野辺山天文台、「もうすぐ星が生まれる場所」を発見

8月7日(金)6時0分 JBpress

野辺山宇宙電波観測所。大きなパラボラ・アンテナが45m電波望遠鏡。左は八ヶ岳

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 7月2日、優秀番組に贈られる「57回ギャラクシー賞」(放送批評懇談会)が発表された。テレビ部門大賞を受賞したのが、テレビ信州制作の「カネのない宇宙人 閉鎖危機に揺れる野辺山観測所」である。大賞選評では、「国からの交付金削減で日本の基礎研究が衰退していく現実を見事に浮き彫りにしました。経済的利益を優先する国の政策に警鐘を鳴らした秀作です」との評価を得た。

 舞台となったのは、JBpressでもおなじみの国立天文台・立松健一教授が第13代所長を務める野辺山宇宙電波観測所(長野県南佐久郡)だ。野辺山観測所は1982年に開所。直径45メートルの電波望遠鏡で銀河の中心に超巨大ブラックホールがあることを初めて観測するなど、数々の成果をあげ、電波天文学の聖地と呼ばれている。しかし財政難により本館が閉鎖され、その結果、外部研究者の観測所を訪問しての共同利用観測ができなくなるなど、存続の危機に陥っている。

 そんな立松教授が、原始星(赤ちゃん星)が生まれそうな場所を世界で初めて見つけたという。さっそく話を伺った。(JBpress)


オリオン座で星が生まれる場所を探せ!

──立松先生が主役(?)の番組がギャラクシー大賞を受賞されましたね。おめでとうございますと言ってよいのかわかりませんが、ご感想は。

立松健一教授(以下、敬称略) テレビ信州さんが1年間の密着取材で作り上げた作品が大変高く評価されて、協力させていただいた者として、とてもうれしく思っています。

──日本の基礎研究の衰退というあたりは後で伺うとして、今回Astrophysical Journal(米国天文学会)に掲載された論文では、何を発見されたのですか。

立松 簡単に言うと、宇宙空間でもうすぐ星が生まれそうな場所を見つける手法を開発したということです(参考:8月4日のプレスリリース「オリオン座『もうすぐ星が生まれる場所』目録完成—『謎の二つ目玉』原始星の発見—」)。その結果、星が誕生するきっかけとして「体重増加」運動が重要らしいことを発見しました。

──永い宇宙の時間の中で、星がどのように生まれるかがわかるということですか。

立松 そうです。今回の研究成果の前に、宇宙の年代測定の話をしますね。

 岩石や化石の放射年代測定をご存じでしょうか? 放射性核種の崩壊などに基づく年代測定で、何千年、何万年前という年齢を調べることができます。そこで宇宙の星々ではどうしているかというと、多数の天体を観察し、年代順に並べてその成長を調べます。年代順に並べるためには、基準が必要です。地上と同じことが宇宙でできないかという試みの話です。

 これまでも、星の赤ちゃん、小学生、中高生に関しては、年齢の測定法がありましました。星が出す「赤外線」、焼き芋がおいしくなるやつですね! 星は、可視光だけでなく赤外線も出しているのでそれを観測して星の温度をはかり、年齢を測定する方法です。一方、星が生まれる前はどうなっているか。星や惑星は、宇宙に漂う雲、分子ガスでできているので分子雲といいますが、その特に濃いところの「分子雲コア」が材料となって星が生まれます。星の赤ちゃん、すなわち原始星は「分子雲コア」から誕生し、成長して、大人の星になるわけです。誕生前の「分子雲コア」の年齢のいい測定方法が今までなかったのです。年代測定ができないので、どこで星が生まれそうかがわからなかったわけです。


野辺山とアルマ望遠鏡「森田アレイ」が連携

──つまり星の年齢は測定できるけど、星になる前の「分子雲コア」状態の年齢はわからない。それがわかるようになる手がかりは何ですか。

立松 それは「重水素」です。私たちの身近な「水素」は、宇宙を構成する炭素、窒素、炭素といった元素のうち、一番軽いもので、そして、宇宙で一番数が多いものです。元素記号でHですね。

 最近では自動車の燃料電池でも使われていますが、この水素の変わり種に「重水素」というのがあります。元素記号はD(デューテリウムまたは2H)と書きます。

(注:水素は陽子1個、電子1個でできているが、重水素はさらに中性子1個を余分に持つ。陽子と中性子は重さがほぼ同じで、電子の重さはその約2000分の1。重水素の重さは通常の水素の2倍である。海水中に多く含まれる。ちなみに三重水素は原発の汚染水でよく聞かれるトリチウム。)

 この重水素が、とても大事だということがわかってきましました。電波望遠鏡で調べてみると、重水素の割合が、分子雲コアの中でどんどん高くなっていき、ひとたび星が誕生すると急に減少することがわかってきたからです。つまり、重水素の割合が高いほど、星の誕生の瞬間(といっても10万年単位の時計で計ってですが)に近いことがわかります。星がまだ生まれていない分子雲コアでは、重水素の割合が高ければ、もうすぐ星が生まれそうな「臨月の分子雲コア」というわけです。

──どこで見つかったのですか

立松 オリオン座です。野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡(本記事の冒頭の写真)使って、オリオン座を探査し、世界初の「もうすぐ星が生まれる場所」目録を完成させました。

──なぜオリオン座を?

立松 オリオン座を選んだ理由は、星が集団で誕生していることがわかっているからです。ざっと数えると、星の子供が千人ぐらいいます。いや、千星ですね。

 野辺山の観測で星の誕生の直前・直後と判明した場所、つまり重水素の割合が高い場所を、国立天文台などが国際協力で建設した南米チリにある究極の電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」で詳細観測しました(下の図)。「アルマ望遠鏡」の日本製作部分「森田アレイ」を使って観測しました。星の誕生直前の場所では、周囲のガスが分子雲コアに向かって落ち込んでいる「体重増加」が観測されたのです。

(注:森田アレイ=Morita Arrayは、2013年3月に本格稼働が開始された日米欧共同プロジェクトであるアルマ電波望遠鏡のパラボラ66基のうち、日本製16基をいう。天文学者、森田耕一郎教授はこのプロジェクトの中心的メンバーであったが、2012年5月サンティアゴの自宅前で強盗に襲われ死亡した。森田氏の業績を称えて別名としてモリタアレイとすることがアルマ評議会で正式決定された。本稿では故人への思いも込めて漢字表記とした。)

──体重増加? つまり星の材料がたくさん集まっているということですか?

立松 そうです。以前から「分子雲コア」が星形成を起こすためには、何らかのきっかけが必要と考えられています。このきっかけの候補としてこれまで3つの説があります。ちょっと難しいのですが、「乱流(さざ波)減衰」モデル、「磁力線減少」モデル、磁石のまわりの鉄粉が模様を描くあれです。宇宙にも磁力線がありますから。3つ目が「体重増加」モデル。今回の観測で「体重増加」が星の誕生のきっかけを与えている可能性があることがわかりました。

 一方、誕生直後の場所では「謎の二つ目玉構造」、すなわち重水素を含む分子ガスの塊が原始星(赤ちゃん星)に対称に分布していることを発見しました。でも「二つ目玉」がある程度普遍的なものか、また何を意味するのかは、まだよくわかっていません。

──「二つ目玉構造」の意味はまだわからないのですか。

立松 ええ、わかりません。宇宙は、まだまだわからないことだらけですね(笑)。

──星は日々生まれていると言われますよね。今回の立松先生の研究論文は星の生まれる時の状況を解き明かす手法を見つけた、ということですか。

立松 そうです。星が生まれる前に分子雲コアはどんどん変化していくので、星誕生の直前の「分子雲コア」を研究することは、とても重要です。以前にもJBpress(「見えない宇宙を探る! 電波望遠鏡って何してるの?」)で書きましたが、星の重さの謎(一番軽い星と一番重い星で1000倍もの違いがある!)、連星の謎(たいていの星は双子星、その割合はどのように決まっているか?)、星団の謎(星が集団的に誕生している場所とそうでない場所がある)など数々の謎の解明が、重水素の割合が高い星の誕生直前直後の研究で、飛躍的に進むのではと楽しみにしています。

(注)なお、この研究は立松教授と金観正(キム・グワンジョン)研究員(野辺山宇宙電波観測所)をはじめとする国際研究グループによるもので、米国天文学会発行の学術専門誌に掲載されている。


このままでは日本が科学の二流国に

──テレビ番組の話を聞かせてください。「カネのない宇宙人」。このタイトルは誰がつけたのですか。また、どんな意味でしょうか。

立松 制作したテレビ信州の高柳峻ディレクターです。野辺山観測所の創設で中心的役割を果たした第3代所長の森本雅樹さんが、「宇宙人っているんですか?」と聞かれたときに、「宇宙人なんているに決まっているじゃない! だっておじさんが宇宙人なんだもん」と答えていました。取材中にその話を紹介したところ、浮世離れした(変人的?)天文学者を「宇宙人」と命名したようです。観測所が財政難にあるので「カネのない」なんですね。

──番組タイトルや論座(朝日新聞社)の記事でも、「閉鎖危機」「所員120名から13名へ」とありますが、現状はどんな状態ですか。

立松 13名は2年後の2022年度の予定で、現在は26名です。2年間で半数になるということです。

──国の基礎研究に対する資金提供が毎年1%ずつ減っていくなかで、この状況が続くと日本の基礎研究は衰弱し、ノーベル賞受賞者も出なくなるという声も聞かれます。

立松 大変心配です。野辺山観測所だけでなく、日本の研究機関、特に国立地方大学などの疲弊は相当深刻です。科学分野でいえば、このまま放置すれば、間違いなく日本は科学の二流国になってしまいます。

──かつてはいろんな大学の研究室に、無償で野辺山の望遠鏡観測時間を提供していたと聞きます。しかも交通費まで支給して。次代の天文学者を育てるということに影響は出ていませんか。

立松 望遠鏡の無償利用は、あと2年継続する予定です。その後は有償利用に変わる予定です。観測のための交通費支給は財政難のため1年前に終了しました。やはり財政難のために望遠鏡稼働時間を減らしているので、観測利用者は半減しており、大学院教育などに影響が出ていると思います。大学の学部学生向けの電波天文観測実習は、毎年8〜12名を受け入れていました。今年度は規模を縮小して4名の受け入れを予定していましたが、新型コロナ感染拡大で中止となりました。

──日本の電波天文学の聖地と呼ばれた野辺山が、厳しいですね。それでも年間で発表される論文数はほかに比べて多いと聞きます。今はどのような工夫をされていますか。

立松 野辺山観測所で観測した人に、観測所の存続のためにぜひ論文を書いてくださいと、事あるごとにお願いしています。口うるさい所長ですね。そしてみなさん、それに十分以上に応えていただいています。本当にありがたいことです。

──番組の最後に立松先生は「めんどくさいことは多いけど、だけど楽しいです」とおっしゃっていますね。そのココロは。

立松 財政的には厳しいし、それに伴う困難は多いけれど、大好きな星空のもと、これまで頑張ってきた望遠鏡に感謝しつつ、仕事をさせていただけることは、大変やりがいのある天職だと思っています。

──天文学者の心根を伺えました。ありがとうございました。

筆者:立松 健一

JBpress

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