作家・山田詠美 「大阪二児置き去り事件」を題材とした理由

6月22日(土)7時0分 NEWSポストセブン

「大阪二児置き去り事件」を新刊の題材とした理由を語る山田詠美さん

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 今年1月には千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛ちゃんが、6月にも札幌で2歳の池田詩梨ちゃんが虐待死した。今年に限らず、児童虐待事件はなぜ幾度となく繰り返されるのだろう──そんな問いに、真っ向から迫った小説がこのたび上梓された。


 日経新聞連載時より大きな反響を呼んだ山田詠美さんの新刊『つみびと』は、2010年に起きた「大阪二児置き去り死事件」に着想を得た長編小説だ。今から9年前の夏──7月30日に大阪市内のワンルームマンションで、3才と1才の幼児が餓死しているのが発見された。ふたりを灼熱の部屋に放置したのは当時、風俗店で働いていた23歳の母親・下村早苗被告だった(2013年に懲役30年の刑が確定)。本書は罪を犯した蓮音と、その母の琴音、そして死んでいく子供の一人、兄の桃太4歳の視点から描かれる。


幼い子供を置いて男友達と遊んでいた末の事件というかつてない衝撃から、彼女は「鬼母」と呼ばれ、その行状が連日大きく報じられた。しかし、子を放置した母親、その母親を産んだ母親の心理に深く迫り小説を綴った山田詠美さんは問う。はたしてつみびとは彼女一人なのか。本当に罪深いのは誰なのか──と。山田詠美さんに話を聞いた。(インタビュー・構成/島崎今日子)


──誰もが衝撃を受けた「大阪二児置き去り死事件」に着想を得た作品です。35年になろうという作家生活ではじめての事件ものですが、いつ、なぜ、書こうと思われたのですか。


山田:判決が出て、そうたっていなかった頃だったと思います。あの事件は、発覚したときから気になって気になって仕方がなかったんです。なんであんなに関心があったのか。いつもあの彼女のことを考えていました。


 テレビのワイドショーや雑誌を見ていると、絶対正義の側に立って糾弾する報道の仕方に苛立つというか、首を傾げてしまうことが多い。それはこの事件に限ったことではないけれど、「選択を一歩間違えれば、こっち側に落ちてしまう可能性が自分にもある」と、私は思ってしまうんです。万が一にも自分は間違えないなんて、とても思えない。


 でも、メディアで勧善懲悪で物事を語る人って、そこに考えが及んでいない。自分とは違う世界の話だとばかりに、コメントしているでしょ。この人たちは万が一の分岐点があったとしても、その分岐点の存在にすら気づかないんだろうなと考えたときに、そこを書くのが小説家の仕事じゃないかと思ったの。当事者たちの内面に入っていくのはフィクションの仕事ではないか。なぜだか、私の出番だ、って(笑い)。


──なぜこの事件だったのですか。この前年には木嶋佳苗の「婚活連続殺人事件」が起こり、1997年には「東電OL殺人事件」が起こっていて、メディアは騒ぎ立てました。


山田:その2つの事件は、「すごいニュースだな」と思いましたよ。桐野(夏生)さんが、「東電OL殺人事件」を材にとって『グロテスク』を書いているし、柚木麻子さんも「婚活連続殺人事件」で『BUTTER』を書いている。どちらも、とても面白いですよね。ただ、事件そのものは私には響かなかったし、私の言葉で語り直してあげたいという気持ちにはならなかった。第一、私はセレブって自分で言ってるやつは大嫌いだから(笑い)。


──他の2つの事件と何が決定的に違ったのでしょう。


山田:やっぱり、子供がいたことじゃないでしょうか。いたいけなものをちゃんと持っているのに、それを自ら失ってしまう。おじいさんを殺して財産をとること、子供という力を持たないものが附属でついていない女の人が起こした犯罪って、悪い意味で自立した犯罪だという気がします。でも、抵抗できない弱い者たちを巻き込んでしまうのは辛い犯罪であると同時にものすごく卑怯なこと。その卑怯さを自分もわかっているし、隣で奈落が待っているのがわかりながらSNSで幸せなふりを発信している。彼女はどうやってその恐怖を麻痺させていったんだろうか。そう考えると、どうしようもなく哀れな感じが漂ってしまいます。


〈蓮音は、自分を一所懸命、励ました。昔から、そうやって立ち上がって来たのだ。どうってことない。がんばるもん、私、がんばるもん。/けれど、ひとりの男の何気ない言葉で、再び力は抜けてしまい、どうにかしなくてはと思いつつ、既にもがく余力も残っていなかった。/「まだ、いいじゃん」/たった、それだけの無責任なひと言によって、蓮音は、子を捨てた母親になった。〉


──小説の中では、23歳の母親がホストのひと言で子供の待つ家に戻らなかった瞬間と彼女の内面が繰り返し描写されます。


山田:もちろん、子供を殺したことは残忍なことであり、同情の余地はありません。それでも、私はどんな極悪人でも、一点自分で許せる部分と惹きつけられる部分がないと書けないので、彼女にはそれがあったということですね。


──彼女自身が「いたいけ」だったのでは? 山田詠美作品に必ずといっていいほど登場する言葉です。


山田:それは私の習性で、必ず作品に出てくる言葉ですよね。「いたいけ」とか「後ろ髪引かれる」とか、そういうのが捨てておけない。今回の子供を置き去りにした女の人にも、私はひどく弱いものを感じたんです。


 なぜこんなに子供を不幸な目に遭わせたんだという犯罪はいっぱいあって、同情の余地のない親もたくさんいます。たとえば野田の事件の母親は、ずっと夫が隣で支配していたでしょ。支配されて共依存すると、自分の考えを放棄して、何も考えなくなってしまう。それはある意味、楽だよね。だけど、置き去り事件の彼女の場合は、たった一人で半分正気を保ちながらどうしてあんなことができたのか。「ふたりの子供を放っておいてる」と思い出す瞬間の恐怖って、どれほどのものだったろう。


 彼女の場合に限っては、一人きりで途方に暮れている姿が思い浮かんでくる。そこをきちんと書いて、私がもう一度物語の中で生き直させてやろう、そういう感じです。それは彼女に対する思いやりでもなんでもないけれど、この人の哀しさを書いてみたいと思ったんですよね。


インタビュー・構成/島崎今日子、撮影/五十嵐美弥


※女性セブン2019年7月4日号




 

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