名古屋・娘と準強制性交父の無罪判決、山田詠美氏の感想

6月26日(水)7時0分 NEWSポストセブン

はじめての事件ものを作品として書いた山田詠美さん

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 2010年大阪西区のマンションで、3歳女児と1歳9ヶ月男児が母親に置き去りにされて死亡した。23才の母親は交際相手と遊び、再び自宅に戻ったのは約50日後だった。この誰もが衝撃を受けた「大阪二児置き去り死事件」に着想を得た作品が、山田詠美の新作『つみびと』(中央公論新書)だ。35年になろうという作家生活で、はじめての事件ものである。


『つみびと』は子供を置き去りにした母・蓮音、そして蓮音の実母・琴音、さらに亡くなった桃太と萌音の視点で展開する。(インタビュー・構成/島崎今日子)


──琴音と蓮音の人生を書きながら、詠美さんは何を思いましたか。


 お母さんの琴音は逃げる女で、娘の蓮音は逃げない女なんですね。だから、性暴力の被害に遭ったときは、「逃げるが勝ち」だと思いました。もちろん、しがらみからも、「逃げるが勝ち」。

みんな何かが起こったときって、「自分が悪いんだ」と思ってしまいがちだけれど、物事って連鎖反応で起こっていくもの。そこで逃げないで、「なんとかしなくっちゃ」と踏みとどまっていると、どんどん追いつめられて、最初に逃げられたときよりも酷いことになってしまうことが多い。酷いことに手を貸すことになってしまったり。蓮音がそうですよね。だから、両極端なふたりを書きながら、「逃げるが勝ちだよ」って。


 無責任になってもいいと思うんです。それは決して子供に対してということじゃなくてね。自分と子を守るためには、周囲の人たちへの気遣いは一切いらないし、しがらみを振りほどいていくしかないと思う。


──琴音に起こったことは現実にもいっぱいあります。3月に、名古屋の地裁で娘をレイプしていた父親の無罪判決が出ました。


 とんでもない判決ですよね、あれは。男の人だって、自分の娘だったら、妻だったら、母だったらと考えてみたらいい。あの判決に何も思わなかったらおかしいよ。子供は力がないんですよ。とくに近親相姦では、扶養者は生殺与奪権を握ってるんだから! 第一、現実の世界で父が娘とセックスしていいの?


 私、1980年代半ばにテレビの仕事でブレイクダンスやヒップホップの発祥地を見たくてニューヨークのブロンクスに行ったことがありました。当時のブロンクスはまだ危険地域で、「絶対にパトカーから出てはいけない」と言われてパトロールにつきあったんですね。そのとき、小さな公団みたいなところに大家族がぎっしり暮らしているところがあって、警官が「ここは生態系が壊れてるんだよ」と言ったの。父親にレイプされた娘が子供を産んでというのが何人もいた。母親は、やらせないと男が逃げてしまうからってそれを黙って見てる…。


──すさまじく哀しい風景です。


 貧しさと教育を受けられないどうしようもない環境の中で、犠牲になるのは子供。その子供たちは親を見て学んでしまうから、負の連鎖が断ち切れない。性暴力って、人の心を壊します。そこのところがわかっていないから、名古屋のような判決になるんじゃない? 昔より言える場所が出てきてはいるんだけれど。


──世の中も少しは動いていますが、この小説が動かすものは確実にあると思います。


 シングルマザーへの周囲の視線も、昔に比べればずいぶん理解がありますよね。ただ、それはお金持ちのシングルマザーに対してであって、貧しいシングルマザーにはまだまだ厳しい気がします。私がこれを書いたからと言って、何かが変わるわけではない。性暴力がなくなるわけでも、虐待がなくなるわけでもない。でも、一方的に流される物語を信じるのではなく、そこに至った経緯や、否応なく絡み合ってくる人間関係があることがわかってもらえれば、と。


 今回は実際の事件に形を借りたけれど、これは私が作り上げた世界でもあります。常々、小説家が選んだ言葉でしか描けない人間模様を書きたいと思っていて、そういう意味では、今回の作品で何か普遍的なものを書けたという手応えはあります。


──口に出して言う「幸せ」がキーワードになっていますね。


 幸せもこの作品のテーマです。人の数だけある「幸せ」と「不幸」というものを事細かく書いていきたいというのが、この作品に限らず、作家としての私のテーマです。それらがどんなもので作られていくのかを考え始めるとキリがありませんが、これからも、隙間なく「幸せ」と「不幸」を書いていきたいです。


インタビュー・構成/島崎今日子、撮影/五十嵐美弥


※女性セブン2019年7月4日号




 

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