バスの中で営む居酒屋「千両」でしみじみ飲んだ

8月15日(木)17時0分 Rettyグルメニュース

以前、廃バスの中で営業しているラーメン店、和歌山の山崎食堂を取材した。


かつては多くの乗客の足となり、道路を走り回っていたバスの中で美味しいラーメンをいただくというのは、不思議な体験だった。


その後、記事を読んでくれた知人から「大阪にバスの車内で営業している居酒屋がある」という話を聞いた。


居酒屋ということは、そこに色々なおつまみメニューがあり、じっくりとお酒を飲めるような空間があるということか。で、それがバスの中……。それは、なんとしても行ってみたいじゃないか。


そのお店は『千両』という名で、大阪府松原市にあるらしい。近鉄の河内松原駅から2キロほどの場所、大阪中央環状線という大きな道路沿いに位置している。


河内松原駅前からタクシーに乗ってお店に向かう。お店の名前を出すと「ああ、バスのお店ですね」と、運転手さんもご存知だった。タクシーを降りると、本当だ。目の前にバスの車体が。








ミントグリーンというのだろうか、ちょっと緑がかった水色の車体で、ちょっと古めかしいバスである。














こちらは反対側からの眺め。バスを支える枠に囲われ、不思議な外見になっている。








ドアを開けて入っていってみよう。








ボタンを押すと、ドアが開く仕組みになっている。








間違いなくバスの中でありながら、くつろぎの座敷席が用意されている。














カウンターに腰かけ、まずは生ビールを1杯。














キンキンに冷やされたジョッキでゴクゴクとビールを飲む。








少し気持ちが落ち着いたところで、改めて店内を見渡してみる。


バスの入口付近には生け簀があり、魚が泳いでいる。








その脇の奥まったスペースは、掘りごたつの置かれた半個室だ。








バスの中に生け簀…バスの中に掘りごたつ…。「バスの中に」がつくと、なんでも面白く思える。


生け簀があることからもわかる通り、お刺身が新鮮でおすすめだという。


「つくり盛合せ(1300円)」をいただくことに。








マグロ、イカ、金目鯛、ハマチ。どれもツヤツヤしており、ボリュームたっぷりだ。


バスの中のカウンターでお刺身を前に飲んでいる。改めて、妙な光景である。








お店をご夫婦で切り盛りする滝沢鶴男さん、春美さんにお話を聞いた。








——こちらの『千両』さんはいつから営業されているんですか?


春美さん:「今年で43年目になります」


——ずっとこのバスの中で営業されているんですか?


春美さん:「このバスは2台目でね、平成4年からなんですよ。43年前、1976年から、この場所でバスの車体を店舗として営業していました。でも平成4年(1992年)に1度バスが火災に見舞われて。それからほどなくして新しい車両を調達して営業を再開、現在に至っています」








——なるほど、あっちの掘りごたつのスペースは保冷車側なんですね


春美さん:「2台目のバスで営業を再開する際、トラックの保冷コンテナをバス車両の隣にくっつける形でリニューアルしました。昔はバスだけでやってたんですけどね。前のバスは奈良交通の観光バスで、今のは金剛バスゆうて、富田林から金剛山の方まで行ってたバスやね」


——どうしてまたバスを使って営業されているんですか?


春美さん:「昔はバスのお店が他にもあったんですよ」


鶴男さん:「ここら辺は調整区域で、住宅は建てられないんやね。倉庫とかそんなんはいいけど。ほうでこういう形ならと」


——なるほど、まずこの場所があって、そこで営業できるスタイルとしてバスが選ばれたわけですね。


春美さん:「プレハブなんかよりもずっと強いですよ。でも、みんなバスのドアを開けるのが勇気いるみたいでね(笑)。1度開けてくれたらね、『えーわ!落ち着くわー』とかいうてくれますけどね」


——マスターの代から始めたわけですか?


春美さん:「そうそう、マスターはそれまで左官屋をずっとやってたんですけど、独立しようおもたら、色々商売の縄張りがあったりするから、それも嫌いうことでね。マスターのおじいちゃんが夜泣きうどんいうんかな?屋台引っぱって、それでおうどんをやってたので、おじいちゃんにダシを教えてもらって」


——ああ、だからうどんのメニューが豊富なんですね。1番安いのは300円か








春美さん:「そうそう、昔っからの値段ですわ。だからうちのマスターは、どこか調理学校出たとか、全然そんなんありません。調理師免許やとか、フグをさばくのとかみんな自分で勉強して取りにいって始めたんです。マスターが30歳、私が26歳の時からです。それがもう気づいたら、72歳になったからね(笑)」


——板前の経験があったりしたわけではないんですね。


鶴男さん:「全然ない(笑)。ただ、僕らぐらいの歳ゆうたら、家のことはなんでもやってた時代やから料理はしてたね。うちは両親が寝込んどったから、料理するのは苦にはならなかった。なんともなかったです」


春美さん:「だから、始める前は色々2人で食べ歩きましたよ。大阪の美味しいゆう店をたいてい、勉強のつもりでね。それとマスターは、磯釣りが好きやったから、魚には詳しかったんよ」


——なるほど、活きのいいお魚を見抜く力があるわけですね



ホワイトボードにはお刺身の他にも様々なメニューが並ぶ。

ホワイトボードにはお刺身の他にも様々なメニューが並ぶ。




人気メニューの1つだという「山芋納豆ネギ焼き(600円)」をいただく。








極上のふわふわ食感。たっぷりのおかかと、青のり、マヨネーズがかかっている。


——お客さんは常連さんが多いんですか?


春美さん:「そうですね。せやけど徐々に世代交代やわなぁ。1番古いお客さんで、92歳の会長さんが毎日来られますね」


——92歳!?


春美さん:「今日も後でいらっしゃると思いますよ。でも、『初めて来ましたー』ゆうお客さんもいますよ。何十年って目の前は通るけど勇気がなくて『めっちゃ入りたかってん!』ってようやく来る人もいますね」








——飲んでいるとバスの中っていうのを忘れますね。落ち着きます


春美さん:「あっちの掘りごたつ席もいいですよ。ほんで、お客さんが大勢になるとね、このカウンターの椅子を全部どけてね、全部座敷にできるんですよ。はめ込み式で、それもマスターがこしらえてね。みんな驚きますよ。年末の忘年会とかする時にね、てっちり鍋やなんやいうて」


——それは絶対楽しいですね!てっちり鍋かー!いいなー


春美さん:「これからの季節ならハモとかね。ハモちり、ハモしゃぶとか。季節季節でいろんなもんありますわ」


——最初、お二人で居酒屋さんをやることになって、大変ではなかったですか?


春美さん:「マスターは、ゆうたらきけへんからね。ついていくしか(笑)。結婚する時は『働かんでもええし、家庭守ってたらええ』いうてたんが、気づいたらこう(笑)。でも、こういう商売してたら、店は嫁さんに任せて自分はうろうろする人も多いけど、この人はそういうことしないからね」


——頼れるマスターなんですね


春美さん:「このバスの中を色々直すのも、全部マスターと私でしましたよ〜!取り付けてもうたのはカウンターだけですわ。あとは全部。樋を通すのに車体を切らなあかん。そんなんも2人でね」



こちらも人気メニューだという「天ぷら盛合せ(800円)」をいただく。

こちらも人気メニューだという「天ぷら盛合せ(800円)」をいただく。




サクッと軽めに揚げられたエビやイカ、なんと美味しいことか。








しっかりした歯ごたえを残すために厚めに切っているというレンコンの天ぷらも美味しかった。



春美さんの「いらっしゃい!」という声に入口を見やると、1人の紳士がお店にやってきた。

春美さんの「いらっしゃい!」という声に入口を見やると、1人の紳士がお店にやってきた。




春美さん:「こちら、先ほどお話した会長さん。92歳になられるご常連さんですよ。もう40年通われてます。毎日ね」


——40年ですか!私が今ちょうど40歳で、っていうことは、自分が生まれてから今までずっとですよね(笑)。時間の感覚が変になります


春美さん:「うちのお客さんは、みんな会長さんを目指してるもんな。この前も92歳のお誕生日祝いしたの」


——ここでですか?


春美さん:「そうそう、常連さんみんなでこんな色紙作って」








——わあ、豪華なお祝いですね。愛されていらっしゃるんですね


春美さん:「毎年、常連さんと誕生会してね、こういうのをこさえてくれる仲間がおるんよ。ビデオ見る?90歳の時にはね、卒寿のお祝いをしたの」



マスターがその時の模様を撮影した記念DVDを見せてくれた

マスターがその時の模様を撮影した記念DVDを見せてくれた




画面の中では、このバスの中、たくさんの常連さんに囲まれて会長がお祝いされている。


当日は『千両』の常連でもある演歌歌手・黒木陸郎さんによる「卒寿音頭」まで披露されたという。








「バスのお店のとまり木に 老いも若きも 寄っといで」と、お店のことも歌詞に織り込まれたオリジナルソング。








会長の愛されっぷりが伝わってくる。


会長に『千両』の魅力についてたずねると、「こんな豊富なメニュー、他にはないもん。どれも間違いない。毎日来てたって飽きることない。料理に飽きることない」とおっしゃる。40年来て飽きない店ってとんでもないことだ。


——いや、しかしお元気ですね


春美さん:「会長もここに来てくれたら、毎日違うお客さんがきて色んな人に会えて、色んな刺激があるんやと思うわ。活性化するんやね。外に出てくるゆうたら身なりもきちんとするし、それやからいつまでも若いんやわ」


——なるほど、このお店に来ることが若さの秘訣だと


春美さん:「会長は、クヨクヨしないし前向き。会社終わったら息子さんに送ってもらってここにきて。帰りはいつも最後まで!だいたい23時半、早くて23時やな?」


——そんな遅くまで飲んでるんですか!タフだな〜


春美さん:「全然酔わへん。それで家に帰ったら養命酒飲んで、〆の焼酎飲んで寝る。元気や。だってこのボトルの札、もう12年前やで!」








——80歳から12年経って現役って、とんでもないことですね


春美さん:「会長は、うちの守り神なんです。そやから『千両』はどんだけヒマでも坊主(お客さんが1人も来ないこと)は無いねん(笑)。必ず会長が来てくれはる」








会長が常連さんに愛されているように、もちろん『千両』も愛されている。ご常連たちの集いである「千両会」というグループが存在し、毎月1度はここで宴を開くという。また、お店の周年記念にはパーティーが催されるそうで、2年前にお店が40周年を迎えた時の映像も見せてもらった。


その日はあいにくの雨だったそうだが、お店の前のスペースに常連さんたちがテントを組んで会場を作り、鏡開きをして大宴会となったそうだ。その会の最後に、マスターがママと並んで挨拶をする場面があった。








「商売の『しょ』の字も分からない二人がこうして続けてこれたのも、みなさんのおかげです。これから先も何年続けられるかわからないですけども、10年20年、老体に鞭打って頑張っていきたいです。健康にだけはお互いに気をつけて、がんばりましょう」


と、涙を浮かべながら語るマスターを見て、今日初めて来たくせに私もグッとくるものがあり、改めて眺めているマスターもまた涙ぐんでいるのが面白かった。


「こういう仲間がおるっていうのは自慢ですよ。ありがたいことです」とマスターは言う。


その後も、『千両』の歴史についてお話を聞いたり、会長の戦争体験について伺ったり、しみじみといい時間を満喫した。取材時は大雨で、それゆえ静かにたっぷりお話を聞くことができたのかもしれない。








ぷるんぷるんの仕上がりに感動をおぼえる「出し巻(400円)」をいただき、〆にと「昆布うどん(500円)」を食べた。








夜泣きうどんの時代から受け継いだダシは、キリッとして上品さを感じる味わい。








ママが仕込んだカレーを使った人気の「カレーうどん」も、今度また食べてみたいな〜と思いつつ、お店を後にした。


あと2年半もすると、会長の95歳と、『千両』の45周年と、マスターとママの結婚50周年とが、3つ重なる“奇跡の年”が来るという。


その時を楽しみに待ちながら、『千両』のバスに今日も明かりが灯るのである。









ライター紹介




スズキナオ
スズキナオ


東京生まれ大阪在住のフリーライター。お酒と麺が好き。酒場ライター・パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」の一員としても活動中。



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