羽生結弦と内村航平、奇跡のコラボレーションの衣装はどのように生まれたのか

2023年8月18日(金)12時0分 JBpress

文=松原孝臣 写真=積紫乃


まず最初は音楽から

 長年ギタリストとしての活動に主軸を置き、服飾の専門学校などでデザインの基礎を学んだことがない原孟俊は、どのように衣装デザインを創造していくのか。

 すると、原はタブレット上に画像を表示した。それはアイスショー「notte stellata」での羽生結弦内村航平のコラボレーション『Conquest of Paradise』の衣装デザインの経緯を示すものだった。 

「最終的にどういう形でデザインを落とし込むのか、ムードボードなどと一緒に一枚の俯瞰図にまとめたものです」

 ムードボードとは、アイデアやコンセプトなどを紙や画面上にまとめたもので、ファッションやインテリアなどで用いられているものだ。

 その画像には、上から下へと流れるように順序だてて、絵や言葉がまとめられている。そのいちばん上には、作曲家のヴァンゲリスと曲について書かれた文章がある。その下には、さまざまなファッションの画像やマテリアルなどをクローズアップした画像が何枚も連なり……やがて最下部に衣装のデザイン画が描かれているのが目に留まる。

「最初は音楽から始まります。ですから上には、まずヴァンゲリスというアーティストの説明を書いています。ヴァンゲリスはギリシャのアテネ出身で、過去にオリンピックのテーマ曲を書いたり、『炎のランナー』というアスリート色の強い映画の音楽もやっていたこともあります。基本的にオリンピズムみたいなものとの関連性がすごく強いという要素を説明してます。では曲自体はどうなっているのか。この曲は映画のサウンドトラックですが、ヨーロッパの舞踏の『フォリア』という様式とアレンジをベースにした曲になっています」

 それがコンセプトの核となる。

「加えて、この2人でどういう風にするべきなのかというときに、基本的に既存のコレクションだったりをもとにムードボードを作るんです。パターンとしてこういうムードを出したいということ、生地感としてギリシャやオリンポス時代の衣装様式にしたいということ、マテリアルの提案もして、絵は最後なんですね。今回は羽生さんに3タイプ、内村さんに2タイプデザインをご用意して、その中から決まりました」

 その工程を編み出した理由をこう説明する。

「この曲にはこういう理由や根拠があって生まれて、このアーティストさんがどこの国の人で、いつ頃生まれた人で、こういう時代背景がある。その年代の時系列と、いわゆるファッションの時系列みたいなのもあるので、そこが交わるところがあります。だからアレンジや歌詞も含めてこの曲ならこういう衣装が、と提案する形でスタートします。いちばん大きな効果というのは、その衣装を製作する際、向かうべきクリエイティブの方向性にブレがなくなるので、スケーターさん本人含め、全員がその部分に迷うことが少なくて済むということですね」


スケーター自身のパーソナリティを重視

 手法は、他のスケーターでもかわらない。そのうえで、デザインを考えるにあたってポイントとした部分をこのように語る。

坂本花織さんの昨シーズンのショートプログラムだったジャネット・ジャクソンのメドレーの場合は、90年代的なテイストと黒人音楽的なディーヴァテイストをどういう風に衣装に反映させるかというところがいちばんのキーポイントでした」

「渡辺倫果さんのフリー『JIN−仁−』は、作品自体が幕末から明治に向かう時期なんですね。そのあたりの時代というのは和洋折衷的なカルチャーが盛り上がっていった時代です。他の幕末を設定とした映画や漫画、ゲームなど他のクリエーションも参考にしながら、いわゆる和っぽいんだけれど同時にヨーロピアンなテイストと半々ぐらいになるようなバランスにしたいと考えました。それをベースにして、音楽自体も例えばどういうアレンジになっているのか、どういう楽器が入っているのかみたいなことをアナライズして着地させた感じです」

 アーティストや曲に加えて、スケーター自身のパーソナリティを重視すると言う。

「やっぱり本人が持つムードがありますし、ボディバランスもそうですし、性格やまとっているオーラみたいなものも重要視します。それはどちらかというとスタイリング的な領域ですが、音楽を軸としたコンセプトとその人に似合うかどうか、両輪として大切にしていますね」

 綿密に調査し考証したうえでコンセプトを打ち立てる。そこへのこだわりの一方で、パターン、カッティングという部分を自身で行うことにはあまりこだわらない。むしろ任せられる人に任せるスタンスを持つ。服飾の学校などで学んでこなかったこともあるかもしれないが、原はこう考えている。

「以前、高橋大輔さんがアースジェットのCMに出演されたとき、衣装のデザインとコンセプトを僕がやったんですね。そのときに思ったのが、CMとかはクリエイティブディレクターみたいな方がいらっしゃるじゃないですか。話をしてみると何処か通じるところがあるんですよね。僕も衣装のデザイナーではあるけれど、純粋な服飾関係のデザイナーというベクトルよりもクリエイティブディレクションの領域に入っているというか。CMでも舞台でも映画でも、衣装のコンセプトを考えること自体が仕事である方がいらっしゃる。ただ、日本だとあまりそういうことが認知されていないので、そういう意味では自分のスタンスは少し特殊だなとは思います。だから本来であれば『コンセプトディレクター』という立ち位置でもあるんだろうな、と思うんですね」

 そのスタンスに、自身の手法に、確信を持てたターニングポイントがあったという。

 それは2人のスケーターの衣装を手掛けたときだ。(続く)

原孟俊(はらたけとし)衣装デザイナー。10代の頃からギタリストとして活動を開始、レコーディングやツアーに参加するなど活躍。一方で衣装へのアドバイザーとしての活動も始め、さらにデザイナーとして数々のスケーターの衣装デザインを手掛ける。また「ファンタジー・オン・アイス」「notte stellata」などアイスショーも担当する。Instagram:@taketoshihara

筆者:松原 孝臣

JBpress

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