遂に「切り裂きジャック」を特定、29万人に1人の突然変異DNAと一致か!? 世紀の未解決事件、127年目の真実が明らかに!

7月2日(日)8時0分 tocana

「切り裂きジャック」と言えば皆様ご存知の通り、19世紀イギリスの連続猟奇殺人鬼です。いまさらその犯行を詳しく説明するまでもないかと思いますので、簡単な事件の概要のみを述べておきます。

 19世紀イギリスのロンドンにて、約2カ月という短期間に、主に中年売春婦が5人、ほとんど同じ手口で殺害されました。その手口とは「人目に付きにくい裏路地で、鋭利な刃物によって被害者の喉を掻き切る」というもので、被害者のなかには腹部を切り裂かれ、内臓を持ち去られた人物もいます。

 ただし最後の犯行だけは、それまでのケースとまったく異なるもので、犯行現場は被害者の部屋、被害者は25歳と若い売春婦でした。さらに彼女だけは、全身をバラバラに分解され、内臓や身体のパーツが部屋中にばら撒かれていたと伝えられています。

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■「切り裂きジャック」の認知度が高い理由

 最後の凄惨な殺人の後、切り裂きジャックの犯行は途絶え、表舞台からぷつりと姿を消してしまいます。連続殺人が止まった後、容疑者は数多く立てられましたが、当時の警察は容疑者と犯人を繋げる決定的な証拠を掴めず、この事件は犯人が捕まっていない「未解決事件」となりました。

「連続猟奇殺人を犯したにもかかわらず、わずか2カ月で姿を消した」ところ、そして「新聞社へ犯行声明文を送る」という、世界ではじめて認知された「劇場型犯罪」であるところから、この事件は世界的に知られる未解決事件となっています。

 切り裂きジャック事件の奇妙な点は、「短期間で連続殺人が途絶えた」という点です。世界の名だたる連続殺人犯はほぼ例外なく、殺人衝動を抑えきれず犯行を続けたことが原因で捕まっています。本事件のように犯行がぷっつり途切れる、というのは、非常に珍しいケースなのです。

 そして特に注目したいのは、犯行声明文が届くまでこの連続殺人事件は「ホワイトチャペル連続殺人事件」と呼ばれていたことでしょう。実は「切り裂きジャック事件」という皆様もよく知る事件名は、自身を「切り裂きジャック」と自称した、1通目の犯行声明文の名前から付けられたものなのです。

 日本におけるリッパロロジスト(切り裂きジャック研究家)の第一人者である作家、仁賀克雄氏は「この声明文に"切り裂きジャック"という命名がなかったら、この事件は19世紀のいち犯罪実話として、これほど多くの人々の記憶にも歴史にも残らなかったろう」と、切り裂きジャックを取り上げた著書の中で解説しています。

 要するに「"切り裂きジャック"という、響きがよくセンスのある名前を付けた犯行声明文が届いていなければ、おそらく事件の知名度は殺人マニアなら知っている程度に留まっていたであろう」ということです。


■数多くのリッパロロジストたち

 さきほど「日本のリッパロロジストの第一人者」と書きましたが、本件はこれだけ古い事件にもかかわらず、そのミステリーに取り憑かれた数多くの事件研究者、通称「リッパロロジスト」が存在しています。

 リッパロロジストとして特に有名なのは、小説『検屍官ケイ・スカーペッタ』シリーズで知られるアメリカの女性推理作家、パトリシア・コーンウェルでしょう。彼女は容疑者の1人であるドイツ人の画家「ウォルター・シッカート(1860年5月31日〜1942年1月22日)」が犯人だという自説から、日本円にして約7億円以上の私財をつぎ込んで調査を行っており、数々の状況証拠の積み重ねと、切り裂きジャックから届けられた手紙の切手から採取した唾液とウォルターの遺物から採取したミトコンドリアDNA鑑定の結果から、その調査報告となる著書『切り裂きジャック』(講談社)にて、ウォルターが犯人だと断定しました。

 ですがこの件に関しては、状況証拠ばかりで物的証拠に乏しい点、DNA鑑定に関しては「唾液を採取した手紙が真犯人からのものとは断定できない」、「ミトコンドリアDNA鑑定も、特に同じ地域では同じ型を持っている人が多く、かつ別人でも同一であることが多々あるため、同一人物とは断定できない」という点、「そもそも事件が起きた時、シッカートはフランスにいた」というアリバイ情報から犯行自体が不可能であったはず、という点など、他にも数多くの反論があります。


■新たな証拠から切り裂きジャックの正体に迫る

 今回のお話はそれら数多くのリッパロロジストのひとり、イングランドの起業家ラッセル・エドワーズの著書『切り裂きジャック 127年目の真実』(角川書店)からのものです。同書によれば、彼は切り裂きジャックに繋がる新たな証拠を見付け、そこから真犯人に繋がる証拠を見つけ出した、といいます。

 ラッセル氏が犯人と見ていたのは「アーロン・コスミンスキー(1865年9月11日〜1919年3月24日)」です。ポーランド出身、ユダヤ系の理髪師で、犯罪歴と精神病院への入院歴を持っていました。彼は目撃証言から容疑者として逮捕されていますが、後に目撃者が証言を撤回したため、証拠不十分で釈放されています。

 それはさておき、ラッセル氏が手に入れた新たな証拠、というのは「4件目の殺人の被害者キャサリン・エドウッズの持ち物だという、殺害現場に残されていたショール」です。その出自は「オークションに出品されていた(出処は確実ではない、と注釈がついていた)」、「4件目の殺害現場に駆け付けた警察官が拾い着服して持ち帰り、その子孫が今まで一度も洗うことなく保管していた」という、非常に出処の怪しい品物です。

 ですが、ラッセル氏はこのショールを全面的に信じました。なぜならこのショールには、血液や精液のような複数のシミが残されていたためです。そしてショールをDNA鑑定に出し、シミからDNAを抽出しようと試みます。さらにラッセル氏は、キャサリンの子孫及びコスミンスキーの子孫、つまり被害者と容疑者双方の直系血族からDNAサンプルを提供して貰うことに成功したのです。

 ショールの扱いとしては「表面は劣化が進んでいる可能性が高く、触った他人のDNAが採れてしまうかもしれない」と、すべて裏側からサンプルを採取しています。ですがショールから採れたサンプルは経年劣化から各種DNAの損傷が激しかったため、丈夫で残りやすいミトコンドリアDNAの増幅を行い、これに成功します。

 そしてショールから採取・増幅された複数のmtDNA(ミトコンドリアDNA)と、被害者子孫のmtDNA、容疑者子孫のmtDNAを比較・分析したところ、それらはほぼ一致したのです。

 先述した通り、ミトコンドリアDNAが一致しただけでは同一人物と断定できません。ですがこの分析の結果、ショールから採取されたmtDNAと被害者子孫のmtDNAからは遺伝する同一の突然変異が見つかり、さらにこれを保有する人物は29万人に1人の確率だ、というのです。

 これによってショールは完全に被害者キャサリンのものと確定し、かつそのショールから採取された別のmtDNAがコスミンスキーの子孫のものと一致したことにより、ラッセル氏は「アーロン・コスミンスキーこそが切り裂きジャックの正体だ」と断定したのです。


■真犯人が判明……ところがどっこい

 とうとう切り裂きジャックの正体が判明した……と思いきや、この発表がなされるや否や、即座にmtDNA鑑定への疑惑が浮かび上がりました。

 イギリスの新聞「The Independent」紙は、DNA鑑定専門家からの「DNA鑑定結果に致命的な誤りがある」という指摘を報道しました。ラッセル氏がDNA鑑定を依頼した生物学者は「採取サンプルと被害者の子孫のmtDNAに、29万人に1人の珍しい突然変異"314.1C"があった」と報告しています。ですが専門家によれば「この突然変異の表記は"315.1C"と書かれるべきもの。同書の報告を読む限り、それはヨーロッパの人の99%が持つありふれたDNA変異である」というのです。

 この報道を受けたラッセル氏と出版社側は、「DNA鑑定方法や鑑定結果についての再調査を行っている」、とコメントしていますが、今のところ音沙汰はありません。このままでは「状況証拠と信頼度の低いmtDNAの一致のみ」という、パトリシア・コーンウェルと同じ轍を踏んだことになってしまいます。リッパロロジストの執拗な追跡を逃れ、再び19世紀ロンドンの霧中へと消えていった切り裂きジャック。果たして、その正体が明らかとなる日は来るのでしょうか。
(文=たけしな竜美)

※画像は、Wikipediaより

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