「本気の昆虫採集」おじさん2人旅 殺人現場編

7月13日(金)17時0分 文春オンライン


著名な生物学者と生物画画伯が本気で昆虫採集をしました。東京近郊の自然を求めて秦野の山に向かう、いい歳をした大人2人の素敵な冒険録、前編です。




登山道入口でツーショット 左から福岡伸一さんと舘野鴻さん ©三宅史郎/文藝春秋


まずは道具から、シガコンと六本脚


<絵本作家、舘野鴻さんのアトリエがある秦野に遠征した福岡ハカセ。昆虫採集に最適なのは午前中と夕方ということで、東京を朝7時に出発し、9時から虫採りがスタートする>


福岡 だいぶ使い込んでいますね、その捕虫網。私のは「シガコン(志賀昆虫)」のなんですが、舘野さんのは?


舘野 これとこれがシガコンですね。今日はこっちにしようかな。「六本脚」の長竿で、8メートルくらいに伸ばせるんです。


福岡 おお、昆虫文献でも有名な千代田区三番町の「六本脚」ですね。東京の昆虫少年にとって虫グッズの老舗といえば、「志賀昆虫」か「六本脚」。最近はネットで買えるようになったので便利ですよね。私のも40センチ弱に短くできるので、網部分と一緒に常にリュックサックに入れてあるんです。



都心の公園で夢中になってチョウを追いかけた


舘野 渋谷の「シガコン」はオヤジさんが亡くなって宮益坂の店を畳みましたよね。


福岡 今、実店舗は戸越銀座にあるようです。(網部分をパッと広げて竿に装着)ほら、カメラマンの持っているレフ板みたいでしょ、コンパクトに畳める。蝶の羽根を傷めないように網はシルク製。ちょっと高くて竿とセットだと1万円くらいかな。


舘野 福岡さんはチョウ好きですからね。いつか都心の公園で昆虫採集したときも、真剣にアオスジアゲハを追いかけていたじゃないですか。最近、都心の大きな公園だと、昆虫観察はいいけれど採集するのは禁じられていて、注意されないかとヒヤヒヤでしたよね。


福岡 今日は2人だから心強いけれど、いい大人が1人で網を振り回していると目立ちます。


香川照之さんも「つちはんみょう」つながりか


舘野 さて、今日は山に登る前に、観察フィールドにある古いお社にご案内しようと思っているんです。つい数日前、NHK Eテレの「昆虫すごいぜ!」で香川照之さんがハンミョウの取材にいらしたんですよ。僕もそのロケ現場に立ち会って、ちゃっかり自分の絵本(『つちはんみょう』)を手渡すことができました(笑)。


福岡 おお、ここですか。ずいぶん古い樹木に囲まれていますね。(説明板を読み)樹齢800年以上の椎の木の森があるんですね。すごい巨木だ。


舘野 スダジイですね。この大きなスダジイのウロではベーツヒラタカミキリが発生します。たまに死体が落ちているんだけど……。



福岡 べーツというのはダーウィンの弟子の博物学者(ヘンリー・ウォルター・ベーツ)で、世界各地で虫を採りまくり、新種を見つけた人。だから、いろいろな昆虫に彼の名前がついている。あ、ハンミョウの穴だ!


舘野 そう、ここに幼虫が隠れていて、アリなどが通ると飛び出して食いつく。



顔が獰猛な「ハンミョウ」みーつけた


福岡 子供のころ、こういう穴の前に座って、よくハンミョウ釣りをしましたよ。


 お、いた!(ハカセ、見事に捕獲)



舘野 ツチハンミョウと違って、普通のハンミョウは色合いが鮮やかで綺麗ですよね。顔が獰猛ですごい。牙があるので噛まれると痛いですよ。


福岡 おお、ぴょーんと飛んでいった。嫌な目にあったからな(笑)。ハンミョウは、ぴょん、ぴょーんと少しずつ飛びながら進むので「道おしえ」とも呼ばれています。


舘野 (地面にしゃがみこみ)アリジゴクの巣がたくさんありますよ。


福岡 (落ち葉の茎で穴をつっつく)出てこないかな。これは空の巣みたいだ。


舘野 アリが来たりすると、ビビビと動くんですけどね。あ、これです!(アリジゴク発見)


福岡 ほんとだ。死んだふりをするから、土のかたまりにしか見えないけど。


舘野 大きくなると、ウスバカゲロウになるんですよね。



バラバラ殺人現場に出くわす?


福岡 おや、これは何だろう? 葉っぱに抜け殻がついています。


舘野 (手に取って解体する)サナギじゃなく成虫の遺体だな。成虫をこなごなにしたのが繭のようになっている。うーん、謎だ。


福岡 バラバラ殺人現場の検証のようですね。何者かが成虫を殺し、かみ砕いて繭にし、それを利用して成長し、飛び立った。


舘野 かなり凄惨な現場です(笑)。あれ? 枯葉を巻いた中に何かが入っている。サナギかな? 一歩ごとに何か見つかりますね。こんなんだからちっとも前に進めない(笑)。


福岡 私は子供の頃からこんなことばっかりやっていました。友だちがいなかったので、ひとり寄り道パンセ(笑)。そういう子供は、大きくなっても財務省とかには入れない。


舘野 僕は小さい頃から完全ナチュラリストというわけでなくて、中学生くらいまではスーパーカーばっかり描いていましたね。友だちが欲しがるんで、注文に応じて何枚でも。


 このぶんだと、神社だけで午後になってしまう。そろそろ切り上げましょうか。



体育は「2」だけど、チョウは採れる


<登山道の入り口へ移動。日が差してきた>


福岡 あ、白いのがいる。(目にもとまらぬ速さで網を動かし捕獲)


舘野 おお、凄い! さすがチョウ屋の動きですね!


福岡 1回で採れないと、何度やってもダメなんです。これはスジグロチョウだな。私はあらゆる運動が苦手で、体育は2だったんですけれど、チョウだけは採れる。


舘野 もともとチョウがお好きなんですね。


福岡 そう、見た目の美しさと、メタモルフォーゼ、変態するところが好きなんです。満員電車にいるヘンタイじゃなくて、変態ね。昨日までモコモコした毛虫だったのが、サナギになって、ドロドロした中から美しいチョウが出てくる。


舘野 そして、ひらひらと空を飛んでいく。


ネオンカラーのオオセンチコガネ、タラノキにいるセンノキカミキリ


舘野 (地面から拾い上げ)これが、今度絵本にしようと観察中のオオセンチコガネです。


福岡 ああ、きれいな甲虫だ。ネオンカラーですね、ぴかぴかしている。(手に取って転がす)お腹のほうも色がきれい。人間の手の温度って、虫にとっては、すごく熱いんですよね。こいつも驚いているだろうな。




舘野 おや、あそこにいそうだな(シュシュシュと竿を最大限に伸ばし、高いところにある樹の枝を網で探る)。ほら、いた。センノキカミキリです。


福岡 見えないところから、よく採れましたね。すごいな、手品を見ているみたいだ。


舘野 食痕(虫が食べた痕跡)が見えたので。これはタラノキなんですが、上のほうの葉っぱが枯れているでしょう? この葉を食べる大型の虫は、センノキカミキリかタテジマカミキリなんです。




福岡 さすが、昆虫探偵。論理的な仮説です。しかし、この竿は長いな。しかも、軽い。


舘野 「六本脚」のカーボンファイバー製です。1万7000円くらいします。こういうのがない時代はタモ竿も使っていたんだけれど、重くてね。


福岡 やはりこれぐらいの軽さじゃないと振り回せないですよ。おお、ルリタテハがいた!


<2人でチョウを追いかける>



昆虫図鑑といえば「クマチカ」のころ



福岡 違うのが2羽、一緒に採れました。これはジャノメチョウとベニシジミかな。


舘野 ほんとだ、ここでジャノメチョウを見たのは初めてです。写真を撮っておこう。


<山を登り始める。福岡ハカセは緑の虫かごを装着>


舘野 僕がヒメツチハンミョウやヨツボシモンシデムシの絵本を描いていたときには、毎日この山に入っていました。ちょうどこのあたりが絵本に描いた雑木林のモデルになったところです。


福岡 舘野さんのタッチはまさに細密画で、今回描いていただいた『ツチハンミョウのギャンブル』の装画も、まるでアンリ・ルソーの絵のようです。もともと熊田千佳慕さん(通称クマチカ)のお弟子さんだったのですよね。


舘野 母が絵をやっていまして、子供のころ、すぐ近所にクマチカが住んでいたので、連れて行かれたんです。当時は、別に昆虫の絵を習うというのではなく、好きな絵を描いていましたけれどね。



福岡 私の世代の虫好きにとって、クマチカの昆虫図鑑といえばバイブルのようなもの。今の図鑑は全部、写真になってしまったけれど、昔はすべて絵でしたからね。


舘野 僕が虫の絵で食っていこうと決めたのは25、26歳で、その頃に改めてクマチカに「弟子入り宣言」して、生意気にも技術は教えないでくれと頼んだんです。教えてもらったのは、昆虫の生き死にをどう描きどう見せるかという表現上の考え方ですね。クマチカは「ちいさな命の美しさ」を追い続けた人。「愛するから美しい」というのが、師の座右の銘です。


虫取りおじさん、オジサンに怒られる


<近くで草刈りをしていたオジサンから声をかけられる>


——あんたたち、何してるの?


舘野 あ、昆虫採集です。


——あんまり、こっちに入ってきちゃダメだよ!


福岡・舘野 はーい。


舘野 怒られちゃいましたね。最近、昆虫採集も大変なんですよ。


福岡 昔は何にも言われなかったのにね。あ、ノコギリクワガタの頭部が落ちている。


舘野 (地面にしゃがむ)ここで、オオヒラタシデムシが交尾していますよ。そのすぐ横で幼虫がミミズの死体を食べている。これが同じオオヒラタシデムシの死体だったりすることもある。ちょっと、えげつない場面ですが。



福岡 これが、自然というものですよ。人間も似たような営みをやっているわけですから。舘野さんはこういうのを見ると、その場でスケッチされるんですか?


舘野 いや、スケッチよりは言葉をメモしますし、写真も沢山撮ります。


 そうそう、このあいだ安曇野に行って常念岳に登ってきたんですよ。高山蝶の絵本のために。まだ季節が早すぎたんですが、たくさん写真を撮った中にミヤマモンキチョウの幼虫がいました。これはうれしかった。


福岡 おお、私たち昆虫オタクのヒーロー、田淵行男さんが通い詰めていた常念岳ですね。


舘野 田淵行男さんは、私にとって「神」のような存在ですよ。高山蝶に魅せられて、素晴らしい本を出された方です。あんな本を作ることができたらなと思い続けて、はや何年かな。


福岡 もともとは山岳写真家だけど、当時カラーフィルムがなかったので、細密画でチョウを描いたのが素晴らしくてね。熊田千佳慕と年齢も近かったのでは。


舘野 クマチカより6歳年上だったと思います。明治生まれの一徹というところが見事に共通しています。


※後編へ続く

「本気の昆虫採集」おじさん2人旅 共食い編

http://bunshun.jp/articles/-/8099




ふくおか・しんいち

生物学者。1959年生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』など、「生命とは何か」を動的平衡から問い直した著作を数多く発表。近著『福岡伸一、西田哲学を読む』、最新刊『ツチハンミョウのギャンブル』。



たての・ひろし

絵本作家。1968年生まれ。札幌学院大学中退。幼少時より熊田千佳慕に師事。1996年より神奈川県秦野で生物調査のかたわら、生物画の仕事をスタートする。絵本に『しでむし』、『ぎふちょう』、『つちはんみょう』、『宮沢賢治の鳥』(文・国松俊英)など。図鑑も手がける。

2018年7月14日〜9月24日、町田市民文学館で「舘野鴻絵本原画展 ぼくの昆虫記」が開催される。





(福岡 伸一,舘野 鴻)

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