「恋愛偏差値」という言葉をなくせば恋愛はもっとシンプルになる説

5月21日(月)17時0分 ハウコレ



僕は常日頃、「人が発する言葉」を注意深く観察するようにしています。
なぜならその人がなんとなく口にする言葉には、その人の心理が色濃く反映しているからです。


先日僕の友人が「私、恋愛偏差値低いから」という言葉を使いました。


この言葉の裏には「自分は恋愛に向いていない、恋愛に対して苦手意識がある」という自意識が潜んでいると考えられます。


そして、さらにもう一歩踏み込んで考えてみると、「恋愛上手な人が羨ましい。自分もあの人みたいに上手になれたらいいのに」っていう羨望の気持ちも隠れているように思います。


つまりこの人は、「誰かと自分の恋愛を比較して、自分自身の評価を低く下している」人だ、ということがわかる、ということです。


■「恋愛偏差値」って言葉おかしくないですか?

ところで、この「恋愛偏差値」という言葉、そもそも矛盾していると思うんです。


ここで偏差値についておさらいしておくと、偏差値とは、母集団の中で自分がどのあたりの位置にいるのかを把握するための指標です。


平均点が50の値になり、それより低ければ50以下に、高ければ50以上になります。


偏差値が60を越えれば「優秀」、70を越えると「群を抜いている」、逆に偏差値30前後になると「成績が悪い」ということになります。。


さて、偏差値の復習が終わったところで聞きたいのですが、


「恋愛の平均点なんてどうやって決まるんですか?」


仮に「一般的に恋愛が上手でも下手でもない」感覚を平均だとしても、それの上手い下手は完全に主観であり、一般化できるほどの客観性はありません。


ですから、恋愛という言葉に、偏差値という言葉が続くこと自体がおかしいのです。


■恋愛はテストではない

恋愛は僕たちが学生時代に受けてきたようなテストとは全く違うものです。
テストにおいては、太郎君にとっての正解は花子さんにとっても正解でしたが、恋愛においては、あなたにとっての正解があの人にとっての正解になるとは限りません


さらに言えば元彼にとっての正解も、今彼にとっての正解にはならないのです。


もちろん、「清潔感が大事」とか「怒りっぽい人よりも優しい人の方がモテる」といった一般論は存在しますが、それはあくまで「円の面積=半径×半径×π」といった公式のようなものにすぎません。


その公式を知っているからといって問題が解けるようになるわけではないですよね。あくまで前提の話です。


恋愛は毎回毎回が出たとこ勝負。予習ができない問題を解いていかなくてはいけないのです。


さらに厄介なのは全員に共通した問題が出ない、ということ。常に「私とあなた」の関係性の中にしか答えが存在していないのです


■恋愛は全員が常に初心者なのです

「恋愛はテストじゃない、そんなこと当たり前じゃないか」って?
「そんなこと言われなくたってわかってるよ」って?


であれば、なぜこれだけ多くの人が、目の前の人のことを無視してモテテクに走り、誰かの成功事例を羨み、自分のことを卑下するのでしょうか。


この「恋愛偏差値」という言葉をうむ発想、つまり「恋愛には成績の序列」があるという発想が恋愛を複雑にしていると思うのです。


何人と何年付き合おうが、相手が変わればすべきことも変わります。恋愛が始まった時は全員が初心者なのです。


偏差値が高いか低いかで自分の恋愛を評価するのではなく、自分は目の前の人をどれだけ愛することができたのか?で評価すべきではないでしょうか?


そう考えると恋愛はもっとシンプルになると思いませんか?(川口美樹/ライター)


(ハウコレ編集部)


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