タイ北部の田畑の下から日本が作った滑走路や道路・井戸が出てきた!! 消えたと思われていた戦争遺跡

7月11日(木)6時15分 TABLO

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太平洋戦争中、日本軍はタイに駐留し泰緬鉄道を建設するほか各地に基地を設けていました。そんな日本軍の基地跡の一つが注目を集めようとしています。

タイ北部プレー県と言えば、観光名所があまりなく日本人にはほとんど馴染みのない地ですが、6月下旬にそのプレー県で地元集落長が太平洋戦争時の日本軍基地跡を調査しました。

調査の目的は、観光資源の少ないプレー県の観光名所にすることを郡役所を通してプレー県庁に提案するためです。

日本軍基地跡はプレーの市街地から東へ2〜3キロに位置。市街地と基地跡の中間にはプレー空港があります。田野の中にところどころ人家が密集する地域です。

現在は畜産用地として使用されている基地跡の一帯からはこの日の調査で滑走路跡、未舗装の道路、井戸、調理場跡が確認できました。

そのうちの滑走路跡はプレー空港の滑走路と並行したかたちで伸びていて、現在は道路に転用されているのが航空写真から確認できます。

戦時中に日本軍がこの地に基地を設けた理由は、軍事的要衝だったプレー飛行場の守備と運用が目的でした。プレー飛行場からは警戒監視のために日本軍の戦闘機が毎日離着陸していました。また周囲にはタイ軍の軍事車両が多数配備されていたそうです。

プレー県内の国鉄北線デンチャイ駅まで貨車で運搬されてきた弾薬をプレー飛行場まで運ぶ仕事をしていたという地元住民の証言が残っています。

また集落長が語るには、飛び立った日本軍機が時には地上めがけて機銃掃射をすることがあり、そのたびに住民や家畜が驚いて逃げ、家畜の牛に当たって死んだこともあったとのことです。しかしプレー飛行場を攻撃に飛来した連合軍機の機銃掃射と勘違いしている可能性もありそうです。

太平洋戦争時のタイ国内日本軍史跡は、ほんの一部を除いて整備されることもなく放置され消えていっていることがほとんどでしたが、最近になってようやく他の地域でも観光資源に利用する動きが見られはじめました。プレーの基地跡については県庁の判断が出るまでに時間がかかるものと思われますが、整備して残す方向に決まることを期待してやみません。(取材・文◎赤熊賢)

現地のメディアも報じています:
https://komchadluek.net/news/local/377257
https://www.springnews.co.th/thailand/north/518653

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