阪堺電車の「明治時代の架線柱」 設置から100年以上、いまも路面電車を支えてます

2018年6月28日(木)6時0分 Jタウンネット

歴史的な価値があるものというのは、何もはるか昔の遺物に限定されるわけではない。近代化に貢献した科学的・歴史的な価値があるものを、「産業遺産」として保存していこうという試みもある。


日本各地にも産業遺産や産業遺産的なものは存在するが、身近なところにありながら、その存在や価値が知られていないものも少なくない。そんな遺産のひとつが、大阪で路面電車を運行する阪堺(はんかい)電気軌道(阪堺電車とも)の線路沿いに残っていると、ツイッター上で話題になっていた。


明治の柱、実はかなり丈夫なんです


いくつかの投稿を確認すると、その遺産とは電車に電力を供給する架線を支えるための「架線柱(かせんちゅう)」だという。路面電車には不可欠な設備だが、なんと阪堺電車の路線沿いには明治期に建てられた架線柱が残っており、今なお使用されているというのだ。


架線柱とは用途が異なるが、現役の日本最古のコンクリート製電柱は函館市に存在しており、函館市の観光情報などでも確認することができる。ただし、こちらは大正12年(1923年)建造となっている。


別に古さがすべてではないが、日本最古のコンクリート製電柱と比べてみても、本当に明治期に建造された架線柱が現存しているとすれば、相当に貴重な存在だろうと想像はできる。事実確認のため、Jタウンネット編集部は阪堺電車技術課に取材を行った。果たして、明治の架線柱はあるのか。


「弊社の設備はすべて設備台帳に建造年月なども残されているのですが、確かに1911年(明治44年)製の鉄製の架線柱が住吉鳥居前停留場(住吉大社前の停留所)に現存し、現在も使用されています」

なんと、本当に残っていた。しかし、さすがに100年以上前の鉄柱ともなると、強度や安全面で不安があるのでは、などと考えてしまう。特別なメンテナンスや、保存のための対策などを行っているのかと思ったが、担当者は「明治のものだからと特別なことはしていない」と話してくれた。


「鉄柱としては、現在のものと比べてもまったく遜色がないですね。定期的な点検でも問題が確認されたことはありません。鉄ですので錆や欠けが生じることはありますが、一般的な塗装や補修で対応しています」

むしろ、高度経済成長期などに建造された鉄柱に比べると不純物が少なく、丈夫なものもあるほどだという。新しい柱に取り換えてもおかしくはないのだが、「状態が悪ければ建て直すことになると思うが、現状まったく問題がないので使用し続けている」とのこと。恐るべし、明治の遺産だ。


国内でもかなり貴重な架線柱ではないかとも考えたが、担当者は「私鉄ならかなり残っているのでは」と指摘する。


「さすがに都市部を走る路線はないかもしれませんが、鉄というのはメンテナンスさえしっかりしていれば、とても長く使えるものです。塩分には弱いので海沿いなどは難しいでしょうが、山の中を走るローカル路線などであれば、明治期のものも現存していると思いますよ。大阪市の真ん中で明治の鉄柱が残っている例は我々くらいかもしれませんが」

末永く保存していくといった予定も特にないとのことだが、住吉鳥居前停留場に行けば簡単に実物を確認できるようだ。阪堺電車では社内規定で架線柱に電柱番号という札を掲示しており、この札に建造年月日が明記されているという。明治44年建造の柱には「明44」と書かれている。


「一般的に広く知られていることではないと思うので、初めて見ると『なんやこれは』と、驚かれるかもしれませんね」

大阪市在住の方は、是非阪堺電車で明治ロマン的なものを味わってみてはいかがだろうか。

Jタウンネット

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