【舛添直言】世論を逆なで、問題発言連発はIOC「焦りの証明」

5月29日(土)6時0分 JBpress

(舛添 要一:国際政治学者)

 新型コロナウイルスの感染拡大は急速には収束せず、政府は、東京都、大阪府など9都道府県に発令されている緊急事態宣言を6月20日まで延長することを決めた。そのような状況下で、東京五輪を開催するのか中止するのか、内外で議論が高まっている。5月26日の朝日新聞は、「中止の決断を首相に求める」という社説を掲げ、国内のみならず、海外でも大きな反響を呼んでいる。


「1日100万回接種」には程遠い現状

 7月23日の開会式まで、もう2カ月を切っている。まさに時間との勝負である。公衆衛生の立場から言えば、開催には多くのリスクが伴うが、そのリスクを軽減する決め手はワクチン接種である。

 ところが、五輪開催都市である東京をはじめ、日本でのワクチン接種は遅々たるもので、やっと1000万回の接種が終わったところである。人口は1億2500万人なので、2億5000万回の接種が必要である。15歳未満は1500万人なので、これを差し引いても1億1000万人、つまり2億2000万回の接種となる。1回でも接種した人が5%未満、という数字は、先進民主主義国、とくにG7の中では極めて低い数字である。

 コロナ感染を収束させ、東京五輪を開催して成功させ、その余波で総選挙を乗り切って政権維持を図るというのが、菅義偉首相の戦略である。その戦略を可能にするのはワクチン接種しかない。東大の仲田泰祐准教授らのチームの分析によると、1日に100万回接種すれば、再度の緊急事態宣言は回避できるという。

 5月8日に彼らと面談した菅首相は、そのシミュレーションを基礎にして、「1日100万回の接種」の大号令をかけているのである。

 具体的には、24日から東京と大阪に自衛隊が運営する大規模ワクチン接種会場を開設した。また、ワクチンの打ち手不足解消のために、歯科医師、救命救急士、臨床検査技師など関連人材を動員するなど、がむしゃらに100万回ゴールの達成を目指している。しかし、今のところは、1日に50万回前後であり、目標にはほど遠い。


診療報酬引き上げで開業医によるワクチン接種増加狙うが・・・

 また、7月末までには高齢者へのワクチン接種を完了するというのも菅首相の約束であるが、前回の本欄で私の接種予約体験を語ったように、予約そのものが簡単ではないのである。とくにスマホなどの情報通信機器に習熟していない高齢者にとっては大きな負担となっている。

 自治体の対応もまちまちであり、とくに大都市では多くの混乱が生じている。大規模接種会場まで足を運ぶのも時間や費用がかかり、移動中の感染リスクもある。

 国民にとっては、自分の住む町内のかかりつけ医に接種してもらうのが最も便利で安心できるが、診療報酬は1回の接種で2070円であり、普通のインフルエンザのワクチン接種と変わらない。しかも用意すべき書類が多すぎるし、それも接種当日に提出しろという。これでは開業医にとってはインセンティブがない。

 そこで診療報酬については、診療所で週100回以上の接種を7月末までに4週間以上実施した場合は、1回当たり2000円を加算し、週150回以上の接種の場合は加算額を3000円とするという方針が打ち出された。しかし、この条件を満たすことができる開業医はそう多くはないのではないか。

 いずれにしても、ワクチン接種が菅首相の狙い通りに進む保証はない。

 そのような中で、国民の過半数が東京五輪の中止や延期を求めており、開催を既定路線とするIOC、東京都、組織委員会、日本政府との見解の溝が深まっている。しかも、その国民世論を逆なでするようなIOC側からの発言が相次いでいる。


世論は「中止」「延期」が大半

 まずは、世論の動きである。

 朝日新聞の世論調査(15、16日)によると、「開催」が14%、「再延期」が40%、「中止」が43%、開催する場合は、「無観客」が59%、「観客数を制限」が33%である。東京都民に限ると、「開催」21%、「再延期」30%、「中止」46%であり、主催する都市の住民でも開催は2割しかいないのである。

 産経FNNの世論調査(15、16日)では、「中止」が56.6%、「無観客開催」が26.3%、「観客数制限で開催」が15.5%となっている。

 選挙ドットコム・JX通信社合同世論調査(15、16日)によると、「中止」が45.1(+8.8)%、「開催」が15.7(−8.2)%、「延期」が22.6(+3.9)%である。

 毎日新聞の世論調査(22日)では、「中止」が40(+11)%、「再延期」が23(+4)%、「海外観客無観客」が20(−14)%、国内観客も無観客」が13(−1)%となっている。

 いずれの調査でも、「中止」や「延期」が6〜8割を占めており、世論的には勝負はついている。今後の感染が急速に収束に向かい、ワクチン接種が飛躍的に進むならば、世論の変化もありうるだろうが、まだそれは見通せない状況である。


日本人の気持ち逆なでするIOC幹部の発言

 一方、IOCの幹部からは、日本の世論動向を無視するような発言が続いている。

 5月19日、バッハIOC会長は、「日本人の粘り強い精神力、逆境に耐え抜く能力」があるから五輪開催は可能だと述べている。精神論で可能だというのなら、大和魂で太平洋戦争に勝てると喧伝した大日本帝国陸海軍の主張と変わらない。

 21日には、東京五輪担当のIOC副会長であるコーツ調整委員長が、「緊急事態宣言下でも五輪を開催するのか」と記者に問われ、「答えは絶対にイエスだ」と答えた。この発言は、IOC側の焦りの表れであろうが、日本国民のIOCへの不信感は強まっている。

 また、翌22日には、バッハIOC会長が、五輪開催で「犠牲を払わねばならない」と発言し、物議を醸している。皆が努力して安心安全な開催をしたいと言いたかったようだし、「日本国民ではなく、オリンピック関係者やオリンピック自体に向けたものだ」と後で釈明したが、これまた火に油を注ぐことになってしまった。今やIOC幹部の全ての発言が批判の対象となってしまうようである。

 アメリカのワシントン・ポスト紙は、5日、日本政府に五輪中止を勧告し、日本国民には負担ばかり求め、収益は自分でとるIOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」と揶揄したが、この批判は日本人に大きなインパクトを与えている。

 同紙は、「IOCはカネが全て」で、「開催国を食い物にする」とIOCを非難し、日本は「損切り」をすべきだとたたみかけたのである。IOCは、中世以来のヨーロッパの貴族社会であり、王侯貴族のいないアメリカの新聞だからこそ吐けた正論であろう。

 さらに、25日には、IOC最古参のディック・パウンド委員は、英紙「イブニング・スタンダード」で、「アルマゲドンが起きない限り大会は進む」と述べた。

 今の若い人は、オウム真理教事件を知らないが、1973年に五島勉の『ノストラダムスの大予言』という本が出版され、それ以降、このシリーズ本がブームになった。それを利用してオウム真理教教祖の麻原彰晃は「ハルマゲドン(=アルマゲドン:最終戦争、人類滅亡)が迫っている」と不安を煽り、若者を勧誘し、教団の信者を増やし、1995年3月に地下鉄サリン事件を起こしたのである。

 テロやカルトへの呼び水となったアルマゲドンの言葉をIOC委員が使ってはならないのであり、その点だけでもこの発言は厳しく批判されるべきである。


政治的思惑でなく科学的データに基づき最終判断を

 25日、アメリカ政府は、日本への渡航を危険度最高度の4レベルに引き上げ、渡航禁止(Do not travel)を勧告した。このことの決定もまた、東京五輪中止への流れを加速化させている。

 組織委、東京都、政府も、IOCに反論することなく、絶対開催を前提に準備を進めている。開催までの時間が刻々と迫っている中で、これは賭けであり、こちらの希望通りに感染収束となればよいが、逆の場合には、危機管理上、大いに問題がある。

 7月4日に都議選を控えた小池百合子都知事、秋までの総選挙を準備する菅首相、両者とも政治的思惑が優先している。感染症対策は、科学的データに基づくべきで、政治優先では禍根を残す。そのことを再認識することが肝要である。


「中止」で被る経済損失は経済活動再開で十分取り戻せる

 経済的側面について言うと、政府の5月の月例経済報告は、3カ月ぶりに下方修正され、コロナ禍で個人消費が落ち込んでいることが明らかになった。GDPの6割を占める個人消費が上向かなければ、景気は回復しない。緊急事態宣言が続けば、さらに状況は悪化することは確かである。

 野村総研は、五輪中止の経済損失を1.8兆円と試算したが、この数字が五輪開催論の根拠にされてはならない。日本のGDPは約500兆円、つまり日本人は1日に1.37兆円の富を生み出すのである。2日も働けば2.74兆円となる。五輪開催によって、コロナ感染がずるずると長引いたほうが損失は遙かに大きくなる。1.8兆円という数字に惑わされてはならない。

 そもそも33兆円の経済効果があるということで、東京五輪を引き受けたのである。ワシントン・ポスト紙が言うように、「損切り」の発想が必要かもしれない。

 世界のコロナ感染者は1億6800万人、死者は350万人、これがパンデミックの現状である。最多はアメリカで感染者は3300万人、2位はインドで2700万人、前者はワクチン効果で日常を回復しつつあるが、後者は、火葬用の薪も不足する惨状である。コロナは、様々な格差を広げているが、インドの選手が五輪に参加する条件は整うのだろうか。

 夏季五輪は1916ベルリン、1940東京、1944ロンドンが戦争で中止になった。異常気象が続けば、今後10年毎に新感染症が発生すると予測されている。「パンデミックのときは、4年後に延期し順送りする」というルールを作れば、今回のような混乱は避けられる。2024年に東京、2028年にパリ、2032年にロサンゼルスに変更すれば、多くの問題は避けられるのではないか。

 私は、陸上競技でインターハイに出場している。それだけにアスリートの気持ちはよく分かる。しかし、国民の命が守られてこそ、スポーツの祭典、平和の祭典の意義がある。長い人生、運、不運もあるし、万事塞翁が馬である。

筆者:舛添 要一

JBpress

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