公立校の教員も評価する「偏差値で測れない才能」を伸ばす新サービス。CINRAのオンライン教育事業「Inspire High」の何が10代に刺さっているのか

6月1日(月)20時0分 FINDERS

聞き手・文:神保勇揮

杉浦太一

CINRA, Inc. / Inspire High, Inc. 代表取締役

1982年東京生まれ。2003年大学在学時に創業し、2006年株式会社CINRAを設立。官公庁や自治体、大手企業や教育機関のブランディングやデジタルマーケティングに従事する。自社事業としては、アートや音楽などのカルチャーメディア『CINRA.NET』や、シンガポールやタイ、台湾などアジアを中心とした多言語クリエイティブシティガイド『HereNow』など、多数の自社メディアを運営。2020年2月、13〜19歳向けに『Inspire High』をスタート。博報堂グループのインバウンド専門会社「株式会社wondertrunk&co」の社外取締役CTO、台湾の日本紹介雑誌『秋刀魚』を発行する「黒潮文化有限公司」の社外取締役を兼任。

川上哲治

長野県軽井沢高等学校

教職歴20年。同校に赴任して7年目。学年主任、進路指導主事を経て今年度より教務主任。担当教科は芸術科(音楽)。

カルチャーWEBメディア「CINRA.NET」を運営する株式会社CINRAが、今年2月から新たにオンライン教育事業「Inspire High」をスタートした(現在は分社化し運営)。利用できるのは13〜19歳までのティーンエイジャーのみ。月額1500円(税別)で、アーティストやビジネスリーダー、研究者といったフロントランナーたちがその世界のガイド(講師)として登場し、隔週日曜日に90分のライブ配信を行う。

配信前半ではガイドたちが自らの経歴や生き方を語り、後半ではガイドの仕事や思考に紐づくテーマに対して、自分自身の考えやアイデアを画像・テキストで表現し送信。その場で講師や一緒にセッションを受けている中高生からフィードバックがもらえるという内容だ。ガイドはこれまでに詩人の谷川俊太郎やモテクリエイターのゆうこす、ホテルプロデューサーの龍崎翔子などが出演しており、今後は声優の梶裕貴や、社会起業家・安部敏樹などの登場も決まっている。

ガイド一覧:https://www.inspirehigh.com/guide

これだけ聞くと「ああ、10代向けのカルチャーセンターみたいなものね」と思うかもしれないが、そうではない。CINRAはテストマーケティング段階から全国の中学・高校と連携し、実際に生徒たちにサービスを使ってもらったうえで、「これは教育に役立つ」という確かな手応えを感じているという。

今回のインタビューでは、CINRA代表取締役の杉浦太一氏のみならず、テスト運用に協力した公立高校・長野県軽井沢高等学校(以下、軽井沢高校)の川上哲治氏もお招きし、「このサービスが10代にとってどんな役に立っているのか」というテーマで話をうかがった。

Inspire Highは「学習エンタメ」とどう違うのか

写真上がCINRA代表取締役の杉浦氏、下が軽井沢高校教員の川上氏

—— Inspire Highはどんな経緯で立ち上げることになったのでしょうか?

杉浦: CINRAを学生時代に立ち上げて15年ぐらい経ちましたが、メディア運営や企業・行政のウェブサイトや広告制作などのクリエイティブエージェンシー業務などを通じて「人や社会に新たな変化を届けたい」と思ってずっとやってきました。

教育関連事業は15年前の創業当初からずっとやりたいと思っていたんです。今37歳なのですが、2年ぐらい前から「もう『いつかやろう』とか言ってる場合じゃないぞ!」と思って本格的に準備を進めてきました。

Inspire Highは13〜19歳限定、いろんな人生を楽しむ大人の生き方を見てもらうのがコンセプトです。アーティスト、ビジネスリーダー、研究者など人生を極めた人の生き方を通じて、「こういう生き方もあるのか、面白そうだな」と思ってもらうことで未来への活力、好奇心を持ってもらえるように立ち上げました。準備期間中に国内外のいろんな学校に訪れ、世界中の教育がどうなっているかリサーチも力を入れてきました。

—— リサーチを重ねる中で印象的だったことは何ですか?

杉浦:Inspire Highとしても抱えている課題ですが、「テストの点数や偏差値で測れない能力や、好奇心をどれだけ持てたか」といった項目をどう評価できるのかということをずっと考えていますね。

この取り組みを始めるにあたって、アドバイザリーボードとしてサンフランシスコの実験的な中学校「ミレニアムスクール」校長のクリス・バルムさんや、デンマークの起業家養成学校「KAOSPILOT」校長のクリスター・ヴィンダルリッツシリウスさんなど、世界各国の先進的な取り組みを行う学校の方々に入ってもらっていますが、こうした学校は数値的評価をしない、重視しないところも多いです。成績表も実際に見せてもらいましたが、自分でつける方式なんですよ。「自分はこんな風に成長したと思う。次はこうしていきたい」という主観がまずあって、それに対して先生から客観的なアドバイスがもらえるイメージです。

—— 少子高齢化社会の日本において、ティーンエイジャーだけを対象とした月額制サービスというのは、正直マネタイズがなかなか大変なようにも感じてしまいます。ビジネスモデルはどう考えていらっしゃるのでしょうか。

杉浦:まだまだ試行錯誤です(苦笑)。この料金を支払うのは主に親御さんだと思いますが、このサービスが何と比較されるのかが重要かなと。エンタメでいえばNetflixのスタンダードプラン1200円なのか、教育でいえば海外留学にかかる何十万、何百万なのか、塾の月謝なのか。

やはり僕らとしては、「ライブ配信のエンタメ」ではなく「教育コンテンツ」なのであるという軸はブレないようにしていきたいと思っています。既存の学びよりずっと面白い、やる気になるサービスとして輝かせたい。料金体系も教育コンテンツとしてどうであるかを軸にアップデートしていくことも考えています。

株式会社arca CEOでクリエイティブディレクターの辻愛沙子さん回の模様

—— どのようにして会員を増やしていく予定ですか?

杉浦:3つ考えています。1つは、Inspire Highのコンセプト自体に共感してくれる、「いろんな生き方、働き方を知りたい」と思っているアクティブな中高生たちに広げていくために、学生団体などと連携しながら地道に広げていくこと。

2つめは、出演いただくガイドの方々に著名人が多いため、彼ら・彼女らのファンに体験いただき、楽しければそのまま継続していただくこと。

3つめは、中学や高校と連携し、授業で体験いただいて、気に入った人には会員になっていただく方法です。こちらはすでに総合学習の時間などに導入していただくケースは増えています。

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ポイントは「自分のやったことが受け入れられた!」という喜び

—— そうした中のテスト運用として、軽井沢高校の生徒さん有志にもサービス開始前から利用してもらっているということから、今回担当である川上先生をお招きしました。この取り組みはどんな経緯で決まったのでしょうか?

川上:杉浦さんとの最初の出会いは、2019年5月に長野県教育委員会が主催した「未来をつくる、アート思考」というSTEAM教育(科学・技術・工学・芸術・数学を教科横断的に学ぶ手法)を体験するワークショップです。

ワークショップではファッションデザイナーの山縣良和氏による「個性って何だろう?」という講演が行われたのち、絵本づくりを行った

そこでCINRAさんの取り組みと山縣さんのワークショップに感銘を受け、ワークショップ終了後に話をさせていただきました。その出会いがきっかけで今回、CINRAさんから声をかけていただき実現しました。新しい価値観に触れ「この経験を生徒にも体験してほしい」という衝動に駆られたことを今でも覚えています。

—— 軽井沢高校は公立校ですが、「ちょっと試しにやってみたい」と申し出てすんなりGOサインが出るものなのでしょうか?

川上:Inspire Highの良さが伝われば、先生方も協力してくれます。内容を丁寧に説明し、生徒にとって良いものだという話をしました。あとは配信が隔週日曜なので、休日のイベントとして興味ある有志は参加してね、というかたちで進められるのも良かったと思います。

—— 受講する生徒さんはどう集め、どんな風に受けているのでしょうか?

川上:僕自身も生徒と一緒にスマホを使って受けました。生徒たちにとってスマホはあくまで「遊び道具」だったので、スマホを使って学ぶことはすごく不思議な体験だったようです。

—— 生徒さんたちの反応はいかがでしたか?

川上:始めは勉強と遊びの中間という印象で不思議がってもいましたが、徐々に慣れてくると全員が「面白い!」と言っていました。ガイドに自分のコメントが読まれたり、作品提出をしてフィードバックをもらったりした時に「自分のやったことが受け入れられた!」という喜びが大きかったようです。

ただ、配信が日曜日のため、オフという感覚が強く、気持ちの切り替えが難しかったようです。「学校に集まるかたちでやってほしい!」という要望もありました。

—— 今の子は「オンラインで他人とコミュニケーションを取る」という意味ではLINEやSNSなどでつながってる実感はあるのでしょうが、それとは違う体験だったということですか?

川上:それらとは違う雰囲気を感じたため、メリハリをつけたかったのかもしれません。Inspire Highの場合、テストの点数では測れない部分を評価するので自分の価値観が変わり新鮮だったと思います。

オンライン上で様々な10代の子と繋がり、自分を表現して、フィードバックをもらえるという経験は「新しい世界を知った喜び」に似ていると思います。音楽で例えると「ギターが弾けるようになってきた時の喜び」みたいな感じでしょうか。

—— 「できるようになったから、誰かに聴いてもらいたくなる」というか。

杉浦:なるほど。Inspire Highのガイド陣には自信を持っていますが、単に有名人をブッキングしたら喜んでもらえるというわけではないんですよね。同じスマホを使ってYouTubeの有名人動画がいくらでもタダで観られるわけで。

自分でも最初はセッションに参加してみたんですけど、ワークショップで課題を提出する行為は「答えがない問い」なので、それをポンと出すのは大人でもドキドキする。1つのツイート、インスタ投稿とはまたちょっと違う自分自身の表現をすることになるんです。

以前、中学生から「親と一緒に観ているんですが、課題提出を通じて自分の考えを親に理解してもらえたような気がします」というコメントをもらってすごく嬉しかったということがありました。親子とはいえ本音が言えなかったりすることもあるけど、深い問いの答えを通じて「この子はこう感じていたのか」というコミュニケーションもあるんです。

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テストで測れない能力をいかに引き出すか

谷川俊太郎さん回でのアウトプットの提出とフィードバックの様子

—— YouTubeにはお試し版として詩人の谷川俊太郎さん回がアップされていますが、何より驚くのはコメント率の高さです。加えて「生電話で質問しませんか?」と番号を画面に表示するとすぐにかかってくる。「日本人はセミナーで全然質問しない」みたいなことがよく言われる中で、これはすごいことだなと。

杉浦:コメントのしやすさはとても意識しています。常連のメンバーが雰囲気を作っていて、コミュニティの質がすごく良いんです。自分自身のことを素で言える、深い悩みも話せる。中高生は大人以上にコミュニケーション能力を持ってる場合もあるんです。軽井沢高校ではどうでしたか?

川上:、あまり勉強が得意でない生徒がInspire Highでは面白い作品をつくったり、鋭い視点を持っているということに気づけたことは嬉しい発見でした。

杉浦:勉強ができるというのもひとつのスキルですけど、生きる力という意味はいろんな側面があるはずですよね。学校教育ではどうしても数値化しやすいところにスポットライトが当たりがちですが、そうでない場所にも光を当てられるようにしたいです。

—— 話は変わりますが、コロナ禍を受けてオンライン学習の意味合いが決定的に変わり、「サブ」から「メイン」にすら変わる可能性も出てきました。Inspire Highだからできることは何だと思いますか?

杉浦:確かに教員・生徒全員がオンラインと向き合う必要が出てきたという意味ではこうしたサービスへの理解が早まることもあるでしょうが、今は「そもそも通常やるべきだった勉強をオンラインベースでどう進めるか」の構築を優先させるべきだと思いますし、そのためのツールやコンテンツも日々新しいものが無料で出てきたりしています。

そうした現状で「Inspire Highいいですよ」と勧めて無闇に選択肢を広げすぎてしまうのもどうなのかな、と正直逡巡もしています。なので、まずは無理なく、Inspire Highに共感いただき、前向きに取り組んでいただける先生・学校と取り組みを広げさせていただきたいと考えています。

川上:現場はようやくオンラインを取り入れて試行錯誤を進めている状況ですが、教員が一生懸命オンライン授業をしたとしても、どうしても一方通行になりがちで、オンラインの「双方向」というメリットを活かせない部分があります。

僕自身も生徒とオンラインで繋がってみて、何か上手くいかないなと思ったことがあります。その時にInspire Highのことを思い出して「結局、子どもたちが表現する手段・場がないということなのか」とハッとしたんです。オンラインというツールを使って、そういう機会を増やしていきたいなと思います。

杉浦:ありがたいお話です。まずはオンラインの壁を超え、これまでの教科学習をどう復活させるか、あるいはより良いものにするかが喫緊の課題ですよね。そして一方で主体的な学び、自己表現をしていくことをどう推し進めていくか。まずもって生徒全員の家にネット回線があるわけじゃないですし、そういう意味では主体的な部分について「今はそれどころじゃない」となってしまう部分もあります。我々もどう支援していけるのか考えたいところです。

教室って黒板があって皆がそれに向かうっていう一方的な空間でしたけど、オンライン授業は極論すれば寝転がっていても受けられる。それは不適切な態度かもしれませんが、生徒からすれば自宅だと安心安全が担保されてリラックスできていて、主体的に学ぶモードに入りやすい可能性もあるんです。だからInspire Highではコメントが盛り上がるのかもしれないという部分もありますね。

Inspire Highのガイド陣

川上:あと課題と言えるかどうかわかりませんが、生徒自身が「オンラインでカリキュラムをこなすこと」にまだ慣れていない気がします。自宅では誘惑も多く、継続的に勉強するのは難しいようです。

—— 部活すら満足にできないところも多いでしょうし、自分が今中高生だったら確実にゲーム漬けになっていたと思います(苦笑)。

川上:部活だけでなくバイトもできない。生徒のストレスはかなり溜まっています。

—— そうした中で、Inspire Highはこれからどうなっていくのでしょうか?

杉浦:全日制の学校とのリレーションはもちろんですが、通信制の学校だと以前からオンライン活用が当たり前になっていたりするので、そことも連携していきたいですね。あとは今や大学入学者の半分ぐらいがAO・推薦入学になっているんですが、そういったところでも「偏差値じゃないところでいかに自分をアピールするか」が重要になってきます。そうしたサポート的なことはやっていきたいと思っています。

手前味噌ながらコンテンツはなかなか良いものができていると思いますし、ユーザー満足度のアンケートもほぼ100%満足したと回答をもらえています。先日資金調達もしたので、アプリの開発にも力をいれていきたいです。2020年は「これは面白い」と思ってもらうための作り込み期間だと思っています。

川上:教員の立場からリクエストをさせいただくと、隔週日曜日の放送時間以外でも何かできるコンテンツが欲しいですね。また、授業との連携も考えていただけるとありがたいです。平日昼間にやってしまうと録画放送になるのでどうしても一方通行になってしまいますし。

杉浦:日曜日以外の体験を作っていかなきゃとはずっと思っています。ただ「平日昼間に放送する」といっても全国の学校で同じ時間に授業してるわけではないので、一斉で揃えるのは難しいんですよね。加えて、放送内容だけではなくて受講者同士のコミュニケーションが面白いとなってくれればいいし、そういう流れにしていきたいです。

本当に川上先生みたいな人がいて助言してくださると、自分たちの思い込みで突っ走っているわけではないとわかって希望になります(笑)。「これで人生が変わった」「楽しくなった」という経験が世界中のティーンから生まれてくるということを目指しています。

FINDERS

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