鹿児島県の山の廃校から広がる、坂口修一郎さんの地域と未来の関係づくり。

7月29日(水)6時0分 ソトコト

鹿児島県の山の廃校から広がる、坂口修一郎さんの地域と未来の関係づくり。

※本記事は雑誌ソトコト2018年2月号の内容を掲載しています。記載されている内容は発刊当時の情報です。本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

東京と鹿児島を行き来しながら廃校になった学校と地域の再生を目指す坂口修一郎さん。8年間、鹿児島県南九州市町へと通い、地域の衰退を肌で感じ、「この場所から明かりを消したくない」という思いで、地域との関わりを広範囲へと。新たな動きが始まろうとしています。

イベント開催で「熱」を送って、「対流」を。

築約80年の木造校舎の前、グラウンドの中央には大きなクスノキが大地に根を張っている。鹿児島県南九州市川辺町にある旧・長谷小学校は、廃校になって27年。現在は、地元の『長谷ふるさと村』が管理を受託し、『かわなべ森の学校』(以下、森の学校)としてイベントや交流の場に使われている。人里離れた山の中腹にあるが、手入れが行き届き、大切にされていることがひしひしと伝わってくる。

2010年から毎年8月に、『かわなべ森の学校』で開催されている「グッドネイバーズ・ジャンボリー」。
photo 南修一郎

 しかし、3年ほど前、南九州市は建物の老朽化と耐震上の問題、財政難などの理由でここを閉鎖していく方針を打ち出した。地元からも「仕方ないのかもしれない」と、閉鎖を受け入れる雰囲気も出ていたという。そんななか「維持・活用の方向を考えてはどうか」と、声をかけたのが坂口修一郎さんだ。暮らしの拠点がある東京と故郷の鹿児島県を行き来しながらプランニングディレクターとして働く坂口さんは、『森の学校』を会場として、2010年から毎年夏に「グッドネイバーズ・ジャンボリー(以下、GNJ)」という参加型のフェスティバルを主催している。

2000人近い来場者がある。
photo 南修一郎

 坂口さんが声を上げたのは、「GNJを長年続けてきた思い入れのある学校を、どうにかして残せないか」という思いからだった。そして、GNJをとおして信頼関係を結んだ地元の住民や仲間たちと話していくうちに、坂口さんの考えはさらに広い範囲、地域やコミュニティにまで広がっていった。

「旧・長谷小学校が統合された高田小学校は今、生徒数がおよそ50名。その高田地区でも年間20軒という尋常でないペースで空き家が増えていて、これ以上進むと『町』としての維持が難しくなる。僕が『森の学校』と関わってきた8年の間だけでも集落がひとつなくなって、明かりが消えたのを見てきた。少しずつ衰えていく様子を肌で感じていると、年に一度、夏の時季だけイベントで関わるのでは足りない。夏の『熱さ』が冷めないよう、熱を起こし続けて、点を線に変えていきたいと思いはじめたんです」

 そう思いを語る坂口さんは、『長谷ふるさと村』メンバーであり、『高田校区公民館』館長のさんをはじめとする地元住民や、地域外から川辺に関わる仲間たちと『森と水のくらしプロジェクト』という任意団体を設立。『森の学校』を積極的に活用するとともに、周辺地域の地域資源の活用、集落の空き家の再生、移住者の受け入れといった「土地の宝」を次の世代へと受け継いでいくための活動へと発展したのだ。

刺激を与え合う関係。

 17年4月に設立された、高田地区の「空き家対策部」部長として活躍するのは、アメリカ・カリフォルニア生まれのジェフリー・アイリッシュさん。『森と水のくらしプロジェクト』メンバーで、1998年から川辺で暮らしている。鹿児島国際大学教授として民俗学やまちづくりを教えている。

「住民が高齢化し、空き家が増え、集落として維持できなくなっていくことは、ある意味、自然なこと。だけど、高田地区ではまだやれることあるんじゃないか」。空き家対策部を発足した理由をジェフリーさんは語る。現在は、大学のゼミ生や坂口さんらと一緒に、空き家の片付けをして移住者を迎える準備をしている。

『かわなべ森の学校』(旧・長谷小学校)の校庭で。

「私たちと坂口さんはいい意味で刺激し合っている。コミュニティとの関わりを求めていた坂口さんにいい影響も与えられたし、坂口さんが地域のことを見て、応援してくれているのを深く感じているから」と、ジェフリーさんは話す。

 たしかに見てくれる人がいると、地元の人も行動を起こしたくなるらしい。2017年夏のGNJでは、初の試みとして「川辺・高田校区探索ツアー」を開催。高田地区で家の見学や散策をしたほか、石切り場跡、、高田タービン揚水所などの「地域資源」へも案内した。だからといって、「外の人の力がないと、地域が元気にならないわけじゃない」と、ジェフリーさんは言いきる。

「自分たちだけでだってできるし、楽しめる。だけど、外の人とつながることで、新しい考えや人など、違う風が送り込まれる。地域やコミュニティは、ひとつの生き物みたいなもの。いろいろな人が関わっていくなかで、動いていくからね」と笑う。すべての住民が『森と水のくらしプロジェクト』の活動にを挙げて賛成というわけではない。「古くなり、危険な建物は壊したほうがいいのでは」と心配する声もある。

「だけど、壊した先に何が残るのか? とにかくなんでも、やってみないとわからんからね」というのは、『森と水のくらしプロジェクト』メンバーであり、古くから高田地区でまちづくりの活動をしてきた有村光雄さんだ。「地域に興味をもってくれる人がいることはとてもありがたい。どんな手伝いができるか、いつも考えている」と言い、すぐ行動に移す。石切り場跡をみんなに紹介したいからと、ジャングルのように生い茂っていた木々をショベルカーで切り払ったのも有村さん。そして、石切り場の佇まいや音の響きに感動する坂口さんたちが「ここでライブやパフォーマンスができたら」と相談していると、「発電機なしで電気が使えるよう、電信柱の設置を市に要請しているから」と、すでに先手を打っている。

 隣の地区である、勝目地区の若手住民が中心となった新たな動きも生まれた。GNJ開催に合わせて、地元であまり活用されていない『公園』をキャンプ場として活用することを思いつき、『ともの池活性化協議会』を5人で結成。GNJのときはキャンドルでライトアップしたり、シャワーブースを設置したりと工夫を凝らしたもてなしをした。利用実態調査をしてベンチなど足りないものをワークショップでつくったり、独自のイベント開催も企画中だ。

定住をしない、という選択。

イベントプロデュースを行う『BAGN』代表取締役として全国を飛び回る坂口さん。

 地元に熱を送り続ける坂口さんは、住民票を移そうか、本気で考えた時もあったという。「地域外で暮らす坂口さんが、この先どうやって管理をしていくのか」と心配する声もあったためだ。

「だからといって住むことで余計な利害関係が生まれて、自由に動けなくなる可能性もある。いろいろ考えた結果、『ここには住まない』という結論に達しました。全国を回り、戻ってくることで、リアルな情報や考え方を持ち帰ることができるから。みんなが心配する気持ちもわかる。でも、僕も覚悟を決めて、この先続けていける仕組みをつくるから、みんなも覚悟を決めましょうと言っている。そして『外の人間に頼りすぎないほうがいい』とも言いたい。僕はコンサルタントではなく、プレイヤーなのだから」

熱がないと対流は生まれない。周りから熱を与えることでそこに新しい流れが生まれる。「だから、僕はこれからもその熱を与え続ける存在でいたい」という坂口さんは、これからも自身から発する熱で周囲の人を熱くさせ、いろいろな場所で流れを生み出していくのだろう。

photographs by Yusuke Abe
text by Kaya Okada

ソトコト

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