大神いずみ「次男・瑛介のチームが、春の全国大会優勝!大阪で選手や親たちと過ごした、熱狂の1週間を振り返る」

2025年5月29日(木)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:大神さん 以下すべて)

大神いずみさんは、元読売巨人軍の元木大介さんの妻であり、2人の球児の母でもある。2人の球児の母として伴走する大神さんが日々の思いを綴る。

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前回「野球母の朝は早い。遠い球場への遠征で朝2時半起き、3時半出発は珍しくない。ちなみに〈ジャイアンツタイム〉って…」はこちら

絶叫、悶絶、爽快、恐怖てんこ盛り


ジェットコースターな毎日。

瑛介が中学3年になった。
チームでも最上級生、年明けから遠征を伴う大会が目白押しで、
息つく間もないほど公式戦が続いていく。ふぅ。息つけるやないかいー。大変だ大変だ大変だと大騒ぎしている割には携帯の写真フォルダに増えていく、楽しいイベントや思い出の数々…。

実際に全身全霊で取ったり打ったり走ったりして野球をやっている息子に比べれば、なぁんとお気楽エンジョイな野球母だこと。そう思って今日も一日中ご飯ばっかり作っては、腹ペコ中学生に食べさせて野球に送り出すワタクシである。


大阪での選手の昼食、おにぎり弁当。その大きさとボリュームにビックリ!!

少し時間が経ってしまったのだが、進級する前の春休みには瑛介のチーム「世田谷西シニア」が大阪で行われた全国大会に出場した。
新横浜駅を出発してから1週間後に戻ってくるまで、それはもう、ジェットコースターのようにいろんなことが起こっては泣いたり笑ったり、走り抜ける毎日。絶叫、悶絶、爽快、恐怖てんこ盛りの「なんでやねん!?大阪」ウイークであった。

負ければ終わりのトーナメントで、いつ大阪を離れることになるかわからない。

雨に降られて試合が延期になった日は、あの甲子園の準決勝「横浜高校」対「健大高崎高校」の熱戦をチームみんなで見に行くこともできた。中には甲子園に初めて足を運ぶ選手もいた。
ワタシの甲子園デビューもごく最近だったが、やはりどこの球場とも明らかに違う独特の雰囲気に包まれる甲子園。
たこ焼きを食べながら目の前の高校野球に目をキラキラさせて観戦していた選手たちの、んまあー楽しそうだったこと!
あんなに夢中で子どもらしい彼らを見たのは初めてのような気がした。


実は優勝が決まった瞬間、わたしはアナウンスに入っていたのでよく見えていませんでした。スタンドで応援していたら本当に心臓が口から飛び出していてかもしれない…

全国大会は命が焦げ落ちていくような毎日


いつも大人びてやや扱いにくいお年頃の彼らだが、独特の空気のなか、全国レベルの高校野球のシビれる試合を観戦している表情は、令和も平成も昭和も変わらない。ただただ野球が好きな少年たちそのものだった。

いま坊主頭は少数だけれど、彼らなりにそれぞれいろんなプレッシャーを抱え、全国制覇を目指して地方大会を駆け上がり大阪に乗り込んできた選手達だ。
束の間色んな緊張から解かれて、憧れの高校野球と、そのワクワクするような雰囲気を心から楽しんでいるような姿を見ていると…。
なんだか普段「がんばれ!負けんな!そんなんじゃダメじゃん!」とお尻を叩いてばっかりな母は、ちょっと心が洗われるような気持ちになってしまった。


ヒットを放った瑛介

僕らもそう遠くない将来、必ずここに帰って来て「あっち側」に立ちたい——と、ちょっと身がすくむような高さの外野スタンド席から、中学生達は選手達の立つグラウンドを眺めていたのだろう。

甲子園準決勝という熱戦、その空気の一部として試合を見守った選手達は、目の覚めるような刺激をビシビシ受けて、頭の中のイメージをブンブン膨らませらませながら、翌日からの自分たちの試合に臨んだに違いない。

今振り返るとあっという間だが、全国大会のひと試合ひと試合を見守っていた親でさえ、その渦中はジリジリとと命が焦げ落ちていくような毎日だった。
ああよく生きて帰れたものだ。
全国大会…恐るべし。


生還したときの嬉しそうな笑顔

つくづく「チーム」でやるものなんだな


そういば長男・翔大が、高校1年から野球留学をして大阪に一人で暮らしていた時も、確かに心配しすぎてカリカリカリとわたしの寿命は削られていったものだ。

今でさえ、大阪のどの場所、どの駅にも、去年まで翔大を連れて飛び込んだ、病院や整体院などの記憶がまだ新しい。いい時もしんどい時も、3年分のいろんな思いが蘇ってきて、ちぃとまだ胸が苦しくなった。

そんな大阪のとある駅近くで、私たち保護者も1週間東京から入れ替わりながら選手達を見守ったのである。

選手達のホテルでの合宿生活も、1週間ともなればいろぉ…んなことが起きる。叱られる。ビックリする!心配する。そして、親はひたすら無事とチームの勝利を祈って声援を送る毎日。

一勝するたびに一日一日宿を延泊、結果1週間の滞在となったのだが、その間親達は選手達の合宿生活を付かず離れずサポートするのだ。昼食や間食の手配、洗濯の誘導、差し入れや大量の荷物の管理など。


つくづくチームでやっているんだなあと思う瞬間

こういう時父母達がとても快く協力し合って雰囲気がいい合宿が続いていくと、なぜか選手達にもその雰囲気が伝わるようで、チームが「負ける気がしない」ような空気になっていくのは…なんでだろう?
いや本当に言葉で説明ができないんだが。

逆にどんなにチームが頑張っていても、なぁんだか空気が澱んでいて、人の思いが噛み合わない、「負ける気しかしない」ような時もある。
ええい!と振り払いたい何かのせいで空気が澱んでいるのに、なぜか誰もどうしても振り払うことができない。

野球ってつくづく「チーム」でやるものなんだな、と気付かされる。
誰か一人、二人の力でどうにかなるものでは、絶対にないものなんだと。
まるでサポートする親も野球をやっているように、誰かが常に誰かをカバーし合う仲間に恵まれた1週間の合宿で、私も心からそう感じたのだった。

夜毎食べて飲んで笑って歌って吠える!?親たち


ちなみに今回最初から最後まで選手達と大阪に滞在することにしていた私は、普段からチームの中で「イベント」係を担っているということで、毎日親達の夕食会場の手配を担当した。

毎日入れ替わる親達の人数と勝ち上がりの結果によって、翌日か当日の30人前後入る夕食の店を予約する係…「宴会担当」だ!

いやしかしコレが結構大変なのである。人数の把握はもちろん、大人数が入れる店を、ほぼ馴染みのない現地で毎日検索して交渉すること。
…野球ぜんぜん関係ないやないかーい。

でも一つ一つ勝ち上がるたびに延びていく大阪の滞在を、心の底からチームのスタッフや父母達と毎日楽しんで過ごしていた。

なんとか都合をつけて大阪に応援にやってきた親達の夜は、夜毎食べて飲んで笑って歌って吠えて…吠えて!?

明朗会計・飲み放題のお店を中心に、みんなでその日の試合を振り返ったり、全然関係ない話題で初めて明かされる親たちのパーソナリティに触れることができたり…
そしてまた早朝からみんな球場に出向いて、選手達の試合を固唾を飲んで見守る日々。

息子達が野球を頑張ってくれたおかげだが、こんなに楽しい春の1週間を過ごせた親が、ほかにどこにいると言うのだ!!

チームが優勝に駆け上がるまでの1週間は、まるでジェットコースターの列に並んで、乗って、急降下再上昇を繰り返しているようにスリリングで…何より楽しかった!!!

ありがとう息子たち。
世田谷西シニア、春の全国優勝おめでとう!
そして心からありがとうございました、チームの皆さん。
本当に本当に、お疲れ様でした。


打球を見ながら懸命に一塁へ

「負けたら引退」がかかる夏の大会がすでに…


いやしかしです。

夢見心地の全国優勝も、その余韻はほんの、ほぉんの束の間。

もう現時点であれから2つの大会を終えて、現在はいよいよ「負けたら引退」がかかる夏の大会がすでに始まっているのだ!

野球あるあるではあるが、大会で華々しく勝った試合の、次の試合に大負けすることはよくある。「言霊」がありそうで私も口に出して言いたくはない。

「勝ったあと気持ちがユルユル緩んどるんじゃないかーー!?」

確かに、勝って喜んで諸手を挙げてバカ騒ぎをしている間に、敵に脇をコチョコチョされる隙を与えてしまうような気の緩みが、とてもとてもよく見受けられるものだ。

負けて苦い思いをしたあとには、集中した良い試合を見せてくれることが多い。まだ幼さの残る中学生の野球は、どんなチームであれその繰り返しのような気がしている。


大きくなったなあと思う背中

とゆーわけで優勝した直後、最初の練習の日。

「今日は道具チェックが厳しくなるかもしれないから気をつけよう。」
「サイン間違えたら一生ラン(ニング)かもしれない…」
「返事の声が小さかったら帰れ!って、ほんとに帰されるかもしれないから、みんな気をつけろー!」
「スパイク、磨けー!」
選手達がにわかにザワザワしはじめる。

よしよし。それそれ。
そゆことよ。

普段からユルッとのんびりした雰囲気の選手達なので、見ている親の方がイライラすることばかり。

気を引き締めて、次も一つずつ勝って行いこう!!!

母もいよいよ疲れが取れにくくてツラいのだが、気持ちを奮い起こして、この夏を彼らと併走していこうと思います。

中学野球引退へのカウントダウンは、もう始まっているのだ。


甲子園準決勝観戦後の1枚。本当にうれしそうな選手たち

婦人公論.jp

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