半農生活で自給自足する千葉県佐倉市の兼業農家と、里山のリジェネレーション

2024年6月22日(土)8時0分 ソトコト


野積にした落花生の株の山の上に藁がさをのせた「藁ぼっち」。かつては、落花生収穫期の秋に千葉の田園を訪れると、自然に目に入るお馴染みの風景でした。しかし、いつからか雨よけの藁がさがブルーシートに置き換わり、長閑な景色も様相が変わってきました。
千葉県佐倉市で立ち上がった「藁ぼっちプロジェクト」はこの素朴で温かな藁ぼっちの風景を未来に残していこうと、企画者の『一般社団法人フィールズ・フィールズ』が、本プロジェクトの趣旨に賛同する4軒の農家の協力を得て実現しました。参加者にとっては、農作業を体験するイベントを通して、普段なかなか触れ合えない農家の方々の話を聞き、作物の成り立ちや資源の循環、持続可能な農業について主体的に考える場にもなっています。
連載第1回は、落花生の種まきイベントの様子をレポート。会場になったのは、佐倉市で自然栽培の野菜や米を育てる『ビオ農縁』と環境に配慮したリジェネラティブな農法で多品目の有機野菜を育てて販売する『結び合い農園』。今回は就農して1年を過ぎた『ビオ農縁』へのインタビューも実施。農業を始めた理由や今後の展望など、興味深いお話を伺いました。


千葉県の名産品・落花生の不思議な生態


落花生の種まきを始める前に、作物はどんな風に実をつけるのかイメージトレーニング。主催者からの「りんごの実はどんな風にできる?」という問いに対し、参加者は思い思いに木になったりんごをスケッチブックに描きます。そこで次の質問、「じゃあ、落花生は?」。大人も子どもも、今度はうーんと頭を悩ませます。


落花生ができる様子をスケッチブックに描く参加者。

落花生という名前から想像を膨らませた参加者もいましたが、大半は地中に実をつけることを知らなかった様子。絵本を使ったレクチャーに興味津々に聞き入ります。


落花生は豆科の植物。実は枝になるものかと思ったら、落花生の場合はちょっと特殊な育ち方をします。地上で花が咲いた後、子房の根元が伸びて先端が尖った子房柄になり、そのまま下方に伸びて地面に潜り込み、土の中で実がなるという仕組み。『ビオ農縁』の2人も自分の畑で落花生を育てるのは初めての試みだと話します。


落花生ができる様子をレクチャーする『ビオ農縁』の2人、左から、田端大輝さん、春和のぞみさん。

落花生とピーナッツの違いとは?


落花生の英語名がピーナッツ。同じもののはずなのに、消費者としてのイメージは異なるのではないでしょうか。落花生と聞いて、多くの人がイメージするのは殻付きの状態。採れたての生落花生はカビやすく、すぐに茹でて食べないと風味が落ちてしまいます。一方で、一般的にピーナッツと呼ばれているのは、落花生の殻を剥いた後の加工品。素焼きや炒るなどの加工をする前に、掘り立ての落花生を株ごと山積みにして自然乾燥させます。これが今回のプロジェクトの主人公である「ぼっち」の正体。機械で乾燥させるよりも、ゆっくりと時間をかけて自然乾燥する方が、豆の甘みが増して美味しく仕上がるのだといいます。


落花生の殻むき、『ビオ農縁』で蒔いたのは千葉県の特産「おおまさり」と「Qなっつ」。

次は落花生の種まきの準備です。落花生の殻をひとつひとつ剥いて、種として使う実を取り出します。畑に蒔くとなると相当数が必要。大人も子どもも、みんな無心になって殻を剥きます。


『ビオ農縁』での種まき風景。

種を蒔く時は、一定の間隔をあけて。子どもたちがメジャー用の竹を手に持って、「私は印つけるね」「じゃあ僕は穴を掘る」など自然と分担しながら作業している様子も微笑ましい光景です。


佐倉の里山で持続可能な農業を実践する『結び合い農園』


種まきの仕方も農家によって、独自の工夫が見られます。別日に実施した『結び合い農園』では、農主が種まき用に手を加えたマーカーが登場。刃先に里芋が刺さっていて、器具を転がしながら歩くと、40センチメートル間隔で地面に程よい大きさの穴が開きます。参加した中学生もすぐに慣れて要領よく使いこなしていました。


『結び合い農園』の種まき風景、左は農主の丹上徹さん、ポンチローラーの刃先に里芋をくっつけた穴開け機で作業する参加者。

ちなみに今回蒔いた「Qなっつ」の名前は、アルファベットでPの次に来るQにちなみ、これまでのピーナッツを超える味という期待が込められたもの。穴に2粒ずつ蒔き、土を被せていきます。午前中に種まきを終わらせるため、皆だんだん真剣な表情になり、集中して作業に取り組みます。


『結び合い農園』の種まき風景。

今回のイベントでは、畑の見学や収穫体験などオプションも充実。『結び合い農園』では午前中の作業で一汗かいた後に、桑の実が自生する一角へ。青々とした緑に囲まれて、参加者たちは「トトロの森みたい!」と大興奮。人の手が入りすぎていない里山の力強い風景に、きっと自ずと身体が反応していたのでしょう。目をキラキラさせながら、夢中になって桑の実を頬張っていました。


『結び合い農園』がある里山の桑の実。

露路野菜の収穫のあとは、農地を犠牲にせずに太陽光発電を行うソーラーシェアリングの取り組みを見学。『結び合い農園』の丹上さん一家が暮らす古民家の横に設置されたビニールハウスは、太陽光パネルの建屋で囲われています。話を聞くと、日照時間が長い時期は自家用の電力のほとんどをここで発電した分で賄えており、余剰分は電力会社に売ることで家計のプラスにもなっているのだそう。


ソーラーシェアリングのビニールハウスを紹介する丹上亜衣さん。

ソーラーシェアリングのビニールハウス。作物の成長に必要な陽の光は十分に確保できるように、太陽光パネルは一定の隙間を空けて設置されている。

見学ついでに、ビニールハウスで栽培されたトマトを丸かじり。地球の資源を無自覚に浪費するのではなく、いかに健全な循環の中で生きていくのか。丹上家の暮らしぶりには、サスティナブルという概念がしっかり重みを持って根付いているように感じます。そして、太陽の恵みを受けて、たわわになったトマトもまたずしりと重く、甘くて滋味深いのでした。


丹上家の次男もソーラーシェアリングのハウスで育ったトマトをワイルドにガブリ。

農家コラボの特製ヴィーガンランチで団らん。実験で土の循環を楽しく学ぶ


今回のイベントでは、農家さんと一緒に食べるランチもお楽しみのひとつ。希望者は「藁ぼっちプロジェクト」限定のお弁当を味わうことができます。内容はJR佐倉駅近くにあるヴィーガンカフェ『VEGAN-DELI OPTIMIST!』とのコラボで提供する限定メニュー。『ビオ農縁』で開催した種まきイベントでは、『結び合い農園』の野菜を使ったおかずに、ご飯は、白米(ビオ農縁)、大麦(フィールズ農園)、古代米(小出農園)のスペシャルブレンド。「これは何が入っているの?」とメニューを確認しながら食べるのも新鮮な体験です。和気藹々とした空気感の中で、参加者から農家さんに素朴な質問が出ることも。午前の畑仕事の余韻もあって、皆程よくリラックスしている表情です。


「藁ぼっちプロジェクト」と『VEGAN-DELI OPTIMIST!』とのスペシャルコラボ弁当。

ランチ後に一息ついたところで、「稲藁は土に還るけど、プラスチックは土に還らないって本当かな? もしかしたら違うかもしれないよね? 実験してみようか」と、主催者が参加者に語りかけます。『ビオ農縁』の畑の一角に穴を掘り、稲藁、落花生の殻、プラスチックのシートを入れ、数ヶ月後にどうなるか確認してみようという提案です。


土に穴を掘って、稲藁、落花生の殻、プラスチックシート、鉛筆などを入れていく。今日の日付が書かれたコンビニのおにぎりのパッケージも追加。

ブルーシートを被ったぼっちと藁がさを被ったぼっち。見た目だけではなく、土の循環という観点で違いを考えてみることも本プロジェクトの大事な課題。子どもたちもテンションが上がって、穴掘りに夢中に。中には「さっき描いたリンゴの絵も入れたい!」という子も。思いつくままに入れたいものを追加します。


穴掘りに夢中になる子どもたち。

『ビオ農縁』と『結び合い農園』では、秋に落花生の収穫のタイミングで再度イベントを開催します。参加者たちも自ら種まきをすると、その後がやはり気になる様子。『ビオ農縁』の畑に埋めた稲藁とプラスチックがどんな状態になっているのか、実験の結果も楽しみです。


半農生活で自給自足を実践する『ビオ農縁』。兼業農家がおすすめのワケ


第1回の種まきを実施した『ビオ農縁』は、2024年1月に1周年を迎えた新規就農の農家。代表の田端大輝さんはパートナーの春和のぞみさんと一緒に、無農薬のお米やブルーベリー、露路野菜を育てています。実は、大輝さんは週の半分を佐倉市の障害者支援施設で理学療法士として働き、のぞみさんもつい最近まで、同じ施設で児童指導員として在籍していました。農業との両立は相当きつくて大変なのだろうというこちらの想像を裏切るように、大輝さんは「兼業はすごくやりやすくておすすめです」と話します。


『ビオ農縁』代表の田端大輝さん、福代表の春和のぞみさん。

「収入面ではやっぱり兼業の形がいいなと思っています。まず親元就農と違って、新規就農は、農地もそうですが、農機具や作業所、軽トラックみたいな設備も一切ないので、初期投資がかかります。特に田んぼは田植え機や稲刈り機、お米を保存する場所も必要なので負担が大きい。今、僕は施設で重度の障害をもったお子さんを担当しています。自分で起きたり食べたりできない子の支援ですね。そこでの収入があるから、農業の方はそこまでプラスにならなくてもなんとか生活できているという感じです」


とはいえ、「半農生活はなかなかハードなのでは?」と質問するとこんな答えが返ってきました。


「大変な部分はありますが、体がいい具合に疲れるから、たくさん食べて、ぐっすり眠れて、また働ける。五感以上の感覚を使っている感じがして、『地球に生きているな』と実感します」


農業を始めたのは危機感から。「地球に恩還し」という考え方


仲良くしている農家さん『小出農園』の小出まゆみさん(右)と。 農家になる前は、消費者として『小出農園』の無農薬の野菜やお米をよく買っていた。

もともと農業に興味があった大輝さんに便乗する形で、『ビオ農縁』に加わったのぞみさん。消費者の立場からつくり手側に行こうと思ったのは、自らの子育てを通じて農薬や添加物の問題を考え、「いいものを買って食べる」だけでは間に合わないという危機感を強く持つようになったから。2人が農業を続けていく上で大切にしているという「地球に恩還し」という考え方について、大輝さんはこう続けます。


「地球に恩還し」のコンセプトについて話す田端大輝さん。

「現代人は、先の世代の分まで地球の資源を取っていってしまっている状態ですよね。それは嫌だし、ちゃんと繋げていきたいと思いました。農家になる前も無農薬の野菜やお米を選んで食べていたのですが、買うだけではダメだと。今は離農される方も多く、このまま放棄地が増えると、景観も荒れて農業が廃れていってしまう。どうしたら地球の資源をうまく循環させられるだろうと考えて、まずはできるところから、自分たちの食べるものを少しでもつくるところから始めようと思いました」


家族や地域の人、身近な範囲での自給自足を考えていたところから、就農1年目で、学校給食のお米をつくる機会にも恵まれました。少し先に据えていた目標が叶い、現在はさらに視野が広がっている様子。のぞみさんは嚥下食調理技能者として施設でつくっていた嚥下食をヒントに、自家栽培のお米を使ったアイスを開発。来年以降は商品化も検討しているのだそう。これから商品開発を通じて、さらにお米への関心を高めていこうと夢が膨らみます。


強く生きるために、小さな百姓を増やしていきたい


今後圃場を広げて、無農薬の田んぼや畑を増やしていくことを考えている2人。のぞみさんは、「生きるために」と考えたときに、できるだけ多くの人に農業に関わってほしいと話します。


『ビオ農縁』での収穫体験の模様。

「まず、自分が食べるものを自分でつくるっていうのはすごいこと。食は生きるために絶対欠かせないものですが、今は多くの方が他の方に依存している状態ですよね。でも、例えば輸入がストップしてライフラインが途絶えてしまうことがあっても、自分たちでどうにかできる知恵と経験を持っている農家は、誰よりも強い。みんなが農家にならなくてもいいけど、家庭で野菜を育ててみるとか、農家さんのところで体験してみるとか、一人一人が小さな百姓になったら、いざとなった時にすごく強いと思います」


懐かしい藁ぼっちの風景で再生する令和の里山


農作業で汗をかき、体を動かすことを純粋に楽しんでいた参加者たち。体験を通して見た風景はどんな記憶として体に残るのでしょうか。


のぞみさんは今回のプロジェクトの話をご両親にしたところ、思わぬ嬉しい反応があったと話します。昔懐かしい藁ぼっちの思い出や子どもらしい悪戯の話…。藁ぼっちという存在自体を知らなかったと言うのぞみさんにとって、ご両親の話はとても新鮮に感じたことでしょう。今年の秋に、ここで藁ぼっちが完成する頃、ご両親に見にきてもらう予定なのだと嬉しそうに話す姿が印象的でした。


藁ぼっちプロジェクト
現在、2024年6月30日開催の「大豆の種まきイベント」の参加者を募集しています。場所は本プロジェクトの企画者一般社団法人『フィールズ・フィールズ(呼称:フィールズ農園)』の畑で開催する予定です。ご興味のある方は詳細をご確認ください。<申し込み・詳細


取材・文:中島文子 写真:中島良平

ソトコト

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