産休・育休支援が広まる一方、みんなに来る更年期はなぜ保護されないのか。症状で早期退職、解雇まで…。職場で話せない雰囲気は世界でも
2024年7月19日(金)17時0分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
厚生労働省が発表した「令和5年 賃金構造基本統計調査」によると、一般労働者の平均賃金は男性が350.9千円、女性が262.6千円だったそう。このような状況のなか、タイムズ紙のコラムニストの経歴を持つジャーナリストのアナベル・ウィリアムズさんは、「世界経済フォーラムによれば、現在のペースだと、男女間の賃金格差を解消するためには<257年>かかる」と話します。今回は、アナベルさんの著書『女性はなぜ男性より貧しいのか?』より一部引用、再編集してお届けします。
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更年期休暇の必要性
2019年にイギリスの労働党が更年期に配慮した政策を選挙公約に掲げて以来、更年期が女性の働く能力にどう影響するかについて議論されるようになった。
労働党は、産休の延長も要求していた。しかしながら、こうした政策はマスコミで酷評されている。
たとえば、『サンデー・タイムズ』のコラムニスト、カミラ・ロングは、女性は「たえず助けを求めているが助けてもらえない、痛ましく哀れでどうしようもないもの」だと思われるだろうと書き立てた。このような提案は「女性を子ども扱いし経済的なお荷物か犠牲者のようにしてしまう」と述べている(1)。
ここにはダブルスタンダードが見られる。妊娠に伴う合併症に苦しむ女性や産休中の女性を支援することが、女性を子ども扱いしているとか犠牲者にしているなどとは、誰も思わないだろう。
世界的に、産休を延長し充実させようという動きがある。また、カナダでは2018年に育児休暇を延長し、スカンジナビア諸国も同様の措置をとった。
子どもをもつ女性をいっそう支援する方向へと西洋文化が変わっているなら、なぜ、子どもがいなくて毎月の生理が止まったことのない女性も同じように助けようとしないのか?
更年期の症状に関心が払われない現状
更年期休暇の問題は、職場における年齢差別と性差別とのインターセクションだ。
更年期の症状は、身体的でもあり心理的でもある。たとえば、ホットフラッシュ、睡眠障害、動悸、頭痛、体のコリ、いらつき、情緒不安定、そしてこれらすべてに対処しなければならないというストレスがある(2)。
妊娠によってこうした症状を経験する20代の女性は同情と支援を得られるが、またたく間に30年が過ぎると、解雇を恐れ、症状を隠そうとする。
閉経期に入ると、月経の回数が少なくなり、やがて完全に止まる。閉経の平均年齢は51歳で、イギリスでは50歳以上で雇用されている女性が350万人いる。体調の変化はおおむね4年から5年続くが、12年も症状が続く女性が1割いる(3)。
すべての女性が生理痛を感じるわけではなく、すべての女性が子どもを産むとはかぎらないが、生理がある女性はみな、閉経を経験する。
しかし、職場で女性のニーズに応えようとする議論の大半は、子育ての負担に関連するもので、平等法と人事管理方針では、妊娠と出産に伴う休暇に重点をおいている。
すべての女性が経験し、何年にもわたって日々の生活に重大な影響を与える症状を伴う変化には、ほとんど関心が払われていないのだ。
更年期が女性の経済参加に及ぼす影響、つまり、仕事をするための能力や賃金水準、業務の生産性に関する影響については、あまり研究が行われてこなかった。
こうした研究がないこと自体が、女性のニーズが配慮されていないことを浮き彫りにし、更年期を経験する労働力人口の半分に対して公的な支援がほとんどないことを意味している。
世界各地から集められた数少ないデータによると、更年期症状のため労働時間を短縮したり早期退職したりする女性がいる。なかには解雇される女性もいるという。そしてその大半が、否定的な反応を受けることを恐れ、更年期の問題を上司に告げていない。
50代以上の年齢層の女性は、仕事を続けるなかですでに収入が落ちてくる時期に入っている。さらに、60歳時点で、平均的な女性は退職後に備えた貯蓄が男性の4分の1しかない。
なんとしても収入と貯蓄を増やさなければならないので、働く能力に影響するようなことは何であれ、支援を受けられるようにするべきだ(4)。
「個人的な問題」とみなす姿勢を変える
人種に対する配慮も必要だ。
更年期と仕事に関するイギリス政府の報告によれば、ホットフラッシュを経験する女性は、アフリカ系アメリカ人で最も多く、次いでヒスパニック系、白人となっている(5)。
アフリカ系アメリカ人とヒスパニック系の女性は、白人女性以上に賃金格差に直面しているので、更年期の体調の変化で経済参加にさらに深刻な影響が出るなら、いっそうの支援が必要になるだろう。
更年期症状は、職場の環境によって悪化することもある。
具体的には、部屋が暑すぎる、または換気が悪い、水分補給をする休憩時間がない、休憩場所がない、人が多すぎる作業スペース、また動きが制限される制服や形式ばった会議などだ。
汗じみやホットフラッシュを隠すために要する感情労働、生理痛、生理が重いときの手当て、不眠といった問題は大きな負担になる。
先のイギリス政府の報告では「更年期の女性は、職場で周囲にいる人の理解を得られず冷たい扱いを受けているとたえず感じていて、これはジェンダー差別と年齢差別によるものだという。こうしたことを示す根拠もある」と述べている(6)。
また、「女性が、同僚や上司からばかにされ、ハラスメントを受け、非難されていることを裏づける根拠もある。このような扱いを受ける理由は、更年期の症状が原因である場合もあるが、単に、40歳以上の女性に対する『ヒステリック』『情緒不安定』『更年期っぽい』といった先入観による場合もある」としている(7)。
女性は更年期について職場でオープンに話をしない。話すと、男性より弱々しく能力がないと思われるのではないかと不安を感じているからだ。
そうした不安自体が、ミソジニーが心の内に根を張っていることを意味する。というのも、更年期による変化はまったく普通のことであり病気ではないからだ。
私たちは、更年期を個人的な問題だとみなす姿勢を変えなければならない。妊娠と同じく、一部の人だけでなく多くの人に関係することなのだ。
イギリスの企業のなかには、更年期に配慮した対応をそれほど面倒だとは考えず、独自の方針を導入した例もある。
小売業のマークスアンドスペンサー(従業員の大部分が女性)では、管理職の裁量で従業員のために合理的な対応をとることを認め、従業員による取り組みを一般の人向けに紹介するミニ・ウェブサイトを立ち上げている。
ノース・リンカンシャーのカウンティ事務所[カウンティは県レベルに相当する行政区分]の幹部は、更年期は取り組む価値のある課題だと考え、オフィス内の服装規定をゆるやかにし、USB冷却ファンを支給している(8)。
倫理的な議論
経済面での議論に加え、倫理的な議論もある。
更年期症状に悩む従業員を差別することは、2010年平等法に反している。イギリスの通信会社BTは2012年、更年期症状に苦しむ女性を不当に解雇したとして、雇用審判所に訴えられ敗訴した。
(写真提供:Photo AC)
女性は医師による診断書を男性の上司に渡したが、男性は部下の状況を理解しようとせず、自分の妻の経験に基づいて症状を認識していた。
法廷は、男性上司が更年期の症状について、別の疾患による症状を抱える人と同じように対処しなかったと裁定した(9)。
要するに、女性は——全員ではないにせよ——子宮内膜症や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)といった女性特有の疾患や症状で苦労することがあるのだ。
多くの国では、こうした問題に職場で対処するための具体的な施策がないが、導入すべきである。
企業の人事方針は、生理がある人たちを含めた人間の体の現実を考慮に入れて、改定すべきだ。
そして、こうした問題について、すべての管理職に対し、着任時か研修を受ける際に周知しなければならない。
更年期への対応の必要性
更年期に対する職場の対応は、これからますます重要な課題になっていく。60代になっても働く女性が増えているからだ。
イギリスでは、55歳から59歳の女性で働いている人の割合は、30年前には50パーセント未満だったが、現在では70パーセント近い。同様の傾向が、ほかのヨーロッパ諸国とオーストラリアでも見られる(10)。
寿命が長くなり、また政府が経済拡大のために女性の労働力参加を奨励しているので、働く女性はこれからも増えるいっぽうだろう。
企業も能力が高い社員を最大限活用しようとしていて、女性は学業成績で男性を上回っているので、男性より教育程度が高く収入が多い女性がますます増えていくと考えられる。
職場で取り組むジェンダー不平等の最後の段階が、生理と更年期を軽視し悪いイメージをもつのをやめることだ。
この問題はミソジニーと年齢差別とに結びつけられていたため、これまで黙殺されてきた。
しかし、複雑でデリケートな問題に関する差別を根絶することは、すべての女性の利益になる。そうした差別の一つが生理なのだ。
(1)Camilla Long, ‘Thanks, Jeremy, but we working women will give the weeping and wailing room a miss’, The Sunday Times, 10 November 2019,www.thetimes.co.uk/article/thanks-jeremy-but-we-working-women-will-give-the-weeping-and-wailing-room-a-miss-omtwh3ct3.
(2)‘40% of women are taking days off. Should we have paid period leave?’, ABC News, 8 August 2018, www.abc.net.au/triplej/programs/hack/should-we-have-paid-period-leave/10090848; HM Government, ‘Gender equality at every stage: a roadmap for change’, Government Equalities Office report, July 2019, https://assets.publishing.service.gov.uk
/government/uploads/system/uploads/attachment_data
/file/821889/GEO_GEEE_Strategy_Gender_Equality_Roadmap
_Rev_1__1_.pdf (2020年2月10日アクセス).
(3)以下を参照。‘Menopause: Symptoms’, NHS website, www.nhs.uk/conditions/menopause/symptoms (2020年2月10日アクセス); HM Government,‘Menopause transition: effects on women’s economic participation’, Government Equalities Office report, July 2017, www.gov.uk/government/publications/menopause-transition-effects-on-womens-economic-participation (2020年2月10日アクセス).
(4)以下を参照。‘Insuring Women’s Futures’, p.38, Chartered Insurance Institute report, www.cii.co.uk/media/9224351/iwf_momentsthatmatter_full.pdf (2020年2月10日アクセス).
(5)HM Government, ‘Menopause transition: effects on women’s economic participation’, p.22.
(6)同上、p.9.
(7)同上、p.46.
(8)‘Championing diversity’, North Lincolnshire Council website, www.northlincs.gov.uk/community-advice-and-support/championing-diversity(2020年2月10日アクセス).
(9)‘Dismissal without taking account of menopause symptoms - discriminatory and unfair’, Pure Employment Law website, 22 May 2012, www.pureemploymentlaw.co.uk/dismissal-without-taking-account-of-menopause-symptoms-discriminatory-and-unfair.
(10)HM Government, ‘Menopause transition: effects on women’s economic participation’, p.12.
※本稿は、『女性はなぜ男性より貧しいのか?』(晶文社)の一部を再編集したものです。
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