さようなら、ひたちなか海浜鉄道の駅猫「おさむ」 最期まで愛された日々

6月25日(火)11時0分 文春オンライン

 ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅で「駅猫」として人気だった「おさむ」が亡くなった。享年推定17歳。


駅勤務の開始を待っていたかのように


 同社の公式サイトで吉田千秋社長が綴る「海浜鉄道日誌」によると、死亡時刻は2019年6月23日4時20分。駅勤務の開始を待っていたかのように息を引き取ったとのこと。亡骸はすぐに火葬され、お骨はひたちなか市内のペット霊園みどり野にある。祭壇の安置は23日から3日間の予定だったけれども、霊園のご厚意で月末まで祭壇に置かれる予定だという。



那珂湊駅のホームでくつろぐ「おさむ」


 ペット霊園みどり野の前社長、沼尻巖(いわお)さんもおさむを懐かしむ。


「おさむは茨交(茨城交通湊線)時代から居ましたよ。私たちも会いに行っていました。息子(現社長)が乗りもの好きでね。一緒に散歩して那珂湊駅へ行くと、車庫のあたりのレールの上でおさむが遊んでいました。バスロータリーにもいたなぁ」



駅長どころか社員にもならず


 ひたちなか海浜鉄道の支援グループ「おらが湊鐵道応援団」のFacebookページでも思い出が綴られていた。


〈当時、応援団では、茨城交通時代に倉庫として使われていたケハ601内部の整理、清掃し、ギャラリーとして公開する活動を行っていました。確か、2009年7月24日、それが終わって那珂湊駅裏のバス車庫の中を通り抜けているときです。黒猫が一匹、私達に付いてきたのです。逃げるかと思ったらそんなことなく、ホームまで一緒に。その黒猫が後に「おさむ」と駅員さんに名付けられることになります〉


〈翌日、早朝に那珂湊駅にお邪魔して、昨日の黒猫はもういないのかな、なんて思っていたら、下り線ホームの下の草陰にいて、私を見つけてやって来て、スリスリしてきました。一緒にいた仲間が水を飲ませたらもうゴクリゴクリと飲んで、お腹も空いてるんじゃというので、そういえばツナ缶が偶然車にあったな、と持って来て食べさせたら完食。そんなこんだで当時とても痩せこけていた黒猫がそのまま絵に居着いて、おさむと命名〉(いずれも原文ママ)



 おさむは駅に居着いた。やがて朝日新聞、読売新聞、TBSテレビに取材される。2年前の2007年に和歌山電鐵貴志川線で「たま駅長」が就任しており「我が町にも猫駅長」と話題にしたかったかもしれない。


 しかし、「おさむ」は駅長どころか社員にもならず、駅に棲み着いた猫として、鉄道員や乗客、地域の人々に愛される存在となる。やがて孤高のおさむも高齢となり、晩年は駅事務室に寝床を与えられ、社員待遇として手厚い保護を受けていた。




「世話になってるし、ちょっとは付き合ってやるか」


 その様子を文春オンラインの「 奇跡のローカル線『ひたちなか海浜鉄道』社長が語る『猫の相棒』と『延伸計画の勝算』 」でも紹介した。


 取材日は2018年12月13日。晴れていたけれど、風が冷たい日だった。おさむは寝床で眠っていた。ご老体だし、仕方ないな、と思っていたら、吉田社長が抱き上げ、プラットホームに降ろしてご機嫌を取ってくださった。



 おさむは「しょうがねぇな、でも世話になってるし、ちょっとは付き合ってやるか」とでも言いたげに、嫌々ながら遊びだした。ところが撮影終了後も駅事務室に戻ろうとしない。もっと遊びたくなったらしい。体調を心配した吉田社長が、なんとかおさむを誘導して寝床に戻した。


 それが私たち取材チームとおさむとの、最初で最後の取材となった。そういえば、おさむには「ノーギャラ」だったな。高齢で食事を制限されていると聞いていたから、あのときはオヤツなどは持って行かなかった。



祭壇の下を黒い影が通り過ぎた気がした


 訃報を聞いた人からお花やお供え物が届き始めた。そこで急遽、那珂湊駅に祭壇が設置された。そこはおさむと妹分の「ミニさむ」の餌とご飯がある場所の隣だ。おさむ。無理させちゃってごめんね。でも、そのおかげで、いままで君やひたちなか海浜鉄道を知らなかった人々に紹介できたよ。どうもありがとう。祭壇に、お花と、土佐直送のかつお節のおやつ、ペットショップで人気だといわれたチューブ入りの餌を供えた。



 祭壇を撮影していたら、涙雨の空に青空がチラリ。そして祭壇の下を黒い影が通り過ぎた気がした。まさかと思ったら黒い布きれ。でも、風で揺れそうにはない所だ……。


 ところで、前回の取材で忘れていた質問があった。あらためて吉田社長に聞いた。


「なぜ、おさむを駅長にしなかったんですか」


「肩書についてきそうな激務のプレッシャーを心配していました。ネコらしく、自由にしていてくれれば、ということで」


 自由に生きて愛される。人間には難しい。おさむ、幸せな生涯だったね。




写真=杉山秀樹/文藝春秋


※「ひたちなか海浜鉄道」の旅の模様は、『文藝春秋』3月号のカラー連載「乗り鉄うまい旅」でも、計5ページにわたって掲載しています。




(杉山 淳一)

文春オンライン

「鉄道」をもっと詳しく

「鉄道」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ