多くの日本の美点を見過ごしている」と語るのは、SNSで絶大な人気を集めるティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使。ジョージア生まれ、日本育ちの大使が興味深いと感じた、日本人にとって「当たり前」の文化とは? 自著『日本再発見』より、その「日本らしさ」を一部ご紹介します。

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仕事をしていない人が冷たい目で見られる日本


「新卒一括採用」は、日本以外では韓国くらいしか存在しないと言われています。

日本では高校を卒業したら大学に入学するのが当たり前、大学を卒業したらすぐに就職するのが当たり前です。

そして多くの企業がもっとも採用活動の中で重点を置くのは新卒採用であり、新卒採用以外で職歴がない人間がどこかの会社に雇われるのは相当に困難になります。

大学院に行くわけでも弁護士や公認会計士のような難関国家資格を目指しているわけでもないのに新卒で就職できない、しない人間はまるで「負け組」、問題のある人間であるかのように扱われる風潮が、日本には存在しています。

これは世界的に見ると非常に特殊です。

もちろん、日本の新卒一括採用にも、良い面もあるでしょう。日本では若年労働者の失業率は5%以下で、世界平均の10%よりずっと良い数値です。それはこの新卒一括採用のしくみがあるからだと思います。

ジョージアではそもそも全体の失業率が10〜20%前後であり、日本よりも若者の失業率は断然高いです。

でも私が問題だと思うのは、日本では仕事をしていない人がものすごく冷たい目で見られることです。

都市部ならともかく、地方で平日の昼間に大人がブラブラ歩いていると「あの人、やばくない?」と不審者を見るような目を向けられますし、「あそこの家の息子さん、大学出たけど就職してないんだって」といった噂話は、心配から発せられるものではなく、ほとんど悪口と言っていいでしょう。

「働いていない状態はよくないもの」という強固な認識があるのです。

就職活動のつらさ


大学2、3年生になると多くの親が子供に対して「就活に向けてちゃんと動いているのか」と圧力をかけ始めます。その親からの圧力がどこから来ているかといえば、社会からの圧力です。

就職していないと世間の目が厳しいから子供にあれこれ言うわけで、「生計を立てられるのか」とか「この子の将来は大丈夫か」という心配よりも先に、周囲の目を気にしているのです。


『日本再発見』(著:ティムラズ・レジャバ/星海社)

ジョージアではそんなことはありません。働いていない人も社会に溶け込んでおり、若者の失業者・求職者に対しても「そうなんだ。そのうち、いいところが見つかったらラッキーだね」くらいのスタンスで、あたたかいのです。

このような日本の特徴は、日本人が誰かと知り合うときに「**社の課長の誰々さん」「**大学の教授の誰々さん」という形で、所属とセットになってお互いを認識し、コミュニケーションを取ることにも通じています。

欧米では相手をまず個人として捉え、そのあとで「この人はこういうこともやっている」「こんな仕事もしているんだね」という付き合い方をします。

ところが日本では所属や肩書きがあるのとないのとでは、社会的な地位が天と地ほども違います。だからこそ肩書きがなくならないよう、定年退職した人に天下り先が用意されていたり、顧問職があったりするのかもしれません。

肩書きがなくなった老年男性が急速に衰えるとか、アイデンティティ・クライシスに陥るといった話をよく聞くでしょう。若者についても同様で、学校を卒業しても就職先が得られないと、肩書きのない、何者でもない宙ぶらりんの価値のない存在になってしまう、そう思い込まされています。

そういう社会的な重圧のなかで日本の若者は就職活動を強いられているのです。

就活シーズンが、人生でもっともつらかった


日本では新卒一括採用であるがゆえに、就活シーズンになると多くの大学生が就活モードに切り替え、リクルートスーツを着て、就活サイトやマニュアルが提供する「自己分析」を行い、自己PRや志望動機、ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を創作して面接に臨みます。

私は、日本の就活がそのようなものであることを知らなかったために、スタートに出遅れてしまいました。また、「なぜこんなことを就職活動している学生に求めるのか」という違和感だらけで、日本の就活のやり方を飲み込むのにも時間がかかりました。

早稲田大学ですから、周囲の日本人の友人たちの大半はそつなく就活に適応し、「このような私自身の経験から御社に憧れがあり」「この会社でこのような仕事に取り組みたいと思っています」等々、あることないことを作り出して面接を乗り切り、内定をもらっていました。

しかし私は就活用に自分を作ったり演出したりして、エントリーシートや面接のためにウソをつくことにどうしても抵抗がありました。入る気がしない会社にも応募して、本命のために練習するようなことにも積極的になれず、結果、数社受けたもののすべてダメでした。

私は本音ではジョージアのために仕事をしたいと思っていたのですが、大学卒業後すぐにそれにつながる就職先が具体的には見つからず、あまり本気でなく就活に臨んでいましたから「志望動機は?」などと聞かれても、困ってしまったのです。

就活がうまくいかないタイプの学生は皆そうではないかと思うのですが、落ちるとますますやる気がなくなり、「どうせまた落ちるんだろう」と自信もなくなって、さらにうまく話せなくなる負のスパイラルに陥っていきました。

就活していたころが、私の人生でもっともつらく、空回りしていた時期だったかもしれません。

キッコーマンとの出会い


そんな私がキッコーマンに拾っていただいたのは、学生向けの新卒採用枠ではなく、外国人採用枠でした。一般的な就活シーズンはとっくに終わっている時期に、たまたま見つけたのです。

私の父は発酵の研究もしていましたから、醤油(しょうゆ)という大豆を発酵させて作る調味料のメーカーに多少の縁や興味を感じなかったわけではなく、運良く最終面接まで進むことができました。

でもそれまでの経験から、面接にはあまりにも嫌気がさしていました。ほとんどトラウマと言っていいくらいです。

そこで私は「ここも絶対に落ちるから、代わりに弟を面接に行かせよう」と思ったのです。今から考えれば信じられない発想ですが、当時は面接に行くことをそれだけ無謀に感じていたのです。

7歳下の弟と私は髪の色が違いましたから、ドラッグストアでスプレーを買って弟の髪の色を私にそろえてもらい、スーツを着せました。ところが兄弟なのにあまりにも似ておらず、弟の見た目が幼かったため「これはムリだ」と我に返り、ダメ元で自分で面接に向かいました。そして奇跡的に内定をいただくことができたのです。

他の会社にはことごとく落ちたのにキッコーマンが採用してくれた理由は当時はまったくわからず、内定の連絡を受けたときは何かの間違いだとさえ思いました。

ただ、今思えば、それも相性というか縁だったと思いますし、採用してもらって感謝の気持ちでいっぱいです。なので、就活のアドバイスだけは私に相談するのはあまり相応(ふさわ)しくないかもしれません(笑)。

責任者になり、「無駄に思えたもの」の意味に気がつく


就職活動とその後の仕事そのものは、やってもやらなくても同じような無駄な仕事、事務作業だとばかり感じました。

日本の就活では学生にエントリーシートや面接で膨大な作業をさせるわりに、そこで出てくる回答の多くが本音ではないことを企業側もわかっています。

多くの人が遊んでばかりだった学生生活から、瞬時に「就活モード」を取り繕(つくろ)う日本人には、ある意味で感心させられました。

しかし、今になって、無駄に思えたものにも実は意味があるのだと徐々に気づいてきました。私自身が、大使館のスタッフに「やっても無駄だ」と思われても仕方ないような仕事を振る場面が出てきたのです。

ひょっとしたらやらないほうが労力もかからず、良いかもしれない。しかし無駄だと明確に言い切ることができず、むしろそれをやりきることによって成果に微妙な差が生まれる、という作業です。

仕事の責任者になったことによって、当時は無駄じゃないかと感じていた就活での複雑な作業やキッコーマンでの仕事を肯定的に見ることができるようになりました。これには自分でも驚いています。

とはいえ、大抵の場合、企業の中途採用試験やアルバイトの採用ではもっと応募者も採用者側もフランクで、試験や面接の内容も簡素なのですから、新卒採用もあそこまで儀式的である必然性はないでしょう。

もう少しスピーディに、応募者にとっても採用する側にとっても少ない負担でマッチングするやり方があるはずです。

※本稿は、『日本再発見』(星海社)の一部を再編集したものです。

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