【本庄保険金殺人】"嘘つき情報源"の発言を垂れ流したマスコミ — 「無実」を訴える死刑囚・八木茂と事件の真相

8月27日(木)7時30分 tocana

八木死刑囚が収容されている東京拘置所

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 東京高裁の再審請求即時抗告審で先月末、再審を開始しない決定を受けた「本庄保険金殺人事件」の八木茂死刑囚(65)。一貫して無実を訴えてきたが、報道で広まった「真っ黒」なイメージのため、高裁の決定に疑問を呈する声はほとんど聞かれない。

 しかし、この事件の実相は報道とずいぶん異なっている。八木死刑囚がクロだと印象づけた捜査段階の報道に「虚構」が多かったのだ。まず、この事件の報道のずさんさを象徴する人物を紹介しよう。

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■ある不可解な人物

 その人物の名は、建脇保氏。八木死刑囚が埼玉県本庄市で営んでいた金融会社の「元社員」だとか、八木死刑囚の「20年来の知人」などという肩書きで、捜査段階にテレビ、新聞、週刊誌とあらゆるマスコミに登場。そして以下のように八木死刑囚の悪事を吹聴していた人物だ。

「八木から『森田(保険金殺人の被害者とされる男性)を事故に見せかけて殺せば、お前の借金をチャラにして、3000万円をやる』と言われ、断ったことがある」

「八木の勧めで、母親を受取人にする3億円の保険に加入したら、知らないうちに八木の愛人と入籍させられ、保険の受取人が母親からその愛人に変更されていた」

 以上は建脇氏が当時、新聞、雑誌で語っていたことの要旨をまとめたものだ。いずれも本当なら、八木死刑囚がクロだと裏づける重大証言だ。

 さらに建脇氏は2001年に、太田出版から著書を上梓している。タイトルは『虫けら以下 本庄保険金殺人事件の軌跡』。建脇氏の命の重みを「虫けら以下」にしか思っていなかった八木死刑囚がどれほどひどい人間だったかということを「実体験」に基づき、克明に書き綴った本である。

 しかし、そんな建脇氏には、不可解なことがある。八木死刑囚の保険金殺人の手口、内実をこれほど詳細に証言できる人物であるはずなのに、裁判に証人として登場していないのだ。


■版元にも疑われていた『虫けら以下』の著者

「検察官は裁判で、建脇氏の4通の検察官調書を証拠請求しています。しかし、弁護人が不同意にしたら、建脇氏の証人尋問を請求しなかったのです」

 建脇氏が裁判に出てこなかった経緯について、八木死刑囚の弁護人、松山馨弁護士はそう説明してくれた。建脇氏はその4通の検察官調書でも、マスコミに話していたのと同様の八木死刑囚がクロだと裏づけるような証言をしていたという。にもかかわらず、検察官が証人請求しなかったのは、実は検察官も建脇氏のことを信用していなかったからに他ならない。弁護側の反対尋問に耐えられない証人だと判断したのだろう。

 実際、八木死刑囚の裁判では、建脇氏がマスコミに吹聴していた「ネタ」の信ぴょう性が否定されている。たとえば、「知らないうちに八木の愛人と入籍させられていた」という建脇氏の話について、その女性本人は裁判で次のように述べている。

「入籍は、建脇さんから頼まれたのです。建脇さんは借金を沢山つくり、ブラックリストに載っているとのことで、『建脇保という名前ではもう借金ができないので、名前を変えたい』とのことでした。入籍してくれたらお礼もする、とのことでしたが、お礼はもらっていません」(公判証言の要旨)


■太田出版に問い合わせた、すると...

 さらに取材を進めると、実は建脇氏の著書『虫けら以下』を発行した太田出版ですら、建脇氏に疑いの目を向けていたことがわかった。筆者が「この本は嘘が多いと思うので、著者に取材させてほしい」と同社に申し入れたところ、担当者は「出版後、著者(建脇氏)と接点がなく、今は連絡先も不明なんです」と言いつつ、出版の内実をこう明かしたのだ。

「実は本を出す時もそういう(=噓が多いのではないかという)懸念はあったんです。ただ、当時はすでに(八木死刑囚が)刑務所に入っている状態で、反証がとれなかった。そこで著者の意向をそのまま掲載した格好だったんです」

 この事件の捜査段階のマスコミ報道は、こんな怪しげな人物が情報源になっていたのである。内容に「虚構」が多かったのも必然の結果だったのだ。


■「被害者」たちは実は......

 確定判決では、八木死刑囚は保険金詐取目的で3人の男性を殺傷したとされている。そのうち、1995年にトリカブトで毒殺されたとされる元工員、佐藤修一氏(当時45)は、実際には川で「自殺」していたことをあらゆる客観的証拠が示している。(参照:http://tocana.jp/2015/08/post_7035.html)

 一方、残る2人の被害者、元パチンコ店従業員の森田(旧姓・関)昭氏(当時61)と元塗装工の川村富士美氏(同37〜38)は1998年の夏頃から9〜10カ月に渡り、連日、八木死刑囚の愛人女性から大量の風邪薬や酒を飲まされ続け、森田氏は風邪薬の副作用で死亡、川村氏は急性肝障害などの傷害を負ったとされている。当時は「風邪薬を凶器に使った前代未聞の殺人」とセンセーショナルに報道されたものだった。

 しかし、八木死刑囚の裁判では、この2人の事件に関しても重大な疑問が浮上している。そもそも、本当に風邪薬で人が殺せるのか、という疑問である。

 というのも、確定判決では、風邪薬に含まれるアセトアミノフェンという成分の副作用により、2人は「好中球減少症」に陥って抵抗力が低下し、体調を悪化させたとされている。だが、現実には、アセトアミノフェンの副作用でそのような事態に陥る可能性は0.1%未満だというのだ。

「げんに裁判では、何人もの医師や研究者が証言しましたが、アセトアミノフェンによって好中球減少症が発症した症例を体験した人は1人もいませんでした」(松山弁護士)

 そして、実はこの2人の被害者、森田氏と川村氏については、捜査の中で意外な事実が判明していた。森田氏は頭髪、川村氏は血液から「ある物質」が検出されていたのだ。

 それは、フェニルメチルアミノプロパン——。すなわち、覚せい剤である。要するに、「被害者」とされているこの2人の男性は、覚せい剤中毒だったのだ。

 覚せい剤を過剰に摂取すれば、体調は悪くなる。場合によっては、死ぬこともある。当たり前のことだ。にもかかわらず、実は八木死刑囚の裁判では、検察側から森田氏、川村氏の体調悪化の原因が覚せい剤であることを否定する証拠は一切示されていない。そして、0.1%未満の可能性しかない「風邪薬を使った殺人」がこの事件の真相だったことにされているのだ。

 ちなみに確定判決では、2人が覚せい剤中毒に陥った事情について、八木死刑囚が飲み物に覚せい剤を混ぜ、2人に与えていたからだと認定されている。しかし一方で、八木死刑囚は犯行が発覚しないように風邪薬と酒を凶器として使い、病死に見せかけるために長い時間をかけてジワジワと計画を進めたことにされており、辻褄が合っていない。


■八木死刑囚にも怪しい事実はあるが...

 ただ、報道の印象と裏腹に有罪に疑問を抱かせる事実が色々あるとはいえ、八木死刑囚にはこのうえなく怪しい事実もある。

 まず、保険金詐取目的で殺傷したとされる3人の男性はいずれも、八木死刑囚に対する債務を抱えており、八木死刑囚の愛人女性と「結婚」させられていたうえ、多額の保険をかけられていた。そして実際、上記の佐藤氏が亡くなった際には、佐藤氏と「結婚」していた八木死刑囚の愛人女性に約3億円の保険金が支払われている。

 さらに八木死刑囚は一貫して無実を訴えているが、共犯者とされる3人の愛人女性は無実を訴えていない。彼女たちは法廷で涙ながらに罪を認めたうえ、それぞれ無期懲役、懲役15年、懲役12年という重い刑罰を受け入れている。こうした事実が持つ意味は決して軽くない。

 しかし、あまり報道されていないが、実は裁判の中では、愛人女性たちの自白にも疑念が突きつけられている。弁護側の依頼で鑑定を実施した心理学者によると、3人の女性のうち、大半の犯行を実行したとされる無期懲役囚の女性は過酷な取り調べにより「偽りの記憶」を植えつけられた可能性がある、というのだ。つまり、やってもいない殺人行為をやったと思い込んでいる可能性を指摘されている、ということだ。

 ちなみに「偽りの記憶」は、日本ではまだあまり知られていないが、欧米では有名な心理学の概念だ。


■十年で死ねば九億もうかる

 では、3人の被害者が八木死刑囚の愛人女性たちと「結婚」させられ、多額の保険をかけられていたことについて、保険金殺人以外の目的は何か考えられるだろうか。実はこの点に関し、八木死刑囚本人が逮捕前に行っていた「有料記者会見」で興味深いことを言っていたようだ。

〈保険金十億円の掛け金払っても、十年で死ねば九億もうかる〉(朝日新聞東京本社版2000年3月25日朝刊。原文ママ)

 記事によると、このコメントは、保険の掛け金を毎年1,000万円ずつ、10年に渡って払い続けても、被保険者が10年で死亡し、10億円の死亡保険金が得られれば、9億円もうかる、という意味(10億円-1,000万円×10年=9億円)だったらしい。要するに八木死刑囚は債務者たちに対し、ハイリスク・ハイリターンの「投資」、あるいは「ギャンブル」のような感覚で保険をかけていたことを示唆していたのだ。

 死刑囚は弁護人、親族以外の人間との面会、手紙のやりとりを厳しく制限されており、筆者が八木死刑囚本人に直接このあたりの真相を問いただすことは叶わない。債務者たちを自分の愛人と「結婚」させたうえ、多額の保険をかけていた本当の目的は何だったのか。今後、再審が開かれることがあれば、八木死刑囚にはそれを公判廷で詳細に語ってほしい。

(取材・文・写真=片岡健)


※画像は、八木死刑囚が収容されている東京拘置所

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