足立区に"植民地"を拡大する「東京都北区」を紐解く 『これでいいのか東京都北区』
2021年6月6日(日)6時0分 キャリコネニュース
エッセイ漫画『東京都北区赤羽』(作:清野とおる)が人気になるなど、ここ最近注目を集めている東京都北区。下町のイメージが強い地域だが、高級住宅地のある滝野川や、桜の名所・飛鳥山のある王子を擁するなど、その魅力は幅広い。
それでも23区の中でもいまだにマイナー感が否めない。今回は書籍「これでいいのか東京都北区」(昼間たかし氏、鈴木士郎氏共著/マイクロマガジン社)の一部を紹介。北区の特徴を周辺地域・足立区と比較しながら解説する。(文:地域批評シリーズ編集部)
23区最悪のイメージはやはり足立区「闇が深い」
イメージの点では北区は足立区に明らかに勝っている。筆者が最初に足立区の取材を始めたのは、2006年。実力は似たようなものでも足立区民は北区に憧れる年の秋頃である。この頃の足立区のイメージは酷かった。
『文藝春秋』2006年4月号に掲載された佐野眞一の「ルポ 下層社会」。これをきっかけに、足立区に、これまで日本には存在し得ないことになっていた下層社会が存在していることが知られ、俄然注目を集めるようになったのである。
「地域批評シリーズ」の出版前後から実話誌などからも依頼を受けて、様々なディープスポットに足を運ぶことは、たびたびあった。そうした中でも「美味しいネタ」としてウケて、幾度も潜入したのは、竹の塚のテレクラだ。
21世紀だというのに、鳴り続ける電話。そのへんの主婦……というより、オバサンが見知らぬ男と路上で待ち合わせて、ホテルへ直行する光景。それが、当たり前のように繰り広げられていた。路上での待ち合わせ場所というのが、なにか規則でもあるかのごとく、団地の入口付近の駐輪場。
子供も老人も行き交う通りで、「援助交際」の男女が待ち合わせる。それが、真っ昼間から行われていたのである。最近、ネットスラングの一種として用いられる機会が増えたが「闇が深い」という言葉がぴったりの光景。それが、足立区の日常だった。
加えて、足立区は東京都が2003年度以降に実施した学力テストで最下位常連ということが、足立区=悲惨という図式に拍車をかけた。なにしろ2007年には、区教委が問題を公聴会で事前に配布する、一部の小学校、テスト中に答えが間違っていた場合に教師が指で指し示すなど、堂々と不正を行っていたのに最下位だったのである。
北区民は足立区民よりも優秀……かと思いきや
そんな悲惨な状況から、現在の足立区は幾分か回復している。犯罪率も多少は下がって、23区ワーストを脱する年もあるようになった。加えて、北千住はターミナルとして整備が進んだ。西新井のように巨大なマンション群が生まれて新住民が流入している地域もある。
そこまでなっても、足立区が北区よりも優れているかといえば答えは否である。そうなってしまう最大の理由は交通の便の悪さである。京浜東北線と埼京線。それに山手線に接続している地域もある北区は圧倒的に都心に近い。
対して足立区はといえば、どんなに便利なところに住んでも都心には遠い。北千住を経由して地下鉄半蔵門線や千代田線で都心まで直結しているように見えるが、やはり距離的優位は北区にある。
平日正午に出発した場合、北千住駅からは東京駅まで24分、新宿駅34分。対して赤羽駅からは東京駅まで17分、新宿駅14分となってる。いかに足立区が努力したところで地理的優位だけは覆らない。そして、新たな副都心が開発されたりして、都心の位置が移動することもないために北区と比べるとより都心に遠いという位置づけは固定化しているといえる。
それでは、都心から遠くて不便な場所ゆえに、かつてはヤンキーの巣くうバイオレンスシティのようにイメージされたままに、足立区にはヤバい人々ばかりがたむろしているのかといえば、そんなことはない。
2018年に実施された最新の全国学力・学習状況調査のうち公立中学の結果をみると正答率は次のようになっている。
国語A:足立区74.6 北区75.4(都平均74)
国語B:足立区60.1 北区65.0(同57)
数学A:足立区63.7 北区65.6(同67)
数学B:足立区44.2 北区42.1(同55)
どうだろう。北区は評判の悪い(というか最悪だった)足立区と大差がないばかりか、負けている項目すら存在するのだ。都心に近くてそれなりに閑静な住宅街もある北区。足立区に比べるとすべての面で優れた人たちが集まるのかと思えば、まったくそんなことはない。
とりわけ数学の弱さが致命的だ。この調査はそれぞれAとBに分類されているがBは主に応用力を問う問題。双方ともに数学的な応用力に弱いのだが、北区のほうがより致命的な状態にあることが推察される。学力が住民の質のすべてを示すわけではないが、これはひとつの指標になりえるだろう。
それでも北区の植民地化する足立区
北区はマンション名に見られるように足立区方面へと拡大している。もっとも、これは今に始まった現象ではない。もともと交通網に難のある足立区では北区とは密接に関わっている地域は多い。
都営バスと国際興行バスによって路線は新田・宮城・鹿浜・江北方面へと広がっている。とりわけ、新田と宮城は以前より北区の影響のほうが強い。この地域はもともとが荒川によって足立区の本体から切り離された中島のようになっている地域である。
そして、足立区のほうに入っても中心市街までは遠い。日暮里・舎人ライナーの開通によって多少は改善されたとはいえ、都心に行くならば北区側を経由するほうが近い。さらに最寄りの大きな街といえば赤羽か王子となる地域である。
だから、街そのものにも足立区の雰囲気がまったくない特異な地域として成長しているのだ。なので、新田や宮城の人たちが北区を名乗っても、まったく違和感はなかった。そこに近年の赤羽の観光地化による北区ブランドの成長をみて、足立区のほかの地域も加わっているというわけである。
中でも、もはや足立区であることを捨てて北区の一部になろうという志向が強いのが鹿浜である。マンションの名前に無理矢理でも王子という地名をつけるのは当たり前。不動産の広告でも最寄り駅が王子駅だとか王子神谷駅だと記しているところもある。
この地域はおそらく、ほとんどが舎人ライナーの西新井大師西駅か谷在家駅のほうが近いと思うのだが、それでも最寄りが王子駅、王子神谷駅と名乗るとウケが違う。ほとんど誇大広告の域に達しているような気がしないでもないが、背景には住民たちにも「うちもいうなれば北区ですよ」という意識が蔓延していることが窺える。
この鹿浜というところは、舎人ライナーが開通するまでは完全な鉄道不毛地帯だったところで、極めてディープな下町が広がるスポット。いわば足立区の保守本流のはずなのだが、ブランド力と利便性ゆえに躊躇なく北区の植民地となっているのである。
こうして、北区はどんどんとその植民地を拡大していく。そっちのほうが足立区の人々にとっても幸せなのだから、なにも問題はなさそうではあるが。
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本書では北区を板橋区や豊島区、日暮里エリアとも比較。北区の各エリアの特徴や、"北区のこれから"についても記載されている。一読の上、北区に上陸してみると、また違った見方ができるかもしれない。
■書籍情報
『これでいいのか東京都北区』
著者:昼間たかし氏、鈴木士郎氏
価格:980円+税
発行:マイクロマガジン社