鎌田實氏 古希を前に「70歳の壁」をどう越えるか考えた

6月15日(金)7時0分 NEWSポストセブン

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

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 長い人生を送るなかで、人はいろいろな節目を迎える。先人の知恵を借りたいところだが、長命が珍しくなくなったいま、どのような70歳、80歳になるかを誰もが模索している状態だ。今年、古希を迎える諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、70歳の壁について考えた。


 * * *

 僧侶の高橋卓志さんは、みんなから「ジンさん」と呼ばれている。長野県松本市にある神宮寺の住職だからだ。臨済宗妙心寺派のれっきとしたお坊さんだが、ジンさんに宗派を尋ねると、「みなのしゅう」とダジャレが返ってくる。


 ジンさんとぼくは同い年。ともに今年古希を迎える。つきあいも長い。ぼくが代表をしている日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)では、発足当初、事務局長をしてもらった。JCFの財務基盤や人脈をつくったのはジンさんだ。


 東日本大震災の直後は、諏訪中央病院の医師や看護師らと一緒に被災地に入って、後方支援に当たった。まだガレキの散乱する町で、毎朝早く、彼は体育館の遺体安置所へ赴き、お経をあげた。突然、命を奪われた人たちと、その死を必死に受け止めようとする遺族たちにとって、どんなに心の慰めになっただろうか。その読経は、今もぼくの脳裏に響いている。


 そんなジンさんは、神宮寺の住職を父親からしぶしぶ継いだ。「何も考えずにお経をあげるだけの眠ったような坊主だった」と、当時の自分について語っている。


 彼を変えたのは、南方の島に埋まる戦没者の遺骨収集の旅。ニューギニア北西部にあるビアク島に眠る日本兵の遺骨と、遺族の女性の嗚咽。このとき、人の苦しみや悲しみに寄り添う覚悟ができたという。


 まず、形骸化した葬式仏教に異を唱えた。「坊主丸儲け」体質を改善するため、お布施など寺の経済を全面公開。透明性を高めた。そうした彼の主張が大手新聞の記事になると、賛否両論となった。一般読者からはおおむね賛同だったが、同業者からは批判が多かった。


「そりゃオマエの寺みたいに、肉山ならなんでもできる。オレの寺は檀家数が少ない骨山。寺じゃ食っていけないから、他所に勤めてその給料を寺につぎ込んでいるんだ」


 この手の批判が多く届いた。


 おもしろいのは、坊さん仲間では、裕福な寺のことを「肉山(にくさん)」と呼び、財力の乏しい寺のことを「骨山(こっさん)」と呼んでいるらしいこと。骨肉の争いならぬ、骨肉のやっかみである。しかし、彼にはそんな批判も想定内だった。寺の収支をオープンにしながら、檀信徒の寄付に頼らず、寺としての本当の役割とは何かを問い続けた。


 そんなジンさんの活動に、ぼくはいつも驚かされてきた。そして、今年、彼の決断を聞いて、またまた驚かされてしまった。5月の連休明けに、神宮寺の住職をすっぱり辞めたのだ。10年前から彼は、世襲はしないと宣言。若い後継者を育ててきた。いくつも立ち上げて軌道に乗せたNPOも、きれいさっぱり人に譲り渡した。


 一般に50歳くらいから体力が少しずつ落ち、仕事のスピードも遅くなっていく。その代わりに雑務は増えていき、もどかしさが募っていく。


 情熱を傾け、必死にもがいていたころと違い、60代になるとある程度、やってきたことの成果を得ることができる。人生の達成感は得られるが、同時に、自分でつくった形に縛られて、がんじがらめになってしまう。そんな焦りが壁となって、目の前に立ちはだかる。70歳の壁である。


 自分で築いてきた「城」に安らぎを感じるならば、それはそれでいい。でも、もっとおもしろく生きたいと願うならば、やはり冒険に出たいとぼくは思う。「まあまあ幸せだから、いいか」というような中流の呪縛から抜け出したい。


 ジンさん自身はとりあえず、妻の実家がある京都に引っ越した。龍谷大学で教壇に立ち、年の半分はチェンマイのパーヤップ大学で仏教を学びながら修行するという。


 友人として、収入や暮らしのことがちょっと心配になったが、ジンさんはこれも修行の一つと思っているようだ。


「自由でいいですよ。ワッハッハ」


 すっかり身軽になったように、ジンさんの声は軽やかだ。


 ミツバチの群れは、ある程度大きくなると、一部が分かれて、新しい巣をつくるために飛び立つ。分蜂という。春ごろ、蜂の黒い一群が飛び立っていくのを見たことがあるだろう。


 興味深いのは、古い巣に残るのが若い女王蜂ということだ。経験の浅い世代には、リスクの少ない環境で生き延びてもらうというのが、ミツバチの生存戦略なのだろう。その代わり、経験のある女王蜂は古い巣を捨てて、新天地を探すのだ。


 大切なのは、自由な自分を常に意識すること。70歳の壁を越えて、限りある人生をどう謳歌するか。これはまさしくワクワクする冒険である。ジンさんの新しい門出に、友人として拍手を送った。


●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『人間の値打ち』『忖度バカ』。


※週刊ポスト2018年6月22日号

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