「ペット虐待物件」の闇… 多頭飼育崩壊の現場で見たものとは? 「暗黒物件」シリーズ
2023年5月21日(日)14時0分 tocana
不動産競売物件情報サイト「BIT」では、税金滞納などで差し押さえられた物件を見ることができる。差し押さえの結果である物件そのものはこうして誰でもネット上で閲覧することができるが、差し押さえの現場そのものは通常は知りえないものだ。そうした中、トカナでは過去に、差し押さえのリアルな実情を語った不動産執行人ニポポの記事を掲載した。以下、「暗黒物件」シリーズの第三回を再掲する。
不動産執行人は凄惨な多頭飼育崩壊の現場にも直面することがある……。
——DV・自殺・暴力団・宗教・統合失調症…事故物件よりも鬱になる「暗黒物件」の闇を“不動産執行人”ニポポが語り尽くす…!
大きく問題視され難く、さらにその発生は表面化し辛い。それでも問題の発生源をたどれば実に根が深く闇に満ち満ちている——。そんな問題に度々出会う。
恐らく多くの人が思い描く以上に。
借金や住宅ローンの返済滞りによる不動産差し押さえ・不動産執行の現場で、度々目にする惨状。今回はこのような事案を一つご紹介したい—。
「家に入ってもビビるなよ。あとペットたち逃がすんじゃねぇぞ」
債務者からの不可解な電話が、強制鍵開け事件に取り掛かろうとした執行官の動きをタイミングよく止めた。
強い口調の債務者にも丁寧な受け答えで電話を切ると、鍵開け作業が再開されることに。
築年数は6年と浅い閑静な小規模建売住宅地。最寄り駅からは30分以上歩くことになりそうだが、広いウッドデッキが設けられるなどなかなか小洒落た作りの物件だ。付近の住宅は新築同然にも見えるのだが、債務者宅だけが雑草で覆い隠されている。
これもよくある話で、大抵の場合不動産執行の物件は少し遠目からでも「これだな」とひと目で分かるほどに荒れている。
「鍵、開きました。ペットがいるらしいんでドアを開けたら全員一斉に入ってください」
執行官からのアナウンスがあり、全員で一気に室内へ飛び込む。
その瞬間、鼻だけでなく目を刺激する異臭の広がりに我々はようやく事態を飲み込んだ。
「あぁ。またペット虐待か」
執行直前に債務者から入った電話は、大切にしている多頭飼いのペットがドアを開けたタイミングで逃げ出さないようにとの注意喚起かと思われていたのだが、どうやら意味合いが違ったようだ。
玄関先から散乱が続くペットの体毛を目で追う限り、1階奥の部屋が最も荒れ方の激しい核心部に思える。そこにはかつて大切に扱われていたペットたちが軟禁されている可能性が高い。
床の状況から見て各々が執行後に捨てることになるのであろうスリッパに履き替え室内へ。
案の定奥へと進むに連れ軟禁状態にあるペットたちの糞尿が増えており、床板は尿による深刻なダメージを負っている。
1階奥の部屋の扉は「どうぞどうぞ」とどこかのお笑い芸人のネタのように一番下っ端の私が開けるハメに。
恐る恐る扉を開くと、一層酷い臭気とともに空気中に舞う埃やペット由来のハウスダストが呼吸を難しくさせる。
空気の悪さで確認が遅れたが、どうやらこの部屋はリビング・ダイニング・キッチン、いわゆるLDKのようだ。
ペットネグレクト(適正飼育の放棄)は、いわゆる暴力的な虐待やそれに伴う虐待死と異なり、室内で飼育が放棄されている事案のため発見が難しい。
LDKを見渡すと、ペットたちが脱走を試みたためかキッチン側に設けられた通気口付近の壁が爪で深く抉られていたが、残念ながら外へと通ずる前に力尽きてしまったようだ。
激しいストレスもあったようで、天井にまで転倒防止金具が設けられていたキャットタワーも倒され、壁にも高くまで飛びついた爪痕が残る。
そして、かつては家族同然に扱われていたのであろうペットが、使い古したボロ雑巾のような死骸となり、既に寝床と一体化していた——。
なお、2階にペットが上がった形跡はなく、債務者の生活スペースとされている1室だけは1階の惨状が嘘のように美しく保たれている。
債務者の電話から、現状も多頭飼いとなっている気配が伺えたため気にはしていたのだが、ペットたちは既に人間を酷く恐れているのか、我々に全く存在の気配すら感じさせなかった。
あるいは既に生きてはいないのか——。
このようなペット虐待・ペットネグレクトという事案はそれほどまでに多い。じわじわと生活に困窮するストレスや閉塞感、資本主義社会における金銭的な躓きは人々の心を蝕み、まずは自身への関与や管理を放棄するというセルフネグレクトに陥り、やがてその放棄が家族やペットに向かう。
今となってはペット虐待の痕跡がある物件に驚きすら持てないほどに感覚が麻痺してしまった我々だが、この日は少々驚かされることになる。
続けて尋ねる同日2件目の物件にもペット虐待・ペットネグレクトの痕跡が確認されることになろうとは、この時不動産執行人の誰もが想定していなかった。