角田光代×西加奈子 絵本刊行記念対談で起きたサプライズ

8月15日(木)7時0分 NEWSポストセブン

角田光代さん(右)と西加奈子さん(左)

写真を拡大

 5月末に発売され、絵本としては異例のスピードで重版がつづく一作がある。直木賞作家の角田光代さんが文章をつづり、これまた直木賞作家の西加奈子さんが絵を描いた『字のないはがき』だ。7月23日には、クレヨンハウス東京店(東京・港区)に詰めかけた100人を超える愛読者を前に、角田光代さんと西加奈子さんの刊行記念対談が催された。


 2人の作家が制作したこの絵本は、中学生の国語の教科書にも載っている「字のない葉書」というエッセイが原作。執筆したのは、向田邦子さんだ。


『寺内貫太郎一家』(TBS/1974年)や『阿修羅のごとく』(NHK/1979年)など、数多くの名作テレビドラマの脚本を手がけてきた向田邦子さんは、小説家・エッセイストとしても活躍、1980年には直木賞も受賞している。しかし翌1981年8月22日、飛行機事故により急逝、2019年は生誕90周年にあたる。


 刊行記念対談で、角田光代さんは絵本の執筆依頼があったときのことを、「このお仕事は、荷が重いけれども、すごく断りづらい。断りづらい、というのは、やっぱりわたしは向田邦子さんの大ファンだから」と振り返る。西加奈子さんもまた、「向田邦子さんの『字のない葉書』を角田さんが絵本にされる、っていうその“絵”を、だれかほかの方がやられてたら、めちゃくちゃ嫉妬してた」と語った。


 リスペクトする先輩作家が原作者というばかりでなく、計り知れない「重圧」もあったようだ。


 向田邦子さんが書いていたのは、戦時中の家族の実話。1945年、東京から甲府に学童疎開することになった末の妹に、父親が自分あての宛名を書いた大量の葉書を持たせる。まだ字が書けなかった妹に、「元気な日は、葉書に丸を書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい」と父親は言ってきかせるが……。


 このエッセイを20代のころに初めて読んで以来、細部まで内容を「視覚的に記憶」していたという角田光代さんは、絵本の文章には敢えて入れなかったエピソードに触れ、「削るのがすごくドキドキした。この目で見ていることなのに、絵本に書かないでいいのかな」と感じたという。その一方で、「戦争の話ではあるんですけれども、ことさら戦争を強調したくはなかったんですよね。向田邦子さんの書き方は、戦争というものを、自分のいる日常から書いていく書き方。『字のない葉書』は、子どもの目線から見える戦争の一部、が書かれていると思っていて、絵本の文章を書くにあたり、そこは注意しました」と話した。


『サラバ!』をはじめ自身の小説作品の装画を描くことも多く、みずからを「『戦争のこと!描いてる!!』みたいな腕まくりをすぐしてしまいがち」と分析する西加奈子さんも、「日常が脅かされることが戦争やから、日常のことをちゃんと描く。あのこわいお父さんが泣いたとか、まずそういうことやと思う。まず戦争があって、戦争から“矢印”来てるわけじゃない感じは、すごいありましたね」と制作中の心境を回想した。


 ふだんから交流があるという角田光代さんと西加奈子さん。会場は終始なごやかな雰囲気で、たびたび爆笑につつまれる場面もあったが、思いもよらぬサプライズが対談の終盤に待ち受けていた。


 登壇したのは、この日の会場に来ていた向田邦子さんの実妹・向田和子さんだった。「はじめまして。わたしが、“字の書けない”和子です(笑)。でも、字が書けなかったから、この絵本ができたと思うと、きょうはとても誇らしい気持がします」とマイクを通して語られはじめた向田和子さんの言葉に、2人の作家の目には光るものが……。(当日の模様は、「小説丸」で詳しくレポート→ https://www.shosetsu-maru.com/special/kakuta_nishi )


 時代を超えた奇跡のコラボレーションで実現した絵本『字のないはがき』。子どもたちといっしょに1ページ1ページめくりながら、家族について、そして戦争について、着飾らない言葉で語り合える稀有な一冊だ。

NEWSポストセブン

「角田光代」をもっと詳しく

「角田光代」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ