BIGLOBEトップBIGLOBEニュース

行動経済学が教える 損しない感情コントロール術

文春オンライン6月20日(火)11時0分

人間の脳では感情と理性の2つのシステムがはたらいている。その関係と役割を知って賢く生きよう


◆ ◆ ◆


「限定品」とか「タイムセール」というおいしい言葉に乗せられ、つい衝動買いをしてしまって後悔したり、逆にたくさんの選択肢についてじっくり考えすぎて、結局何も決めることができなかった経験はないだろうか。


 ものごとを判断し、何かを決定するときには、直感や感情に訴えられてすることもあれば、よく考えてすることもある。このように、人の判断や決定は脳内の2つのシステムで担われている。心理学者や脳科学者は、それらを、それぞれシステム1とシステム2と名づけた。古来言われている感情と理性の協働や対立という図式であるが、最近の心理学や脳科学は、二重過程理論の枠組みの中で深く考察している。


 システム1は感情や直感のことである。それは無意識のうちに自動的に発動し、素早く、労力をかけずに、判断を下し、同時並行で複数の作業をこなすことができる。知覚と記憶という自動的な活動も含まれる。かたやシステム2は、思考・理性・論理を担う。システム2の起動は意識的に行なう必要があり、時間がかかり、労力やエネルギーを要する。また、一時に1つの作業しかできない。システム1は常に働いていて、スイッチを切ることはできないが、システム2は、怠け者であり、なかなか起動しないし、起動しても長続きしないという特徴がある。


 システム1は素早く判断して、直ちに行動の指針を与えることができるという大きな長所を持っている。システム2が時間をかけて結論を出していたのでは間に合わないような切迫した状況において、システム1はきわめて有能である。たとえば、ヘビのようなモノを見たら怖いと思い、すぐ逃げるという決断をさせるのは、システム1の働きである。このとき、本当にヘビだろうか、毒はあるのかないのかなどとシステム2が判断するまで逃げずにいたら、噛まれて致命傷を負うかも知れない。それがたとえヘビでなく単に縄だったとしても、とりあえず逃げるのが得策であり、その行動を引きおこすのはシステム1なのである。


 日常の買い物や世間話なら、いちいちシステム2による熟慮を経なくても、システム1の直感的な素早い判断で十分に用が足りる。しかし、重要な決定においては、よく考えて決定する、すなわちシステム2を働かせることが必要である。システム1に信頼を置き、特定の分野での経験や学習で培われた直感を信じる人も多いだろう。もちろん、長年専門的な経験を積んできた分野に関してなら、システム1の判断に頼っても問題が生じないことも多い。


 しかし、システム1はすぐに決められるという長所を持つ反面、間違いを犯しやすいし、バイアスがかかりやすいという弱点がある。システム2には、システム1の判断・決定を評価し、それを受け入れてゴーサインを出したり、逆にシステム1の判断や決定を覆すという重要な役割がある。また、目先の欲望に負けない自己規制(セルフコントロール)もシステム2の仕事である。


理性は感情を支配できない


 このようなシステム1とシステム2の関係は、行動経済学者がよくするように、「象」と「象使い」になぞらえるとわかりやすいだろう。システム1は「象」であり、システム2は「象使い」である。象は象の都合や事情で行動することがよくある。象使いは象を自分の都合にあわせてコントロールしようとするが、なかなかうまくいかない。象は大きく力が強いため、いったん暴走すると歯止めが利かないこともある。象使いが疲れていたり集中できなかったりする時や、どうしたらよいかわからない時にも、象のコントロールに失敗する。理性的なシステム2が感情的なシステム1を支配できるとは限らないのである。



象が「システム1」、象使いが「システム2」 ©iStock.com


 また、時間的制約(タイムプレッシャー)が強いと、システム1の判断をシステム2が修正できないために間違いが起こることもある。次の問題に3秒で答えてみてほしい。「ノートと鉛筆を買った。合計110円で、ノートは鉛筆より100円高かった。それぞれいくらか?」。「ノート100円、鉛筆10円」と思った人が多いのではないだろうか。少し考えればこの答えは間違いだと気づくが、3秒で答えなさいと言われると、直感的にノート100円、鉛筆10円という答えが頭に浮かぶ。ところがそれが正しいかどうかをシステム2で検討する時間がないのが、誤答の原因である。この他にも、知識の不足や考えることが苦手といった理由で、システム2がシステム1の誤った判断を修正できないことがある。



感情は損が嫌い


 システム1はバイアスを生じさせ易い。人の認知や判断はたいていバイアスがかかっていると言ってもよいが、その中の1つに「損失回避性」という、たいていの人が持っている性向がある。損失回避性とは、何かを得ることよりも、それを失うことに対する心理的な拒否感が強いことを言う。たとえば、1万円もらえるのと1万円払わなければならない確率が半々であるようなくじがあるとすると、たいていの人はそのくじを引くのを拒否する。1万円という金額は同じであっても、それを得る場合と失う場合とでは、失う方がはるかに重く感じられるからである。では、失う額が1万円である時、得られる金額がどのくらいであれば、くじを引くであろうか。行動経済学者の研究によると、2万円から2万5000円くらいである。つまり、失う金額がもたらす「痛み」は、同一の金額が得られる場合の満足より2倍〜2.5倍の重みがあるのだ。これが損失回避性であり、何かを得ることよりも、それを失うことを避けたいという心理傾向のことである。


 人類は、遡(さかのぼ)ること数万年から数十万年もの間、食料や物が不足する環境で生きてきた。そのような環境では、獲得した食料を失うことは、生命を直接危険にさらしかねない。食料をより多く得ても貯蔵はできないし、他人に取られてしまうかもしれないので、より多く獲得するより、あるものを失わない方がはるかに重要なのである。集団の中での自分の地位を失ったり、村八分にされたりすることも、同様に生存を脅かす避けるべき事態である。したがって、損失を避ける傾向はわれわれの心に染みついているのである。物があふれ、余分な物までため込み、食料まで惜しげもなく捨てるようになった現代の生活からは想像しがたいのだが、そうなったのはごく最近のことである。サルやトリなどの動物でも同じ性向が見られることがわかっている。損失回避性は本能としてわれわれの脳や心に刻み込まれているのだ。すなわちシステム1は、「損失を避けろ」と直感的に命じるのである。


 また私たちは稀少品、限定品、タイムセールなどに弱く、買っておかないと損だと思ってしまう。こういった宣伝文句や売り込みに接すると、つい飛びついてしまうのも、損失回避性のゆえである。


 損失回避性は選択行動に大きな影響を及ぼし、さらに別のバイアスを生むことがある。「サンクコスト効果」という現象を考えてみよう。サンクコストとは、既に費やしてしまって、もう回収不可能なコストのことである。コストには金銭ばかりでなく、時間や労力も含まれる。合理的であるためには、サンクコストを無視して選択を行なうことが必要なのだが、もう取り戻せないサンクコストにとらわれてしまって合理的選択ができないのが、サンクコスト効果である。たとえば、バイキング料理でついつい食べ過ぎてしまうことはないだろうか。バイキングに3000円払ってしまったら、もうこのコストは戻ってこない。そこで、合理的な選択は、この3000円のことは忘れて、どれだけ食べれば良いのかだけを判断して行動することである。カロリー摂取量を気にしていたり、ダイエット中だったりしたら、そこそこで止めればよいのに、つい食べ過ぎてしまう。元を取らないのは「損失」だと判断して、損失回避性が強く働くからである。



©iStock.com


 私たちは決まり切った同じことをすることが多い。同じ店で同じものを食べ、同じ通勤ルートを使い、同じ人と話す。ネットやスマホのプランを一旦契約したら、同じプランを続ける。仕事や趣味のように少しは違うことをすることもあるが、大きな変化はしないし、望まない。それが一番気に入ったものだから、そうするということもあるが、実際は慣れ親しんだものから離れられないのだ。私たちは変化を好まず今のままでよいと考えがちだ。


 現在の状態から脱却して新しい状態に移ることには、リスクとコストが伴う。いつもの店ではなく、新しい店で食事をすることには、おいしくないかもしれないというリスクがある。つまり、変化にはコストやリスクが伴う。このリスクやコストは損失回避性によって過大評価されがちである。また、現在の状態を失うことはやはり損失と捉えがちである。ここでも損失回避性が働き、結局、変化しない、すなわち現状のままでいる方が選ばれることになる。このように現状維持を肯定したり、保守的になってしまうのも損失回避性が原因である。



理性がないと、カモられる


 成熟した資本主義社会では、必需品は十分足りている。そこで企業は必ずしも必要ではないものを、あの手この手で売ろうとする。よくある売り込み方法はシステム1に売ることだ。それに対してはシステム2を十分に働かせて、本当に必要なのか、今買うべきなのかをきちんと検討するほうがよい。ただし、いつでも考えればよいのではない。困った人を助ける場合には、システム1に頼ったほうがよいこともある。川で子どもが溺れているような時、子どもを助けた人のインタビューを見ると、よく考えずに咄嗟(とっさ)に飛び込んでいることがわかる。こんな場合には、システム1にしたがう方がよい。


 人類は何万年、何十万年の間、食料が豊富とはいえず、野獣などに襲われる恐れのある環境で、数十人から100人ぐらいの仲間と集団生活を営んできた。人は、そういった世界で生存して、子孫を残すことに適応している。つまり、そこではシステム1で直感的に判断し行動することで十分だったわけだ。目の前に美味しそうなものがあれば飛びついて食べる。怖いと思うものや場所には近寄らない。仲間が困っていたら助ける。それらはすべてシステム1の判断にしたがっていても問題はおこらない。そこには、限定品やお得セールもないし、脅迫じみたやり方でものを売ろうとすることもない。詐欺師もいないし、他人の貢献にただ乗りしようとする人もおそらくいない。自動車もコンピュータもインターネットもSNSも存在しない。


 もしかしたら、人類が進化してきたこのような環境では、システム1だけに頼って生きても、十分な暮らしを営むことができたかもしれない。そのような生活の方が、複雑で生き馬の目を抜くような現代社会で生きるより、ずっと幸福だった可能性もある。残念ながら、現代社会ではシステム1だけでは満足のいく生活はできない。システム2を十分に働かせる必要があるわけだ。



©iStock.com


 では、システム1が引き起こしやすい認知や判断のバイアスをなくし、売り込みや宣伝文句の誘惑に負けないようにすることはできるのだろうか。システム2の出番であるが、システム2をどのように働かせればよいのだろうか。残念ながら、システム1の間違いやバイアスを完全になくすような特効薬は存在しないのであるが、軽減する方法はある。簡単に見ておこう。


 第1に、「バイアスは誰にでもある普通のことだ」と考えることである。自分がバイアスを持っているからといって知的に劣っているのでもなく、恥ずかしいことでもない。バイアスは誰にでもあり、自分だけ特別なわけではないのだ。だからといって安心してバイアスを見過ごすのではなく、人間誰しもが持っている弱点の1つだと捉えればよい。


 第2に、どんなバイアスがあるのか知ることである。ここでは損失回避性とそれから派生するサンクコスト効果しか取り上げなかったが、どんなバイアスがあり、どんな間違った判断をしやすいのかを知っておくことは、バイアスを防ぐための重要な一歩である。


 第3に、外部者や第三者の意見を参考にすることである。人の判断にはシステム1、すなわち感情がきわめて大きな影響を及ぼす。しかし意思決定の当事者ではない第三者や外部者は、意思決定にまつわる感情の影響が全くないか、小さくて済む。そこで、当該の意思決定問題とは無関係な人に、判断の良し悪しを判定してもらうことは、バイアスのかかった判断を免れる有力な方法なのである。その際には、判定結果を確実にフィードバックしてもらわなければならない。


 第4に、判断から実行までの間に意識的に時間をおくことである。そしてその間に自分の決定をもういちど見直すことが重要である。なぜなら、時間をおくことで、当初持っていた感情が薄まるからである。怒りや不機嫌、後悔、がっかり、あるいは浮かれた気分や高揚感、さらにひらめきや第六感など、われわれの意思決定に大きな影響を及ぼす直感・感情は、ふつうは時間が経てば薄くなる。その間に以前の判断や決定を再検討すれば、当初はバイアスがかかっていた判断を見直すことができよう。


 第5に、専門知識を身につけること、特に数学や統計の知識を得ることが大事である。統計学の知識があれば、相関と因果の混同などの初歩的な誤りを犯し、因果関係を無理矢理考え出すこともなくなる。初歩レベルでよいので、経済学や自然科学の知識もなるべく身につけておきたい。




本稿は拙著「ワークスタイルの行動経済学」および『感情と勘定の経済学』(潮出版社)を参考にした。







(友野 典男)

はてなブックマークに保存

最新トピックス

トレンドトピックス

芸能写真ニュース

旬なニュースを配信中 フォローしてね!

注目ワード

話題の投稿画像

ページ設定

注目ニュース
小林麻央さんの訃報情報を垂れ流した井上公造と「親族と名乗る者」に批判殺到! 直撃取材でわかった看過できない真相 tocana6月24日(土)7時0分
がんで闘病中だったフリーアナウンサー・小林麻央さん(享年34)が、22日に亡くなった。[ 記事全文 ]
“胸丸出し”大胆すぎる女性用水着に困惑 ナリナリドットコム6月13日(火)13時1分
夏。青い空、青い海、かわいい水着……。気温も高くなり、そろそろ今年の水着を買わなければ、と思う人もいるはずだが、ある意味でセクシー、だが変…[ 記事全文 ]
中居正広は“人質”にされた!? 元SMAPメンバー退所の対応で見えてきたジャニーズ事務所の思惑 tocana6月24日(土)8時0分
元SMAPメンバーである香取慎吾、稲垣吾郎、草なぎ剛の3名が今年9月の契約満了をもってジャニーズ事務所を退所することが発表された。[ 記事全文 ]
肉体関係がなくても慰謝料が発生するケースはある? シェアしたくなる法律相談所6月4日(日)22時40分
*画像はイメージです:https://pixta.jp/不倫といわれると、「配偶者以外との肉体関係を結んでいる」と考える人が多いのではない…[ 記事全文 ]
電池を抜いても勝手に動くし勝手にしゃべる。クリティカルホラーな人形が発見されるってほんとかよ! カラパイア6月20日(火)22時30分
以前、カラパイアでは「ペルーのアナベル」と呼ばれる呪いの人形についてお伝えした。[ 記事全文 ]
アクセスランキング
1 小林麻央さんの訃報情報を垂れ流した井上公造と「親族と名乗る者」に批判殺到! 直撃取材でわかった看過できない真相tocana6月24日(土)7時0分
2 中居正広は“人質”にされた!? 元SMAPメンバー退所の対応で見えてきたジャニーズ事務所の思惑tocana6月24日(土)8時0分
3 「アレがよかった…」忘れられない男の共通点を調査してみた!週刊女性PRIME6月11日(日)21時0分
4 “胸丸出し”大胆すぎる女性用水着に困惑ナリナリドットコム6月13日(火)13時1分
5 【衝撃動画】半分が犬、半分が人間のバケモノが激撮される! 全裸で爆走、遺伝子の突然変異か!?tocana6月23日(金)7時30分
6 電池を抜いても勝手に動くし勝手にしゃべる。クリティカルホラーな人形が発見されるってほんとかよ!カラパイア6月20日(火)22時30分
7 【緊急レポート】幻の深海魚「ゴーストシャーク」が湘南の海岸に出現か!? 8月までに神奈川で大地震の可能性!!tocana6月19日(月)7時30分
8 マックのポテト全サイズ150円、公式アプリに期間中何度でもOKのクーポン。ナリナリドットコム6月2日(火)14時4分
9 幽霊屋敷から精神病院まで…! 世界に実在する身の毛もよだつ呪われた場所5選tocana6月21日(水)8時0分
10 驚異の再生能力を持つプラナリアを宇宙に持って行ったところ、頭が2つに増えちゃった!カラパイア6月21日(水)22時30分

本サイトのニュースの見出しおよび記事内容、およびリンク先の記事内容は、各記事提供社からの情報に基づくものでビッグローブの見解を表すものではありません。

ビッグローブは、本サイトの記事を含む内容についてその正確性を含め一切保証するものではありません。本サイトのデータおよび記載内容のご利用は、全てお客様の責任において行ってください。

ビッグローブは、本サイトの記事を含む内容によってお客様やその他の第三者に生じた損害その他不利益については一切責任を負いません。

データ提供元:アニメキャラクター事典「キャラペディア