巨大勢力に正面から立ち向かう熱いビジネスマンたち

7月14日(土)6時0分 JBpress

 ビジネス、というのは、基本的には単なる経済活動だ。モノを作ったり仕入れたりして売る。サービスを提供する。どれほど大きな企業になろうと、そういう基本的な部分は変わらない。お金を稼ぐために何をするのか、ということの積み重ねで、ビジネスというのは成り立っている。

 しかし、単なる経済活動でしかないビジネスという営みが、物語以上のドラマを持つことがある。利益や会社を守ろうという、感動とは程遠いように思える行動の堆積が、振り返ってみればドラマティックな物語になっていることがある。スポーツなどでは、勝つことで感動させよう、という意識で選手らが動くこともあるだろう。しかしビジネスの場合、それはない。ドラマを生もうという意識のない無名の人たちが生み出す物語は、僕らの心を熱くする。

 実在する企業をモデルにした小説3冊を紹介しよう。


梶山三郎 『トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業』

 この作品のモデルとなった企業名の明言は一応避けるが、タイトルを見れば一目瞭然だろう。日本が世界に誇る、あの大企業である。

 主人公は、武田剛平。彼がトヨトミ自動車の社長を務めている時代の話がメインとなる。彼は、創業家である豊臣家の出身ではない“使用人”出身の社長であり、そしてその数々の手腕から後に、「トヨトミ自動車の救世主」とまで言われるようになった傑物である。

 武田の経歴は凄まじい。本流と言われる自工(自動車工業)ではなく傍流の自販(自動車販売、販売部門が独立した会社でのちに合併)出身であり、社の上層部に睨まれ17年も経理部に塩漬けにされる。さらにマニラに左遷され、武田はマニラで終わった、と誰もが言っていたところからの社長就任である。前社長がマニラで武田を見出したことによる大抜擢だった。奇跡である。

 社長に就任してからの武田の活躍も驚異の一言だ。中国、アメリカ、ヨーロッパと、大国を相手に日本の一企業が揺さぶりを仕掛け、これ以上ない形で海外進出を果たしていく。武田が敷いた世界戦略は盤石だ。武田は普通では使いこなせないような海千山千の社員をも手なずけ、起きている間は常にビジネスのことを考え続けた。そうやってトヨトミ自動車を世界最大の自動車メーカーへと引き上げる基盤を築き上げることになった。

 しかし悲しいかな。武田は創業家の人間ではない。トヨトミ自動車には、「トヨトミ自動車中興の祖」と呼ばれる、豊臣家の分家出身の社長がいたが、彼ですら分家出身だということで成果に見合った評価を受けていない。“使用人”出身である武田ならなおさらだ。武田は、創業家とのいざこざで道半ばにして社長を途中退場することになる。代わって社長に就任したのが、創業家の本家出身の豊臣統一なのだが・・・。

 モデルとなった自動車会社のことは全然知らないけど、おそらく事実をベースにして描かれているのだろうと思わせる圧倒的なリアリティを持つ小説だ。武田を始め、ホントにこんな人間が会社組織の中にいるのか?と思ってしまうような奇人変人が登場し、トヨトミ自動車の舵取りに関わっていく。しかしそれらは、トヨトミ自動車の“正史”ではない。豊臣家の本家至上主義がはびこるトヨトミ自動車は、武田の驚異的な功績を矮小化しようとしている。本書の著者は、そんな創業家の思惑からはみ出し、トヨトミ自動車の救世主たる武田の存在を前面に押し出そうとする。

 武田という稀代の経営者の活躍と、創業家の思惑。そして期せずして起こる、“使用人”出身社長・武田と創業家本家出身社長・統一の闘い。世界的企業の内側で繰り広げられる魑魅魍魎たちによる闘争は、想像以上に面白い。


百田尚樹 『海賊とよばれた男』

 出光興産の創業者をモデルに据えた小説だ。

 物語は、終戦直後から始まる。石油会社国岡商店の社長である国岡鐵造は、そのときすでに還暦を迎えていた。国岡は、厳しい決断を迫られていた。

 戦争で会社資産のほとんどを失った。また、戦前から国内の石油販売を統制していた石統(石油配給統制会社)の方針に逆らっていた国岡は、終戦後もしばらく石油をまったく扱えない状況だった。

 幹部は、社員の首を大量に切らなければ、国岡商店はもたない、と進言する。しかし国岡は、誰一人首を切らないという無謀な決断をした。

 国岡に何か打てる手があるわけではなかった。何もなかった。やれることは何でもやったが、経営は厳しかった。国岡は昔から収集し続けてきた骨董品などを売り払った。最終的に会社が立ち行かなくなれば乞食になろうと、国岡は腹を括った。

 戦後の石油業界は、「(石油)メジャー」と称されるアメリカの大資本石油会社(主に7社)に蹂躙されかかっていた。メジャーは、とんでもない条件を突きつけて日本の石油会社を傘下に入れ、日本市場を自らの手の内に入れようとあらゆる画策をしていた。GHQもその方針に賛同し、また石統や政府も、そんなGHQの方針にただ流されるだけだった。

 国岡だけが、それではマズイと考えていた。このまま民族会社が日本からなくなり、メジャーに支配されるようになれば、日本の復興は覚束ない。国岡は、日本の将来を見据え、それが13対1という無謀な闘いであることを承知したうえで、メジャーに対抗する決意をする。

 そして国岡は、世界をあっと言わせるとんでもないことをやってのける。イギリス資本の石油会社を国内から追い出し、経済的に孤立を深めたイランのアバダン製油所に、自社のタンカーで石油を取りに行ったのだ。


国岡という人間を感じてほしい

 国岡を中心に進んでいく物語そのものももちろん圧倒的に面白い。メジャーがどれだけ無茶な要求を突きつけてきたか。国岡がいかにしてそれをはねのけていったのか。敵も多く、長い期間精油設備さえ持てなかった石油会社が、なぜ世界のメジャーを相手にやり合うことができたのか。痛快なフィクションでも読んでいるかのような展開が実際に起こった出来事だと信じるのは難しいほどだ。

 しかし本書で何よりも感じて欲しいのは、国岡という人間のデカさだ。国岡は常に、社員のことを考えていた。ダメな社員も見捨てず、デキる社員には全権を与えて任せた。相当辛いこともさせるが、それができるのも、社員を家族と思い、どんなことがあっても自分が面倒を見ると決意を固めているからだ。

 しかし、国岡が社員以上に考えているのは、日本の未来である。

「国岡商店のことよりも国家のことを第一に考えよ」

 国岡の頭の中には常に、日本という国の行く末があった。自社の利益よりもまず、日本の未来を考えていた。国岡商会が強くなっても意味がない。国岡は、短期的な利益を追うことには、関心を持たなかった。先を読み、日本の将来を見据え、その中で自らがどう振る舞うのが最適であるのか。常にそれを考えていた。今これほどのスケールを持つ人物がいるだろうか、と考えてしまう。

「日本人が誇りと自信を持っているかぎり、今以上に素晴らしい国になっておる」

 今を生きる僕らは、21世紀を迎える前にこの世を去った国岡のこの言葉を受け止めることができるだろうか。国岡の言う「日本人」の中に、自分自身が含まれていると感じることができるだろうか。僕らが生きる現代は、国岡が望んだ「未来」と言えるのだろうか。本書を読んで改めて、一人ひとりの生き様の積み重ねが国を作るのだ、ということを実感して欲しい。


池井戸潤 『空飛ぶタイヤ』

 三菱自動車製の大型トレーラーの車輪が脱輪し死亡事故となった事件をモデルにした小説だ。

 小さな運送屋である赤松運輸の社長である赤松の元に、自社のトラックによる事故で人が亡くなった、という連絡が入る。しばらくして状況が把握できるようになると、ドライバーが人をはねたのではなく、車輪が脱輪しての事故だ、と分かった。赤松は、あり得ない、と感じた。赤松運輸では、一般の基準よりもはるかに厳しく整備を行っており、自社の整備不良のはずがない、と考えたのだ。

 赤松運輸のトラックはすべてホープ自動車のものだったが、ホープ自動車による事故調査では問題なし、という結果が出た。原因は赤松運輸の整備不良とされたが、赤松は納得がいかない。

 被害者の葬式へ出向いても門前払い。警察がやってきて家宅捜索をする。銀行が融資を渋り始める。取引先が事故のことを知り仕事を引き上げる。事故のことを知った同級生に息子がいじめられる。PTAの会長でもある赤松も非難を浴びる。そうした忙しさの中、赤松は巨大企業であるホープ自動車と戦う決意を固める。

 赤松運輸、ホープ自動車、そしてホープ自動車と同系列の銀行。三者の動きを中心にしながら、弱小運送屋の社長である赤松の奮闘を描く物語だ。

 三菱自動車をモデルにした小説であるが、作品の核を成すのは赤松だと言っていいだろう。超巨大企業に、弱小の運送屋のおっちゃんがどう立ち向かっていくのか。実に読み応えがある。

 赤松は、ホープ自動車との戦いだけに時間を割けるわけではない。バッシングを受けて仕事が減っている赤松運輸の経営も立て直さなければいけないし、息子が通う学校でのいざこざもどうにかしなければならない。そういう中で赤松は、自社の従業員を信じ、徹底的に調べ、ついにホープ自動車のリコール隠しを暴く端緒をつかむのである。読みながらきっと、赤松に声援を送りたくなるだろう。

 本書で描かれるホープ自動車がどこまで三菱自動車と類似しているのか、僕には当然判断できないが、本書で描かれるホープ自動車はとにかく酷い。大企業である、という部分にあぐらをかき、顧客を顧客とも思わない絶望的なトップが舵取りをしている。明らかなリコールが、大企業であるという理由で表沙汰にならない。

 もちろん、ホープ自動車にもまっとうな人間はいる。そういう人間の手によって、ホープ自動車の放漫な経営体質がどのように暴かれ、崩れていくのかがリアルに描かれていく。

 赤松を始め、様々な人間の奮闘によって明らかになる企業のモラルの低下は、小説の中だけでなく、現実に存在するどんな企業にも起こりうることではないかと感じる。

筆者:長江 貴士(さわや書店)

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