日本のロックギターの概念を変えた布袋寅泰、唯一無二のスタイルを裏付けるギタープレイとサウンドメイクを紐解く
2024年6月11日(火)6時0分 JBpress
(冬将軍:音楽ライター)
90年代から現在までの、
唯一無二のギターを持つシルエットのギタリスト
弧を描くように弦をはじく右手の軌道、リズムに合わせて軽やかに上がる脚、ダンスするようにギターを弾く姿……。その姿に憧れ、学校の掃除の時間、ほうきをギターに見立て思いきり右手を振り回してみたり、ギターの練習よりも窓ガラスに映るギターを抱えた自分の姿を見ながら、あの華麗なステップの練習をしたり……そんなロック少年たちがどれほどいたことだろうか。
ギタープレイは言わずもがな、多くのギターキッズ、ロックファンが憧れる“ギターを抱えた唯一無二のシルエット”を持つギタリスト、布袋寅泰——。
バンドのギタリストとしての活動よりも、自らボーカルを取るソロアーティストとしての活動期間のほうが圧倒的に長い。しかしながら、やはり布袋はギタリストなのである。今年5月に行われた吉川晃司との伝説的なユニットCOMPLEXによる、能登半島地震の復興支援ライブ『日本一心』。久しぶりにギタリストに徹した布袋の姿に心踊らされた当時のギター少年たちは多かった。そして、初めて生“ギタリスト・布袋”を体感した世代も多くいたことだろう。
本連載では日本のロックシーンを語る上で、ヴィジュアル系ロックバンドの存在が外せないこと綴ってきた。そんなロックバンドのサウンドを大きく彩っているのは言うまでもなくギターである。過去に「BOØWY無くして現在の日本のロックシーンはなかった」という旨を述べたわけだが(ヴィジュアル系カリスマ列伝:第2回「日本のロックバンドの雛形となったBOØWY、その理由とヴィジュアル系への影響」)、それはイコール「布袋のギター無くして現在の日本のロックシーンはなかった」と言っていい。“布袋登場以前/以降”と表せるほどに布袋のギターは日本のロックギターの概念を変えてしまった。
メタルでもハードロックでもブルースでもない。当時の最先端であったニューウェイヴの流れを汲みながらも斬新なプレイと独自性に溢れたサウンドは、センセーショナルを巻き起こした。クールなのにクレイジー、スタイリッシュに見えてアバンギャルドという唯一無二のギタースタイルを紐解いてみる。
誰もが歌えるキャッチーなギター
80年代は海外ではLAメタル、日本ではジャパメタ(ジャパニーズメタル)と呼ばれたムーヴメントが隆盛し、ハードロック/ヘヴィメタルのテクニカルギターが人気であった。多くのギタリストは英国製のマーシャルのギターアンプを爆音で鳴らし、深く歪んだディストーションギターで誰が一番速く弾けるか競い合っていた。そんな時世で日本製のローランドのアンプ、ジャズコーラスのクリーントーンでカッティングをキメていたのが布袋だった。
当時のギター少年たちの多くは、タッカン(高崎晃/LOUDNESS)派か布袋派かに分かれた。高崎の速弾きと布袋のカッティング……比べようもないまったく異なるプレイスタイルだが、どっちが上手いとか、難しいとか、お互いのファン同士が競いあったものである。ただ、高崎のプレイは相当な練習が必要なことは誰の目にも明らかであったが、布袋のギターはなんか弾けそうな気がしたのだ。実際は譜面通り弾いても、本人のようにはならないのが布袋ギターの難しさであるわけだが。
そんな布袋のギタープレイの大きな特徴といえば“歌えるギターフレーズ”である。「IMAGE DOWN」、「わがままジュリエット」「B・BLUE」「Marionette」……歌に入るまでもなく、いきなりスッと耳に入ってくるキャッチーなイントロは、サビと同様な存在であると言っていい。そしてそれは歌メロディを踏襲していくようなギターソロ然り、聴いたら弾きたくなる、ギターに興味がなくとも印象に残る、メロディアスで誰もが口ずさむことのできる、歌えるギターだ。
なぜ布袋のギターはキャッチーなのか。ロックギターのセオリーに“ペンタトニック・スケール”と呼ばれる音階がある。通常のメジャースケール7音から、4、7番目の音を除いた5音で構成されるスケールだ。ロックやブルースのギターソロにおいて使用頻度の高いスケールで、いわゆるロックギターっぽいフレーズと感じるものの多くはこのスケールが使用されている。
しかしながら布袋の奏でるフレーズにはこのスケールがほとんど使用されず、通常の7音階にて構成されているのだ。これは「音階は音が離れていないほうが耳馴染みがいい」「ギターソロは聴き手を驚かせるのではなくほっとさせたい」「アドリブっぽくならないように」というこだわりでもあり、本人曰く“簡単だけど耳に残るフレーズ”の根幹にあるものだ。
ヴィジュアル系っぽいギタープレイとサウンドメイク
こうした布袋のギタープレイ、“キャッチーなイントロ”と“クリーントーンのカッティングプレイ”は日本独自のビートロックを象徴するギターサウンドの代名詞となった。そこにマイナー調のメロディと退廃的な雰囲気が加わると、“ヴィジュアル系っぽい楽曲”になる。
BOØWY「Marionette」(1987年)は、キャッチーなギターのイントロに始まり、刹那メロディとソリッドなバンドサウンドが織りなすミステリアスで退廃的な雰囲気の楽曲。まさに後年の黒服系、ヴィジュアル系シーンへと繋がる重要曲である。BUCK-TICK「悪の華」(1990年)、D'ERLANGER「DARLIN’」(1990年)、DIE IN CRIES「MELODIES」(1992年)、黒夢「for dear」(1994年)など、「Marionette」なくしては生まれなかったであろう名曲がシーンに数多く存在している。
そして、ギター1本での表現の可能性を広げたことも布袋の凄さだ。それまで我が国のロックバンドといえば、ザ・ビートルズやローリング・ストーンズ、ベンチャーズの人気によって巻き起こった60年代のGS(グループサウンズ)ブーム、そして、CAROLやRCサクセションといった70年代のバンドをはじめ、その多くはボーカリストもギターを弾いていたり、リードギター&リズムギターといった、ギタリストが2人いるツインギター編成だった。加えて、80年代に入るとシンセサイザーの普及により、キーボードメンバーを入れることでサウンド面の拡がりと華やかさを持たせるバンドも増えていく。
そうした中で、布袋は華やかで拡がりのあるフレージングとシンセサイザー的な多彩な音色を含め、楽曲アレンジのすべてをギター1本で担う新たなロックギターの可能性を導き出したのである。特に、ダビングなどを駆使したスタジオ音源とは異なり、すべてギター1本で完結するライブアレンジは秀逸だ。
プレイはもちろんのこと、時にギターとは思えぬサウンドを出すことで周りを驚かせた。『風の谷のナウシカ』に登場する王蟲の鳴き声を担当したことはその代表例だろう。“エフェクタリスト”という言葉が生まれるほど、エフェクターを駆使した多彩なサウンドを繰り出すことがシーンにおけるひとつのスタイルにもなった。BUCK-TICKの今井寿、DIE IN CRIESの室姫深といった、飛び道具なサウンドを武器とするギタリストたちの多くは布袋の影響を受けていた。“ヴィジュアル系にはエフェクターを多用するギタリストが多い”というのは現在にも通じるところだ。
先述の「Marionette」同様、空間系エフェクトの掛かったクリーントーンの煌びやかなアルペジオやソリッドなカッティング、そして、トリッキーなエフェクターの使い方は、ヴィジュアル系っぽさを感じるギターサウンドの代名詞にもなっていったのである。
アバンギャルドなギタリストとして
布袋のギターの特異性を知ることができるのは、なにもBOØWYだけではない。布袋はスタジオミュージシャンとしての活動も勢力的に行なっており、特にBOØWYの本格的なブレイク直前にあたる1985年から86年にかけて、多くの布袋ワークスの作品がリリースされている。
吉川晃司や泉谷しげる、さらにはPINK『PINK』(1985年5月)、中島みゆき『miss M.』(1985年11月)、大沢誉志幸シングル『クロール』(1986年5月)、松岡英明『Visions of boys』(1986年11月)……といった、幅広いアーティストの制作に関わっている。どの作品においても一聴して「布袋のギターだ!」とわかるほど、個性が爆発している。いい意味で荒削りでアブない香りがするプレイは、当時23〜
前々回(ヴィジュアル系カリスマ列伝:第13回「吉川晃司と布袋寅泰によるスーパーユニット、COMPLEXが再びステージへ…彼らの稀有な音楽性とシーンに与えた影響」)COMPLEXを取り上げた際に、布袋が吉川晃司の作品に深く携わったことがCOMPLEX結成に繋がったことに触れた。そして、吉川同様に布袋ワークスで欠かせないのが山下久美子だ。1985年リリースのアルバム『BLONDE』にギタリストとして参加以降、『1986』(1986年)、『POP』(1987年)、『Baby alone』(1988年)と、“ロックンロール3部作”と呼ばれる名盤を作り上げた。
中でも『POP』は、BOØWY以外での布袋のオリジナリティ溢れるギターを存分に堪能できる、ギターをコピーしたくなるアルバムとして、布袋ファンに広く知られている作品だ。
さらに布袋のアバンギャルドでトリッキーなギターの原点というべきアルバムがAUTOMOD『DEATHTOPIA』(1985年1月)だ。AUTOMODはイギリスのゴシックロック、ポジパン(ポジティヴパンク)を日本に持ち込んだパイオニア的存在であるが、メジャーデビューを果たした本作では、ギターをはじめとしたサウンドプロダクトの全てを布袋が担当している。GENETの怪しいボーカルと、エッジを効かせながらアバンギャルドに炸裂する布袋のギターが、作品を通してのダークな雰囲気も相俟って中毒性を帯びる歴史的名盤である。言わずもがな、ゴシックロックは日本ではのちにヴィジュアル系シーンへ大きく影響していくわけだが、その大元にある作品を布袋が手がけているのだ。
永遠のギターヒーロー
そして布袋のギターを語る上で欠かせないのは布袋モデルのギターだろう。後年“GUITARYHTHM柄”、“G柄”とも呼ばれるようになった格子柄の幾何学模様が施されたフェルナンデスのシグネイチャーギター“TE-HT”は、アーティストモデルブームの先駆けにもなった。シンプルながらもインパクトの強いあのペイントに憧れ、みんなペンキを片手にギターを塗りまくったものである。
そんなみんなが憧れた布袋モデルの最新ギターが、先日のCOMPLEXのライブで登場した。見慣れた布袋モデルのようで細部の仕様が異なっていることが、コアな布袋ファンのあいだで話題になっている。これに関してはオフィシャルからの発表がまだないので楽しみに待ちたい。
シーンに大きな影響を与え、デビューから40年以上経つ今でもギターキッズ、少年たちの心を熱くさせ続ける永遠のギターヒーロー、布袋寅泰である。
筆者:冬将軍