愛する人を亡くした悲しみとの向き合い方について高齢者が秀逸なアドバイス

8月2日(木)20時30分 カラパイア

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 お決まりのフレーズだが、「人生楽ありゃ苦もあるさ」だ。

 光あるところに影はできるものだ。だが、あまりにもひどい悲しみゆえに、日の当たる場所になかなか抜け出せないこともある。

 特に愛するものの死は、誰にとっても耐え難い出来事だ。

 自分が悲しみの渦中にどっぷりつかっていると、克服するのはなかなか難しい。とても振り払うことなどできないと思った絶望がほんの一時途切れて、少しでも大丈夫そうだと思えるまでは、とにかく落ち込みまくるばかりだ。

 インターネットで見知らぬ誰かと接触して助けを求めるのは、悲しみを封じ込めて、ためこんでしまうよりいい方法かもしれない。

 数年前、ある海外掲示板ユーザーがこの方法をとった。

 彼女はネットで、親友の死に向き合うための最適な方法を訊ねたのだ。

 さまざまな人たちが彼女の為にアドバイスを寄せたが、中でもまさに核心をついていると誰もが認めたのが、Gスノウ(GSnow)の言葉だった。

 高齢者を名乗る彼は、悲しみとはなにか、その受けとめ方、切り抜け方を語っているが、それはまさに素晴らしいアドバイスだった。

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それじゃあ、始めようか。わたしは年寄りだ。

ということは、わたしはずいぶん長く生きながらえたが、わたしの知りあい、愛した人たちの多くはこんなに長く生きなかったということだ。

友人、親友、知り合い、同僚、祖父母、母、親戚、先生、師匠、学生、隣人、その他大勢の人たちはもういない。わたしには子どもはいないから、子供を亡くしたときの悲しみは想像できない。だが、些細な意見ならある。


人の死に慣れるということはない
人間は人の死に慣れるものだと言えたらどんなに楽だろうか。わたしにはとてもできなかったし、そうしたいとも思わない。

どんな状況であろうと、愛する人の死には、いつもぽっかり空いた穴を引き裂かれそうになる。それを"なんの問題もない"ものにしたくないし、ただ通り過ぎていく過去のものにもしたくない。

わたしの心の傷は、愛する者、わたしが関わっていた人たちとの関係の証となるもの。傷が深いほど、愛も深い。そういうものだ。

心の傷は生きてきたことの証
傷は生きてきたことの証。自分が深く愛し、生きることができ、傷つき、胸をえぐられるような思いをしても、それを癒し、生き続け、愛し続けることができる、その証拠なのだ。

傷ついた箇所の組織は、再生すればそれまでの組織よりもずっと強いものになる。傷は人生の証、それがわからない人にとっては、ただの醜い傷にしか見えないもの。

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悲しみは波のようなもの
悲しみというものは、波のようにやってくることがわかるだろう。

船が難破して、投げ出されたあなたは波間で溺れそうになっている。まわりには船の残骸が漂流している。

それらはすべて、船が美しかったこと、立派だったこと、でも今はもうないことを思い出させる。あなたはただ、波に身をまかせて浮いているだけ。

残骸のかけらを見つけて、しばらくはそれにすがりついているが、おそらくその残骸が唯一残された実体のあるもの。幸せな記憶や写真、あるいは、やはり同じように浮いている人間かもしれない。

あなたができることといったら、ただひたすら波間に浮いて漂っていることだけ。そして生き続けることだけ。

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最初、波は30メートルもの高さで、容赦なくあなたに襲いかかってくる。それが10秒ごとにやってくるので、あなたは息つく暇もない。

それでもとにかくなにかにつかまり、沈まないように必死になる。しばらくして、そう、数週間か、数ヶ月たっても、波はまだ30メートルもあるが、押し寄せてくる間隔が長くなっていることに気づくだろう。


波の合間に生がある
相変わらず、あなたを押し流そうとするほど力強いが、波が襲ってくる間に息をつき、なにかほかのことができるようになる。

なにが悲しみの引き金になるかは、まったくわからない。歌かもしれないし、絵、通りの交差点、コーヒーの香りかもしれない。

なんでも、きっかけになる可能性はある。そして波は変わらず襲ってくる。でも、波が押し寄せる合間合間に生がある。

いつ、どこであるかは、人によって違うが、あなたは波が24メートル、あるいは15メートルと低くなっているのに気づくだろう。


やがて波がくる感覚がながくなり、受け止める準備ができる
相変わらず、襲ってはくるけれど、その間隔がさらにあくようになる。あなたには波がやってくるのが見える。

記念日、誕生日、クリスマス、オヘア空港への着陸と。それがやってくるのが見え、ほとんどの場合、受け止める心の準備ができている。

波に流されそうになっても、別の方向へとなんとか切り抜けることができる。びしょぬれになって、水を吐き出しながらも、まだ小さな残骸のかけらを放さない。でも、きっとあなたは切り抜けることができるだろう。

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波と共に生き延びることを学ぶ
老人のたわごとだが、ぜひ聞いて欲しい。

波は途絶えることはない。だがどういうわけか、あなたも途絶えて欲しくないと思っている。そして、波に負けずを生き延びることを学ぶ。

また別の波がやって来るが、それも乗り越えられる。あなたの人生が幸運なら、あなたはたくさんの愛する人から、つまり難破船のたくさんの残骸から多くの傷を受けることになるだろう。

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このコメントを読んだ人たちから、こんな共感の声が上がった。

taterbizkit:
なんて人なんだ。まさにそのとおりだ。

わたしの父は2年前に亡くなった。その痛手はまだ癒えない。でも、父は自分が死ぬことがわかっていた(咽頭ガンだった)。

死ぬ3日前にあえて治療をやめたので、頭はしっかりしていて明瞭だった。わたしはどれほと父を愛していたかを話した。父もわたしを含め、家族全員に同じことを言った。これはすばらしい体験だった。

2日後、わたしは母に腕を回し、母は父の手を握り、わたしの妻がもう片方の手を握った。そして、父は最後の息をついた。

死がこれほどまでに美しいものであることに、わたしは驚いた。父は死ぬ必要などないのではないかと思ったくらい、父の死はこの上なく美しいものだった。

46年の人生で初めてこんな美しい場面に立ち会った。人間であることを光栄に思う。悲しみでさえ、これほど美しいのだから。

demolisher71:
大切な人を亡くしたことがないので、こうした思いは本当の意味ではわからないが、この人の類推的なものの考え方が好きだ。いつか、自分もこんな風にして切り抜けられるかもしれない。(類推するのが好きなので)

辛い悲しみの影響がどのように出るのかは人によって違う。たったひとつの方法がすべてに効果があるわけではない。

絶望的に思える状況を乗り切る戦う力を得るために、あなたができることはいくつかある。
References:reddit/ written by konohazuku / edited by parumo

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