「東京」と「東亰」の違いとは?

8月9日(水)12時0分 ビーカイブ

古い東京の地図を読むと「東亰」の文字が記されていることがあります。これは「とうきょう」ではなく「とうけい」と読みます。明治の初期から、20年代まで用いられていました。





これは何か?


明治時代にはいると、これまで江戸と呼ばれていた都市は東京とあらためられます。この文字を「とうきょう」と読むのか「とうけい」と読むのかははっきりと定められなかったため、2つの表記が混在することになりました。もともと「とうけい」は、旧幕府派の人たちによって好まれていたようです。京をきょうと呼ぶことは、京都を彷彿とさせることで、ここは江戸という確固たる都市であるということで、あえて変わった呼び名としてとうけいが用いられたのでしょう。同時に、江戸から明治への移り変わりで事実上の首都が東京へ移ってしまった京都では「西京」の呼び名が広まりました。これも古い時代を懐かしむと同時に、東の京(みやこ)に対して西の京もあるぞというプライドを感じ取れます。


どこに残っている


現在、とうけいの呼び名は消え失せてしまいましたが、京葉線(けいようせん)や、京浜工業地帯(けいひんこうぎょうちたい)といった言葉に「けい」の呼び名は残っています。呼び名ひとつとっても歴史を感じ取れるエピソードではあるでしょう。

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