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“ラクダ丼”を食す至福のひととき——高野秀行のヘンな食べもの

文春オンライン6月20日(火)17時0分

イラスト 小幡彩貴


 ラクダ肉は中東やアフリカでも決して一般的な食材ではない。


 妻とチュニジアに行ったときも探すのに苦労した。レストランや食堂のメニューには全く存在しない。そこでトズールという砂漠の町へ行ったとき、途中のバスで知り合ったブバケルという若者に「調理してほしい」と頼んだ。


 トズールに朝、到着すると、さっそく市場へ。生きたラクダが食用として売られていたが、ほとんどが頭の高さが二メートル未満の仔ラクダ。訊けば、一歳が日本円で約四万八千円、二歳が六万円とけっこういい値段。さすがに一頭買うわけにいかないので、肉は肉屋で購入。一キロざっと五百六十円。この肉をいったんブバケル君に預けた。



ラクダの肉は存在感大


 昼頃、彼の自宅を訪問すると、お母さんがラクダのクスクスを作ってくれていた。イスラムの作法では成人男子しか客人と食事をしないので、ブバケル君とお父さんと四人でちゃぶ台のような低い食卓を囲む。チュニジアも田舎の一般家庭は床にすわるのだ。


 クスクスはじゃがいも、にんじん、青とうがらしがゴロンとのっかっていて素朴だが、意外にも店で食べるより辛みもスパイスも控えめ、つまりマイルドで美味しかった。肝心の仔ラクダ肉は……固かった。「大人のラクダは固すぎるから食べない」とブバケル君。今朝捌いたばかりの新鮮な仔の肉がこれでは無理もない。


 正直固いだけでなく、肉汁も乏しいが、噛みしめると淡泊な中にも一本筋の通った味わいで、窓が少ないけれど涼しく落ち着いた石造りの家によく似合っていたことを思い出す。


 その後、ソマリアの中にできた“自称独立国家”のソマリランドへ通うようになると、ラクダ肉はとても身近なものになった。というのも、ソマリランドはもし「国家」として認められるなら、世界で最もラクダの輸出量が多い国になると言われるくらいラクダの飼育が盛んだからだ。


 それでもやはり一般の食堂には置いていない。町の人間は「ラクダ肉は固い」と敬遠する。日頃は「ラクダこそ俺たちソマリ遊牧民の象徴だ」とか言っているくせに。


 一度だけ「毎日ラクダ肉を食べている」というおじさんに会ったことがあるが、「だから俺は子供を十二人作れたんだ」と自慢げ。どうやらラクダは半分野生動物的な扱いらしい。固くてうまくないけれど食べると精がつく、というような。


 ラクダ肉を食べたければ、ラクダ料理専門の食堂に行くしかない。そこはいかにも田舎の出という雰囲気の人たちで賑わっている。


 食べ方は、煮たラクダ肉の塊をナイフで切ってピリ辛のトマトソースにつけ、パンと一緒に食べる。ただそれだけ。よく煮込んであるせいかさほど固くはないが、肉質がむっちりとして、飲み込むと胃袋にずしんと来る。野菜などの付け合わせは何もないし、一回食べたら「もう、いいや」という気持ちになる。


 むしろ私のお気に入りは「ラクダ丼」。一部のラクダ食堂では肉の塊を煮込んだ汁とクズ肉をご飯にぶっかけて出す。見てくれも味わいも日本の牛丼に似ている。こちらは味つけに軽くカルダモンを利かせ、千切ったレタスを散らしている。さらにライムをたっぷり搾ると、重たいラクダ肉が一気に爽やかな昼飯へ変わる。値段も軽やかで一杯百円しない。



ソマリランド名物の「ラクダ丼」


 唯一残念なのは、現地の友人をこの店に誘うと「うーん、今日はラクダはいいや」と必ず言われることぐらいか。誇り高きラクダ遊牧民の末裔のくせに!と思いながら、私はひとり、木陰の食堂で至福のひとときをすごすのであった。



(高野 秀行)

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データ提供元:アニメキャラクター事典「キャラペディア